5-1 名無しのラブレター
レベッカ・ビスキュイは、大食堂でぜいたくな昼食に舌鼓を打っていた。
朝のうちにメイドに注文を頼んでおいた、ふんだんに肉を使ったミートパイと野菜のスープ。
大食堂では、いちばん高価なメニューだ。
高貴なものたちの羨望と嫉妬の目が、自分の体に集まる感覚。
――控えめに言って、最高ね!
レベッカは平民だ。
赤色のくせっ毛を首の後ろでふんわりとまとめた、さして目立つ特徴のない少女だ。
だが、豪商の生まれであり、実家の総資産はその辺の貧乏貴族など足元にも及ばない。
金にものを言わせた家庭教師陣による教育と、『平等な教育機会を与える』という学園の政治的アピールが、レベッカという特例を生み出した。
奇しくも西聖教会がピーター・オペラという傑物を送り込み、
平民特待生制度。
学業優秀ならば身分問わず、入学金や学費なしで入学させる仕組みであるとされているが、もちろん、ただの建前だ。
レベッカの実家、ビスキュイ商会が学園に投じた寄付金の額は、百人分の入学金を補って有り余る。
ようするに金の力なのである。
――だからこそ、あたしは役目を果たさねばならないわけだけど。
レベッカは、己に金をかけられた理由を知っている。
娘に良い教育を望む親の愛などではなく、商人としての投資なのだと。
上品に口をナプキンで拭きながら、貴族の令息たちに流し目を送る。
赤毛をふわりと揺れさせるのがコツだ。男はうなじが好きなのである。
狙いはそこそこの家格で、しかし、金のない貧乏貴族。
勉学に励み、向上心と野心のある子爵あたりがいい。
――あとは、できれば顔のいい男! これは高望みしすぎかもしれないけど。
ビスキュイ商会をさらに発展させるため、貴族との血縁を作るための商品。
それがレベッカ・ビスキュイという女だ。
妾になるだけなら簡単だろうが、それではいけない。
下に見られて商家の主導権を握られでもしたら本末転倒。
あくまで、正妻として嫁ぎ、貴族階級に入り込みたいのだ。
つまり、貴族一家の乗っ取りこそがビスキュイ商会の望みである。
無論、貴族側にもメリットがある。西王国最大の商会が、領地経営を手助けするのだ。
金がない貴族なんて、実はごまんといるのである。
――でも、面と向かって『うちは貧乏貴族だから金持ち平民のあなたと結婚したいです』とは言えないわよねー。
貴族はメンツとプライドの生き物。
レベッカを迎え入れた家は、間違いなく『金と結婚した』などと陰口をたたかれ、家格を下に見積もられるようになるだろう。
実利以上に家格や血筋を重んじるのだ。
それゆえに、レベッカを正妻に迎えたい男児は少ない。
というか、ほぼ、いない。
ビスキュイ家を嫁に迎えることは、すなわち、傀儡としての人生を意味すると、彼らは悟っているのである。
現に、流し目を送った男子生徒たちも、顔を青くしてそそくさと去っていってしまった。
――やだやだ、プライドとか。ばっかみたい。弱った領地を蘇らせるためには、外様がばかすかお金を投じるのがいちばんだってわかっているくせに。
ふん、と鼻を鳴らしてパイを切り分ける。
――勘違いしているみたいだけど、選ぶ権利を持ってるのは、あたしのほうだかんね!
そう思う。事実ではあるが、ちょっとした僻みでもある。
入学前は『アタシひょっとしたらモテモテになっちゃうかも……』とすら思っていた。
小説でも定番だ。平民が、貴族に愛されてしまう展開。レベッカも大好きである。
平民女子がイケメン侯爵さまに溺愛されたり、あるいは平民男子がイケメン侯爵さまに溺愛されたり。
――これがボーイズラブ小説なら、あたしはいまごろイケメン侯爵さまと毎日一緒に食事をしているんだろうけど、現実って難しいわよね……。
そもそもレベッカは身も心もボーイではないし、侯爵クラスの爵位を持つ貴族の子女は、大食堂ではなく高位貴族専用食堂で食事中だろう。
ままならない。
溜め息をついていると、テーブルの向こうに人影が立った。
だれだろう、もしかしてあたしに話しかけに来たイケメンかしら、と思ってパイから視線を上げると、銀髪の侯爵家令息、宰相のご子息さまにして学生騎士のガッツ・シブーストが立っていた。
――はぇっ!?
パイを吹き出しそうになったが、こらえた。
「レベッカ・ビスキュイ嬢だな?」
野性味あふれる目つきで問われ、レベッカは慌てて立ち上がって礼を返す。
「は、はいっ! あたしがレベッカ・ビスキュイですっ!」
「同席してもいいか? ちょっと、話がしたいんだが……」
――キタ! 王道展開……!
全力の微笑みでうなずくと、銀髪の騎士もまた笑って、後ろに振り返った。
「いいそうだぞ、みんな」
――……みんな?
少し体を傾けて、銀髪騎士の背後を覗くと、ほかにも三人いた。
金髪碧眼の第三王子ルイス・エクレールと、その婚約者のマグダレーナ・マドレーヌと、それから。
「……げ、げぇっ! 蹄姫!?」
黒髪のおさげを背中に垂らし、大きな眼鏡をかけた、少し背の低い姫がいた。
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