7-2 消えた媚薬



「ああ、呆れた。呆れ果てましたわ、レベッカさん。あなた、なんてことを……」

「すいません。すいません、ほんとうに、すいません……」


 呆れと軽蔑の混ざった顔のマグダレーナさんと、ぺこぺこと頭を下げるレベッカを交互に見る。

 場所はわたしの寮室のリビングで、お茶会中である。念願の女子会だ。

 ……思っていた女子会とは、だいぶ違うが。


 複数の茶葉と牛乳ミルクと砂糖、それから茶菓子を用意してもらって、レベッカさんの相談ごとを聞きながら、午後の緩やかなお茶会をするつもりだった。

 アルティ・チノ派閥初の会合でもあった。

 ……もしかすると、友達だと思っているのはわたしだけか?

 二人はわたしのことを『派閥のリーダー』だと考えているのかも。

 はわ……。

 いや、派閥とか、作ったつもりはないのだが。

 めんどうなことは嫌いなのだ。

 ……そういう意味では、レベッカさんが持ち込んだ『相談事』は、かなりめんどうなものである。


「……しかし、レベッカさんも大胆ですね。貴族学園内で、令嬢相手に媚薬の密売とは」

「びびび、媚薬の密売じゃないですよぅ、ちょっとお安く譲ってあげただけです。媚薬でもなくて、あたしが売ってたのは、おまじないの惚れ薬っていうかぁ……」


 下手人は頭を下げたまま、上目遣いの目を横に逸らした。


「ちょっと鼓動が速くなったり、体温が上昇したり、女性のちょっとしたしぐさに性的興奮をおぼえるようになったり、そういう『あれ? 僕いま恋してる?』って勘違いさせちゃう程度の、些細なものですよ」

「どう聞いても媚薬ですわね」

「どう聞いても媚薬だと思います」


 二人で言い切ると、レベッカさんは下げていた頭を振り上げた。


「だって仕方ないじゃないですか! 令嬢連中に安く譲ってあげるだけで、ビスキュイ商会の宣伝になるんですから! 商人の血が騒いだんです!」


 開き直りである。

 いっそすがすがしくていい。

 こういうところが好ましいと、わたしは思うが……マグダレーナさんはとうぜん、顔をしかめた。


「レベッカさんの事情もお察ししますけれど、実家からまとめて取り寄せた媚薬の包みを丸ごと盗まれてしまうのは、商人としていかがですの? 管理がずさんなのではありませんこと?」


 ぐうの音も出ない、とはこのことである。

 レベッカさんが再びうなだれた。

 相談事とは、つまりこれだ。


「ともあれ、まとめますと。レベッカさんは、わたしに盗まれた媚薬探しを手伝ってほしいのですね? 学園側に黙って販売していた上に、ものがものなので教師や学園女中メイドには相談できない、と」

「……そうです」

「しかも、令嬢さんがたそれぞれにあわせて、レベッカさん自身が調合していたと。厳密にいえば、盗まれたのは『材料の入った包み』で、個々、微量ならば薬になるけれど、量が過ぎれば毒にもなるから、場合によっては大変なことになってしまうかもしれない、と」

「……そうです」

「それゆえに、自分だけで犯人を探さなければならないが、どうにもうまくいきそうにない、と」

「……そうなんですぅ……」


 レベッカさんが消え入りそうな声でうなずいた。

 マグダレーナさんはお茶を一口飲んで、笑顔でうなずく。


「退学になっても、わたくし、レベッカさんのことを忘れませんわ」

「諦めないでくださいよぉ! 助けて! 助けてくださいぃ……!」


 さめざめと泣きながらレベッカが焼き菓子を頬張る。

 実はわりと余裕があるな、レベッカさん。

 わたしもひとつ、焼き菓子を手に取る。

 しっとりとした、牛酪バターたっぷりの焼き菓子は、いかにも太りそうな味だ。

 ……レベッカさんのことは自業自得だ。

 あまり干渉しすぎるべきではない気がする。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、レベッカさんがうるうるした瞳でわたしを見た。


「お願いです! アルティさま! どうかお知恵を! ほかに頼れる友達がいないんです!」


 ともだち。わたしが。たよれる。

 ……ほほう。


「仕方ないですね。友達ですからね、少しだけなら、お手伝いしましょう」

「アルティさま、友達と言われたのが嬉しいのはわかりますが……仕方ありませんわね、おふたりとも」


 マグダレーナさんが半目で溜息を吐き、レベッカさんに己のカップを差し出した。

 へへえ、とレベッカがうやうやしくお茶を注ぐ。

 いまこの場でいちばん立場の弱い平民である。


「アルティさま、レベッカさんに大きな借りができますわね。どうします?」

「気にしなくていいですよ」


 と言ったが、これにはレベッカさんがぶんぶんと首を横に振った。


「そういうわけにはいきませんっ! 市井の大衆小説を山ほどプレゼントしますし、ビスキュイ商会の物品がご入用になった際は、なんでも都合をつけてみせます。友達だからといって……いえ、友達だからこそ、ただで甘えるつもりはありません!」

「……では、ひとまず小説をありがたくいただきます」


 あとでこっそり、衆道BL小説もお願いしてみよう。

 マグダレーナさんが見ていないところで。

 内心でたくらむわたしをよそに、レベッカがマグダレーナに向き直った。


「……もちろん、マグダレーナさまにも。あたしができることなら、なんでもしますからね!」

「なんでも? なんでもですの? なら……こほん。いえ、この恩はあとに取っておきましょう」


 嗜虐ドS心に火が着いたのか、にわかに目がぎらついた公爵令嬢だったが、場所を思い出したのか、座りなおして姿勢を正した。

 ふむ。派閥の長として、なにか言っておこうか。

 数秒考えてから、わたしは得意の真顔をマグダレーナさんに向けた。


「マグダレーナさん、恩を笠に着て淫猥えっちな命令をするのはだめですよ?」

「し、しませんわよっ、そんなことっ! アルティさま、いいですの、令嬢たるもの常に節度を持って――」


 冗談のつもりだったが、思いのほかしっかり怒られたわたしである。



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