4-1 名無しのラブレター



 ルイス・エクレールが親友の異変に気付いたのは、ひとえに同じ宿舎で生活しているからだろう。

 学生寮の中で最高クラス。

 王侯級のものしか入寮できない太陽寮パンシオン・ソレイユに住んでいるのは、ルイスとガッツ、高位司祭兼学生のピーター・オペラの三人。

 あとはそれぞれの付き人たちや、学園付きの使用人たちが棲みこんでいるが、それだけだ。

 男子寮ゆえに、アルティやマグダレーナはいない。

 二人は高い塀を挟んだ女子寮区画の最高峰、月寮パンシオン・リュンヌに住んでいる。


「……ガッツ。もしかして、どっか調子悪い?」


 寮内の食堂にしつらえた大きな円卓に三人で座り、朝食を食べているときの話だ。

 同席する銀毛の騎士、ガッツ・シブーストのナイフとフォークが、驚くほど進んでいない。

 いつもは初陣に挑む若武者のごとく、血気盛んに料理に切り込んでいくというのに、だ。

 さらに、今日のメニューはパンケーキ。

 顔に似合わず甘いものが好きなガッツの大好物で、手が進まないのはおかしい。

 ガッツは、ゆっくりと首を振って左胸に手を当て、ルイスを見た。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ、ルイ」

「水臭いじゃんか、ガッツ。悩みがあるなら聞くよ? ……もしも、僕に言いにくい悩みなら――」


 ちらりともうひとりの同席者を見る。

 沖海のような深い青色の髪を背中に流した、司祭服の男子生徒だ。

 目じりの下がった優し気な顔つきで、しかし、どこか陰のある美貌の男子。


「――ピートが聞いてくれるよ」


 青髪の司祭、ピーター・オペラは困ったように微笑んだ。

 もっとも、実際に困っているわけではないと、ルイスは知っている。この魔性の美貌を持つ僧侶は、いつもこういう笑い方をするのだ。

 いつだったか、下世話な学生が『妙齢の経産婦のようだ』とか『倦怠期の人妻のようだ』とか称していた。

 男性の、それも聖職者を表現する単語ではないが、たしかにそう見えなくもない。

 一種の魔性である、とルイスも思っている。


「ええ。微力ですが、拙僧せっそうでよければ、いくらでも。これも神の思し召しです。『汝、隣人を愛せ』と言いますし」

「いや、ほんとうになんでもないんだ。ほんとうに……」


 ガッツはばつが悪そうな顔をして、パンケーキにナイフを刺した。

 その様子を見て、ルイスはピートと視線を合わせた。


 ――ぜったい、なにかあるよね。


 そう視線で訴えると、青髪の司祭はうなずいて口を開いた。


「……拙僧に限らず、教会はいつでも迷える子らに扉を開いておりますよ」


 慈愛のこもった柔らかな物言いだ。


 ――母性に満ち溢れた若き学生司祭、セント・ピーター。送り込まれた経緯はどうあれ、司祭として不足はないわけだ。


 教会肝いりの学生司祭。

 ルイスたちと同い年で、春休みの中盤に太陽寮に合流したから、すでにひと月半ほどの付き合いになる。

 学生寮の最高峰である太陽寮に入寮したのは、教会の力が強く、金があることの証拠で、王侯貴族代表のルイスとしては、あまりいい顔をできないが。


 ――バックボーンはどうあれ、ピート自身はいいやつだから、やりにくいんだよねぇ。


 教会による貴族に対するパイプ作りの一環で学園に入学したのだろうが、パイプどころか、すでに個人的なファンを増やしているほどである。

 いまのように、ガッツの悩みに深入りせず、しかし『いつでも話を聞く』とポーズを示すような好漢なので、人気には納得できる。

 が、そのピートに対しても、ガッツは胸襟を開かなかった。


「ありがとう、ふたりとも。でも、ほんとうに……相談するようなことじゃ、ないんだ。うん、やっぱり太陽寮のパンケーキはうまいな!」


 ガッツはわざとらしくパンケーキの大きな欠片を口に放り込む。

 もう少し話を聞きたい気持ちもあったが、なにかと忙しい朝の時間だ。

 ルイスはいったん諦めて、自分のパンケーキに取り掛かることにした。



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