4-2 名無しのラブレター
昼までの授業を終えて、わたしはガッツ・シブーストさんの違和感に気づいた。
「本日はなんだか上の空ですね、ガッツさん」
「アルティさまもそう思われます?」
「はい。なにか悪いものでも食べたのでしょうか」
講義終わりの昼食時、本校舎にある高位貴族専用の食堂にマグダレーナさんと共に赴いたところだ。
貴族学園の講義は午前ですべて終わる。
午後からのお茶会と婚活合戦のほうが重要だからだ。
そして、婚活に興味がない上に腫れ物に触るような扱いを受けているわたしは、そういった令嬢たちのお茶会に誘われない。
入学から一ヶ月、学内では基本的にマグダレーナさんと一緒に行動し、講義が終わればさっさと
……誘われても行かないから、いいのだが。ふんだ。
さて、昼食として
明朗快活で
正直、おもしろい。
真顔でおもしろがっていると、二人のもとに金髪碧眼の王子がやってきた。
毎日、笑顔で会いに来て、庭園の散歩やお茶会に誘ってくるが、『読みかけの本がある』『マグダレーナさんから作法の指南がある』と断り続けている。
だが、今日の笑顔は、少し困ったような、陰のある微笑みだった。
「おかしいでしょ、ガッツ。朝からずっとあの調子なんだ」
どうやら、親友兼護衛の心配をしているらしかった。
「なにがあったか、聞いていないのですか」
「なにもない、の一点張りで。……いや、『相談するようなことじゃない』と言っていたから、なにかはあったんだろうけどね。どうかな、アル。その観察眼を貸してもらえないかな?」
「……本人がなにもないと言っているのですから、ほうっておくべきなのではないでしょうか」
「そう言わず。ね? おねがい、アル。僕を助けると思って、さ」
顔を近づけて囁くのをやめろ。
三歩ほど下がりつつ、しぶしぶ、ガッツさんに目を向ける。
皿に置いた掴棒を見つめながら、左胸に手を当てている。
心不全か?
いや、それならば素直に不調を訴えるだろう。
健康に根差した問題だとは、考えにくい。
では、左胸に手を置くのはなぜか。
ルイスさまの制服、その左胸を見てみる。
……なるほど。
「ルイスさま。ガッツさんはしきりに左胸を気にしていらっしゃいますが……男子制服の左胸には、ポケットがついておりますね」
「……ああ、そういうことね」
ルイスさまはにっこりと笑って、掴棒と皿を鑑賞中の友人に背後から近づいた。
それから数秒間、「返せ!」「いやだ!」と騒いで、マグダレーナさんに二人そろって怒られたのち、わたしはルイスさまが手に入れたものを見た。
一枚の手紙だ。
上等な紙を使った、貴族らしい手紙で、ふわりと香水のにおいがする。
「さすがに他人の手紙を勝手に読むことはできませんね」
「他人のポケットに勝手に手を突っ込むなよ……」
半目でルイスさまを睨むガッツさん。
悪いことをしたかな、とわたしも罪悪感を得る。
「やはり、お返ししましょう。知られたくないものなのでしょう?」
めんどうくさそうだし、という本音は黙っておく。
だが、ガッツさんは頭を掻いてうなだれた。
「……いや、いい。乗り掛かった舟だ。読んでくれ。……ああでも、音読はするなよ? 恥ずかしいからな」
恥ずかしい? だとすれば、これは、ひょっとして……。
なかば予想しつつ、手紙を開いた。
『拝啓 ガッツ・シブーストさま
突然のお手紙をお許しください。
ならぬことだとは思いつつ、どうしても心が抑えきれず、文をしたためさせていただきました。
わたしは、あなたに恋をしております。
凛々しい顔立ち、星の光のごとき銀髪、高潔な精神、ワイルドな瞳……。
わたしにはもう、あなたしか見えないのです。
最後に、あなたに手紙を贈ることができて、よかったです。
ガッツさまの、ますますのご健康とご多幸をお祈りいたします。』
やはり、
熱烈な恋文だった。
一読したわたしが思わず黙り込み、肩越しに覗き込んだルイスさまがものすごく笑顔になって、なんやかんや興味津々で手元を覗き込んでいたマグダレーナさんが顔をしかめるような、そんな恋文だった。
「いいね、ガッツ。青春じゃん」
「ルイスさま、無責任なことをおっしゃらないでくださいませ。文に『ならぬこと』と書いてある以上、差出人の令嬢はおそらく婚約者のいる立場。こんなもの、さっさと断って――あら」
マグダレーナさんが、そこで気づいた。
「差出人が、書いてありませんわね。封筒にも、便せんにも」
え、ほんと?
封筒を窓から差し込む陽光に透かしてみたり、表面をなぞってみたりした。
たしかに、名前らしきものはなにもない。
熱烈な……しかし、名無しの
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