8-2 消えた媚薬



「わたくしとしては、その話しかけて来たメイドが、少し気になりますわね」


 マグダレーナさんがお上品に乾酪チーズを手に取って、言った。


「たとえ気軽に話しかけられる平民のレベッカさんが相手だとしても、包みを抱えた生徒を呼び止めるのは、メイドとしては無礼が過ぎますの」

「……たしかに、不自然ですね」

「それだけ、お二人の関係が気になって仕方がなかったんじゃないですか?」


 マグダレーナさんが首を横に振る。


「そうであっても、ふつうは『荷物を運びますよ』等の名目をつけて、一緒に歩きながら話題を振ると思いますの。メイドなのですから」


 つまり、マグダレーナさんはこう言いたいのだ。


「レベッカさんの足を止め、荷物から引き離すために、わざと声をかけたのではないか、と?」

「……だれかのお付きのメイドが、主人の命を受けて、あたしの足止めをおこなったってことですかっ?」


 そういうことである。

 マグダレーナさんがうなずく。


「おそらく最初のひとりかふたりは、そうなのではないかと。あとは話題で人混みを集められれば、完璧ですわ。その点、わたくしとアルティさまの関係は最適でしょうね」


 第三王子ルイス・エクレールさまの婚約者、マグダレーナさん。

 ルイスさまがちょっかいをかけている大渦国イェケ・シャルク・ウルスの姫であるわたし。

 その二人が、同じ寮に住んでいるだけでなく、作法を教わる師弟関係かつ友人関係なわけだから、話題性はばっちりだ。

 客観視すれば、これほど邪推し放題な関係もない。

 九割がた、あの軽薄チャラ王子が悪いのだが。


「レベッカさんは、わたしとマグダレーナさんの友人。学園内で密売稼業に手を染めてしまう俗人ではありますが、性根はまっすぐですから、妙な邪推を修正、訂正しようと躍起になる……と、読まれていたのでしょうね」

「えへへ、性根はまっすぐ、ですか……えへへへ」

「都合の悪いところは聞かなかったことにしましたわね……」

「情報の取捨選択は、商人の必須技能ですよぉ」


 ものは言いようである。


「しかし、お付きのメイドを動員しての嫌がらせとなりますと、ますます『持ち去り』なのが気になりますわね。そこまで下準備をするなら、やはり異物混入のほうが、反応がおもしろ――ごほん。いたずらとして効果的だと思いますのに」

「マグダレーナさま、いまおもしろそうって言いかけました?」

「相変わらず嗜虐趣味どえすですね、マグダレーナさんは。舞踊ダンスのお稽古も、わたしを厳しく指導するとき、とても生き生きされていますし」

「あら、アルティさま。そんなことを言われますと、わたくし……次はもっと厳しくしてしまいそうですの」

「……ご勘弁を」


 にっこり笑顔のマグダレーナさんに、冷や汗を流すしかないわたしであった。

 ……こういうところをメイドに見られているから、妙な邪推をされるのだろうか。

 王子のせいと言い切れなくなってきた。


「ともあれ、です。女中が共犯と考えれば、ある程度、綿密な計画だったはず。にもかかわらず、実行した『持ち去り』は、どこか刹那的な犯行に思えます。この差異ギャップが、とても奇妙に感じます」

「ですわね。……レベッカさん、メイドの顔はおぼえていらっしゃらない?」


 レベッカさんは斜め上を見上げて考え込み、ややあってから紅茶を一口飲んで、首を横に振った。


「おぼえていますけど、当てにならないかもしれないです。よくよく考えてみたら、あのメイド、とても化粧が濃かったので」

「……あら。つまり、変装していたかもしれない、と? でも、お化粧程度で、誤魔化せるものかしら。素顔とあまり変わりないでしょうに」

「マグダレーナさまはおきれいだからわからないんですよ! いいですか、お化粧ってすごいんですよ!? ほんともう、にわとりだって一流女優になれちゃうくらいなんですから!」

「そんなにですの?」


 懐疑的な目をするマグダレーナさん。


「これはわたしもレベッカさんに同感です。シュエ、実演を頼めますか?」

「は。少々お待ちください」


 シュエに声をかけると、メイド服のシュエリーが備え付けの側近控室に入っていった。

 五分もせずに、控室の扉が再び開く。

 そこから出てきたのは、執事服を着こんだ、黒髪を総髪オールバックに撫でつけた美男子イケメンであった。


「男……? いえ、ですが……」

「わあ、イケメン……!」


 ふたりを手で制して、わたしは美男子に声をかける。


「いい塩梅です、シュエ」

「お褒めにあずかり光栄です、アル姫さま」


 すまし顔で応じる美男子。シュエリー・リーの男装だ。

 マグダレーナさんが目を細め、レベッカさんが「すごい!」とはしゃいだ。


「……驚きましたわね。身長や体格まで変わっていますの」

「靴を厚底に変えております。体格は、胸をさらしで潰して、あとは肩や腰など要所に布を巻いて補正すれば、男性らしくなりますので。顔つきに関しては、化粧を変えればいかようにも」

「男装がお上手なのですね」

東端京トンデュアンキンでは、武官として舐められないよう、男装することも多々ありましたから。動きやすいので、女中メイド服よりこちらのほうが好みですね」

「シュエ。普段は執事服でも構いませんよ。女子寮庭園内だと勘違いされかねないので、胸を潰したり、化粧を変えたりするのはやめたほうがいいと思いますけれど」

「では、そのように」

「……なんというか、大渦国の幅の広さというか、層の厚さというか……自由度の高さには、あいかわらず驚かされますの。シュエリーさんを発端に、ふしだらですけれど、女子寮庭園で男装が流行るかもしれませんわね」

「あー、飢えてますもんね、イケメンに……。ちなみにシュエリーさん、男装の技法を詳しく教えて頂いてもよろしいですか? 手法を販売すれば、多くの令嬢とお近づきになれ――冗談ですからそんな目で見ないでマグダレーナさま……」

「その節操のなさが、今回の事態を招いたとお分かりになっていますの? 少しは反省なさいませ」

「はい……」


 しゅん、とするレベッカさんを見ながら、紅茶のおかわりを注ぐ。


「それにしても……女中が変装していたとすれば、その線から追うのは難しいでしょう。『持ち去り』の理由も不明です。こうなると、レベッカさんに悪意を持つ令嬢から辿るしかないのですが……」


 話が行きつ戻りつ、だ。

 露台バルコニーから星空を見上げてみる。

 普段なら、そろそろ眠る時間だが、今日は夜更かしになりそうだ。

 夜更かし女子会である。友達と。

 ……んふふ。



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