9-1 消えた媚薬
「そういえば、純粋な疑問なのですけれど」
と、マグダレーナさんが首を傾げた。
「アルティさまの派閥のメンバーに数えられているレベッカさんに、悪辣な嫌がらせを試みるなんて、ひょっとして命が惜しくないのかしら。わたくしとアルティさまに喧嘩を売るとどうなるかなんて、入学式の日にわかったでしょうに」
物騒な会話である。
「こわっ。マグダレーナさま、ちょっと怖いですよ、その言い方……」
「わたくしも、直接どうこうするつもりはございませんけれど……攻撃を仕掛けられれば、対応せざるを得ないものです。立場がございますから」
「……そうですね。そして、その一点から見ても、やはり『持ち去り』は悪手に思えます」
持ち去って、なにか悪事に使うわけでも、学園側に『密売の証拠だ!』と突き付けるわけでもなく、ただ持ち去っただけ。
やはり、ちぐはぐだ。
行動と結果が釣り合っていない。
両手をあわせて考え込むわたしをよそに、マグダレーナさんが何気なく言った。
「悪意を向けられるだけなら、よくあることですけれどね」
……悪意を向けられるだけなら、よくあること?
レベッカさんもまた、大きくうなずいた。
「ほんとうですよ。逆に善意を向けられることなんて、ほとんどなくて……まあ、あんまり好かれるタイプでもないので、仕方ないですけどぉ」
……好かれる
ほんとうに? だって、少なくともわたしはレベッカさんが好きだし……。
「……あ」
ぐるり、と認識がひっくり返る。
可能性の選択肢が、脳内で繋がっていく。
「……ああ、そうか、そうですか……なるほど」
呟いて、紅茶を一口飲む。
「逆の可能性を、見落としておりました」
マグダレーナさんとレベッカさんが、首をかしげてわたしを見た。
「逆……ですの?」
「ええ。わたしたちは、下手人がひとりであることを前提に話を進めていました。特定のだれかが、レベッカさんにいたずらを仕掛けたのだと。しかし、説明のつかないことが、たくさんあります。特に『持ち去り』という窃盗行為は、成果と釣り合っていない」
余りにもちぐはぐだ。
で、あれば。
「計画をしたひとと持ち去ったひと。この二人は、別人なのではないでしょうか」
言うと、マグダレーナさんが目を細める。
「……つまり、計画を立てた令嬢は『持ち去り』以外の悪事を考えていて、しかし、悪事をなす前に別の人間に『持ち去り』をおこなわれた、と?」
はい、とうなずく。
「それこそ、マグダレーナさんが言うように、異物混入を図っていたのではないでしょうか。女中がたくさん集まるのを待って、実行犯は……令嬢本人か、また別の女中かはわかりませんが……機会をうかがっていたのでしょう」
そして、うかがっている間に、別の何者かが、女中たちに紛れて荷物を持ち去った。
こう考えれば、ちぐはぐさに説明がつく。
レベッカも「なるほど」とうなずいて、少しうなだれた。
「だとすると……あたしに悪意を持つ令嬢さまがたは、ほんとうにたくさんいるんですね。慣れてはいますけど、ちょっとショックです。まさか、悪事がダブルブッキングするほどだとは……」
「暗殺すればいいじゃありませんの。お得意でしょう?」
「得意じゃないですよう、もうっ!」
悪意に対して、毅然と軽口を叩けるのは、マグダレーナさんの強みだろう。
彼女自身、悪意にさらされやすい境遇で育ったのだろう。
……悪意、敵意、害意。
そういったものが、今回の事件を生んだはずだ。
けれど、とわたしは考える。
都合よく予定がぶつかり合った?
悪意と悪意が、まったく同じ日に?
たしかに、レベッカさんは嫌われ者の金持ち平民特待生だ。
けれど。
「逆に、です。レベッカさん、わたしは『逆に』と言ったのですよ」
わたしは思う。
レベッカさんは、ちょっと小狡いところもあるけれど、とてもいいひとだと。
「……アルティさま? あの、どういう意味ですか? 逆って……」
夜風が
「いいですか、レベッカさん。『持ち去り』は悪意を持つ者の計画に、別の何者かの意志が介入したことで発生した――ここまでは、確定と考えましょう。けれど、女中のふりをした何者かが包みに細工する前に、別の何者かが包みを持ち去るだなんて、さすがに都合が良すぎます」
つまり。
「意図的に、計画をぶつけたのです。前者のいたずらを妨害するために」
マグダレーナさんが眉をひそめた。
「……では、『持ち去り』をおこなった後者は、前者の計画を邪魔するために行動した、と? つまり、ええと……後者はレベッカさんではなく、レベッカさんに悪意を持つ前者に対して、悪意を抱いている、と?」
「ややこしくなってきましたね……。あたしもうなにがなんだか」
いいえ、と首を横に振る。
もっと、シンプルに考えてしまえばいい。
「だから『逆に』ですよ。前者の行動の根本にあるものは、悪意でしょう。たしかに、レベッカさんは多くの令嬢から嫌われている。でも……そうではないひとが、いたのではないでしょうか」
わかりやすくいうと、こうだ。
「後者は、レベッカさんに善意を抱いているからこそ、前者の計画を妨害したのではないでしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます