8-1 消えた媚薬
「ほら、あたし、お金持ちじゃないですか。お二人ほどじゃないですけど」
「ですね」「ですわね」
「……。まあそういうわけで、あたし、恨まれやすいんです。平民のくせに、って。なので『むかつく平民にいやがらせしてやる!』みたいなことは、ままあるかなって」
性格も、どちらかといえば敵を作りやすいほうだろう。
「ちなみに、薬が欲しくて盗んだ可能性はありませんの? 恨みの線で考えると、レベッカさんはたくさん恨みを買っていらっしゃるでしょうし、絞り切れませんわ」
「どういう意味ですか、マグダレーナさまったら! ……否定できませんけど」
否定できないのか。
「まあでも、薬が欲しくて盗んだ可能性はないと思います。調合前の材料ですから、媚薬……じゃなくて、まじない薬としては使えませんし。それに、令嬢なら盗むより――」
「――そうですわね。お金を積んで買うほうが手っ取り早いですの。かなりお値打ち価格で販売していたのでしょう?」
「ええ、採算度外視で。商会の宣伝と、恩を売るのが目的ですから」
「……お金のない
マグダレーナさんが首を横に振った。
「まずありえないと思いますわ。よほど深い恨みがあれば別でしょうけれど、貴族学園ではメイドも執事も十分な給金を与えられていますから、薬は自分で買えるでしょうし……生徒へのいやがらせがバレれば、間違いなくクビになりますもの。立場をかけるほどの怨恨があるなら、窃盗よりもひどい行為をおこなったのではないかと」
なるほど、とうなずく。女中の線は薄いらしい。
「では、ビスキュイ商会の名に泥を塗るため、というのは? 依頼人ごとに違う薬を調合していたのであれば、間に合わなくなった依頼もあるでしょう。そうなれば、商会に悪い印象を持たせることもできます」
「……うーん、納期と在庫には余裕を持っているので、正直、そういう意味での効果はないですね。いざとなれば、学園都市内にあるビスキュイ商会支社の在庫も使えますし」
マグダレーナさんが「ふむ」と顎に指を当てて首をかしげた。
「考えてみれば『持ち逃げ』というのも、嫌がらせとしては奇妙ですわよね。わたくしなら、荷物にこっそりと悪いものを仕込みますもの。持ち逃げは窃盗で言い逃れできませんし、持ち去った荷物をどう処理するかという問題も残ります。ですが、異物を混入させるだけなら、かわいいいたずらと言い張れますし、嫌がらせとして確実ですもの。明確に『悪意』を伝えられますから」
かわいいいたずらか?
たまにマグダレーナさんが怖くなるわたしである。
「ちなみに、悪いものとは具体的にどのようなものですか?」
「動物の死体でしょうね。ねずみや小鳥あたりが手に入れやすいでしょう」
「うげ……」
レベッカさんが嫌そうな顔をして、マグダレーナさんが嬉しそうに目を細めた。
「かわいいいたずらでしょう?」
「……マグダレーナさまは、ぜったいに敵に回したくないです」
同感である。
わたしは皿から小さな焼き菓子を手に取った。
すこーん、という名前の菓子だ。
牛酪を塗りつつ、考える。
犯人は嫌がらせとして費用対効果の悪い『持ち去り』をおこなった。
であれば、わざわざ盗む理由が、必ずあるはずなのだが……そこがわからない。
「……だれかに毒を盛りたい令嬢が、材料を買うと足が着くから盗んだ――というのは?」
「あたし以外に薬学の知識がある生徒がいるとは思えません。……あと、正直、毒として用いるなら、あたしから盗むよりも、庭園の花を使ったほうが簡単です。アサガオとかスイセンとか」
「そういえば、あれらの花はけっこうな毒を持っていましたね」
見た目はきれいだが、猛毒を持つ花々は多い。
花と言えば、先月起こった名無しの恋文事件。
あのとき、庭師は『毒がある花もあるから』と花を渡した令嬢に署名をもらっていたが、あの管理具合と庭園の広さから考えるに、黙って摘んでしまうことも容易だろう。
とげを持つ薔薇よりも、一見きれいなだけの花々のほうが、危険なのだ。
女の子と一緒である。
大人しく見える子ほど、危ない。
レベッカさんがまさにそうだ。
一見、ただの赤毛の村娘だが、豪商の娘で、暗殺者の末裔で、貴族学園内で薬物の密売をするような大胆さまで持ち合わせている。
危険である。
「地味っ子ほど、なにかを隠し持っているものですね」
しみじみと呟くと、マグダレーナさんが半目になった。
「……自己紹介ですの?」
「え? いえ、レベッカさんのことですが」
「……棚上げ……」
……む? よくわからない。
首をかしげつつ、すこーんをもうひとつ手に取る。
よし、今度は果醤で食べよう。
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