第23話 選択
中へ入るとエリザベスは窓際の鉢植えに水をやっていた。
「あら、いらっしゃい」
予言者である貴婦人はこちらをむいてにこやかに言った。
「どうぞ、座って。今、お茶を用意するわね」
そういって彼女はキッチンへと向かった。
始めて訪れた時と同じようにエリザベスはティーカップに紅茶を入れてくれた。
僕はあのときと同じように椅子に腰かけて紅茶に口をつける。
あの時とは違う種類なのか華やかで穏やかな香りがした。
「最近、夢は見てるのかしら??」
急に質問され、不覚をついた僕は紅茶をこぼしそうになった。
「答えは分かってるんじゃ?」
僕はカップを置きながら、答えた。
「あら。私は予言者と呼ばれるけど人の夢を盗み見ることはできないわ」
エリザベスは苦笑しながら言った。
「意外ですね」
「そうかしら? それにいつも未来が見えるとは限らないわ。 とくに貴方の場合は」
ふふと微笑みながら彼女は言った。
僕は苦笑しながら答えた。
「夢はここ二、三日見ないです。 気を失っている間も見ませんでしたから」
「そう。ならよかったわ」
「よかった?」
「貴方が見ていた夢は……、貴方が始めて訪れたときに言ったけれども。貴方が今回関わったこと、『箱』の開封に関してのことではなく更に先の未来、遠くて近い未来のことを表していたと思うの」
エリザベスは僕を真っ直ぐに見る。
「遠くて近い未来?」
「そう。 その未来は貴方にとってはいい未来とはいえない世界。 けれど今回の事で少しだけ未来への流れが変わったとも言えるわ。簡単に言うと川の流れが変わったと考えればいいわ」
僕はなんだかゾッとした。
見えない未来、決まってもいないはずなのにそれは確実に悪い方へと向かっていた。
エリザベスは僕の表情を読み取ったのか、フッと微笑みながら言った。
「そんなに深刻に考えなくていいわ。 伝えたように貴方は『選択』をしたの。運命の法則を超えらるように。 でも安心しないでまだ貴方は輪の中にいるわ。 ただそれは貴方が来たるべき時に選択をすれば超えられる
はずだから」
予言者は優しく言うと言った。
僕は自身のカップの中身を見た。
底には茶色い液体の水面に僕の顔が写っていた。
これから先、僕はどうなるのだろうか?
僕は彼女、ミキの笑顔が見たくてここまで来た。
それは果たして正解だったのだろうか?
疑問だけが頭の中で反復する。
その答えを僕は一番、聞きたいのかもしれない。
「あぁ、それに……」
ふと目の前の予言者は何かを思い出すように言った。
「運命の輪は貴方だけにはたらく物ではないから」
「…………?」
「言葉を憶えておいてくれれば大丈夫よ」
エリザベスはカップを手に持った。
「それに未来はきっと明るいわ」
そう言って予言者は笑った。
時がたつのは早く、予定された時刻になり輪堂さんが迎えに来た。
「また会いましょう」と予言者はいい、僕はまたと答えた。
部屋を後にし、輪堂さんと二人っきりになる。ふと輪堂さんが口を開く。
「何も言わずに戻ってしまってすまなかったな。 助けられたのはこちらだというのに」
輪堂さんはサングラスを外し、僕を真っ直ぐ僕を見る。
「いえ。 僕は何もしてないです。 ただ皆さんと同行しただけですから」
「だが、君が兵頭ミキを助けに行くと言った決意は君自身の答えだ。 あのとき君がいなければこの世界は危険な一途を辿っていたと思う」
「それは大げさですよ。 僕はミキの為に何かしたかっただけですから。『龍』が表れた時は何がなんだか分かりませんでしたから」僕は自分の気持ちを正直に述べた。
「だが、『パンドラの箱』を封印したのは君だ。 改めた礼を言う」
そう言うと輪堂さんは僕に右手をだす。
僕はそれを一瞥し、彼の手を握った。
「ありがとう。北神君」
「いえ、こちらこそです」
輪堂さんは手を離し、サングラスをかけ直す。「兵頭ミキ、彼女の現在に関しては答えられん。 ただ彼女がどうするかは彼女次第だ。これからどこへ向かうのかも俺にもわからない」
「そうですか」
僕はその言葉を聞いて少しだけ落胆した。
「一言、彼女に挨拶ぐらいはしたかったんですけど、しょうがないですね」
「もし何かあれば、兵頭ミキに君からよろしくとだけ伝えておく」
「ありがとうございます」
僕は輪堂さんに御礼をいい、疑問を口にした。「これから僕はどうなるんです?」
反対、賛成、中立派はきっとをさがすだろう。
僕は無関係ではいられないがどうするべきかは分からなかった。
「君は存在はこの魔術界の中では我々しか知るものがいない。 だから君は日常に戻れる。ただ念のため、近々、反対派、こちらの代表に向けて君の側にボディーガードを送ることを申請しておいた」
そう言って輪堂さんは自身のジャケットの胸ポケットから何かを取り出した。
「これは俺の名刺だ。 もし何か困ったことがあればここに連絡しろ」
僕は輪堂さんから名刺を受け取り、名刺を見てみる。
そこには輪堂さんの名前と電話番号だけが書かれていた。
「有り難うございます。 何かあれば連絡させて貰います」
僕は輪堂さんに御礼を言って名刺をポケットにしまった。
「頂いた銃は近くにお返しします」
「それなら気にするな。君に餞別として渡したのだからな。 それに……、こんなこと言うのは変だが君とはまた近々、会いそうな気がするよ」
輪堂さんはそう言ってニヤリと厳つい顔を崩し笑った。
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