1-2 入学と再会



 王子と姫、そしてそれぞれの護衛の合計四人が、本校舎の大きな玄関をくぐる。

 金髪の護衛に向かって、銀髪の王子が渋い顔で口を開いた。


「……おい」

「はい、なんでしょうか。ルイスさま」

「……いや、いい」


 すまし顔で対応すると、銀髪の王子はもっと渋い顔になった。

 大理石の廊下に入ると、銀髪の王子が金髪の護衛の隣、窓側に並んだ。後ろには、窓側を姫のお付きのものが歩き、隣にはアルティがいる。

 金髪護衛が頭だけで振り返ると、アルティは真顔で首を傾げ、見つめ返してきた。

 アルティの服は亜麻布リンネルのズボンに前合わせの上衣うわぎ。大平原、あるいは東洋風だ。

 お付きの女性武官も、同様の格好をしている。乗馬のために動きやすい服を選んだのだろう。まさか、普段からズボンではあるまい、と金髪の護衛は思った。

 大平原風にせよ、東洋風にせよ、それぞれの文化にあわせた正装があって、女性用のそれはパンツルックではなくドレスであったはず。

 以前、見たことがあるから、おぼえていた。

 なお、男子二人は青と白を基調とした、揃いの制服を着ている。シャツにネクタイとスラックス、上衣にはジャケット。学園内なので、王子も護衛も帯剣はしていない。


 ――それにしても、会話がないねぇ。


 銀髪の王子はだんまりだ。

 金髪の護衛は笑顔を浮かべて、アルティに話しかけた。


「申し訳ないけど、第三王子のルイス・エクレールさまはとっても口下手でね。不肖、この僕がご案内させてもらうよ」


 窓側から銀髪王子の鋭い視線が飛んできたが、無視する。


「ええと……護衛の方の、お名前は?」

「ガッツ・シブースト。以後、お見知りおきを」

「よろしくお願いします、シブーストさま」

「護衛に『さま』はいりませんよ。ああ、あと、気軽にファーストネームでお呼びください」


 銀髪の王子がもっと目を尖らせたが、無視する。


「では、ガッツさんとお呼びします」


 それっきり、またしても会話が途絶えた。

 やや気まずく思いつつ、目的の部屋に辿り着く。

 銀髪の王子が無言で扉を開け、鋭い目で室内を見回しながら、のしのしと部屋に入る。

 今回のために、正面庭園を臨む、いちばんいい部屋とバルコニーを貸し切った。

 陽光に照らされたバルコニーにはテーブルと椅子、紅茶とお菓子が取り揃えてある。すべて最高級品だ。

 三人もそれに続いて、金髪の護衛が姫に椅子をすすめた。

 姫はちょこんと椅子に腰かけて、ほ、と一息ついた。

 女武官は無言でバルコニーの端に立ち、油断なく庭園と室内に目を配っている。


「お茶を用意するね」


 金髪の護衛が紅茶をカップに注いで、アルティと銀髪の王子に配膳した。

 銀髪の王子が一口飲んで、やはりなにも言わなかった。

 アルティがカップに口をつけて、真顔でうなずいた。


「どう? 平原風のツァイとは違うから、口に合わないかな」

「いえ。とっても美味しいです。香りも素敵です」


 アルティはしばし、紅茶の香りと味を楽しみ、カップをソーサーに置いた。

 それから、テーブルの脇に立つ金髪の護衛と、対面に座る銀髪の王子を見比べて、首を傾げた。


「ところで、第三王子さまは、どうして護衛のふりをなさっているのですか?」


 空気が固まる。

 ほんとうに何気なく放たれた質問に、金髪の護衛は軽く目を見開き、それから微笑んだ。


「……僕は、王子じゃないよ? なにか勘違いしているんじゃないかな」

「いえ、あなたが王子さまです」


 アルティ・チノは言い切った。


「ごめんなさい、まだ西洋の作法には慣れていなくて。もしかして、王子と護衛は入れ替わって客人を迎えるような風習がおありなのでしょうか。だとすると、指摘すること自体が失礼でしたか」


 ごめんなさい、とまた頭を下げるアルティを見て、銀毛の王子が気まずそうな顔で護衛に顔を向け、口を開いた。


「……なあおい。もうやめようぜ、ルイス」


 銀髪の王子が、そう言った。



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