1-3 入学と再会
――種明かしは、僕がしたかったんだけど。
護衛は……ほんものの第三王子、ルイス・エクレールは息を吐いて、手をひらひらと振った。
「風習なんかじゃないよ。ただのいたずら。たいへん失礼いたしました、アルティさま。ごめんね」
姫に向き直り、優雅に一礼する。
「僕が西王国第三王子のルイス・エクレール。改めて、よろしくね」
「そうだ。申し訳なかった、アルティ殿。おれのほうが護衛のガッツ・シブーストってわけだ」
言って、銀髪の護衛が立ち上がり、椅子を引いた。
ルイスは入れ替わりに椅子に座って、対面の姫に視線を向けた。
――表情ひとつ、変えないか。
冷静なのだろうか。いや、違う気がする。
――笑うのが苦手、とか?
どうだろう。仲良くなれば、笑ってくれるかもしれない。
「どこで入れ替わっていると気づいたの?」
「立ち位置です」
淡々と、端的な言葉が返ってきた。
「微妙な違和感は最初からありましたけれど、もしやと思ったのは廊下です。護衛が窓際に立たないのは、やっぱりおかしいです」
「おかしい?」
「たとえ安全が確保されている室内であれば、奇襲や火砲を考えれば、護衛は窓側に立つのではないか、と。実際、シュエは……わたしの護衛のシュエリー・リーは窓側に立ちました。しかし、お二人の場合は、歩き始めてすぐにガッツさんが窓側に立ちました。ごく自然な動きで、です」
癖が出たわけだ。
ルイスがガッツに横目を向けると、銀毛の騎士はごまかすように咳ばらいをした。
「だが、アルティ殿。そのときはスルーしたよな。なぜだ?」
「わたしの知らない作法があるのかもしれないと思いまして。確信したのは、入室時です。王子が扉を開け、護衛がその後ろに立つのは、危機管理の観点から見ても、地位の差から見ても、おかしいのではないか、と。加えて言えば、わたしが馬で乗りつけた際も、ガッツさんがルイスさまをかばうように動いていましたから、三度めです。ああ、これは入れ替わっているのだな、と判断しました」
――なるほど、そういうこと。
ルイスは王子で、アルティは超大国の姫だ。
対して、ガッツは貴族ではあるが、青年騎士団所属の学生騎士であり、学園内ではルイスの護衛を任じられている。
もしも学園の教師がいれば、おそらく彼らが窓際に立って歩き、部屋の扉を開けたのだろうが。
――ぼろが出てはいけないと、先生を排除したのが裏目に出ちゃったな。
苦笑する。
二人ならば容易に騙せると思ったものが、二人だからこそバレてしまったわけだ。
そして同時に、ルイスの胸にずきりと痛みが走った。
――過去に浸りすぎるのはよくないけど……やっぱり、僕の顔はおぼえていないんだね。
気を取り直して、話題を戻す。
「お茶を飲んでから指摘したのは?」
「それは……その、言いだす
首をかしげると、バルコニーの端に立っていた武官、先ほどシュエと呼ばれた女が微笑んだ。
「アル姫さまは本の虫でして。会話が大の苦手でございます」
「シュエ、それは言わなくてもいいでしょう」
「しかも、あまり話さないからか、笑うのも不得手で……そのくせ、話し出すと長文なのです。筋金入りの室内気質というやつで」
「怒りますよ?」
「たいへん失礼いたしました。出しゃばった真似を」
シュエリーはなんでもないような顔で庭園に視線を戻した。
ルイスは真顔でぷんすかするアルティに笑いかける。
「……それにしても、見事な観察眼だね、アルティさま。こうもたやすく見抜かれるなんて。ほんとうは、お茶会の終わりに明かそうかと思っていたんだけど」
「いえ、初歩的なことです。……それから、わたしのことはどうぞ、アルティとお呼びください。さまづけは慣れていなくて」
――そういえば、先ほど、シュエさんは『アル姫さま』と呼んでたっけ。
親しいものは、アルと呼ぶのだろう。であれば。
「うん、よろしくね、アル」
笑いかけると、アルティが半目になった。
どうやら急に距離を詰めすぎたらしい、とルイスは思った。
ごほん、と咳払いで誤魔化す。
「僕からも、ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
よく考えれば、本日、いちばん不可解な出来事が残っていた。
「アルはどうして、馬車に乗ってこなかったの?」
「それは……その、話せば長くなるのですが……そうですね。三か月前のことから、お話しましょうか」
アルティ・チノは淡々と、しかし真顔に苦々しさをにじませながら、口を開いた。
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