第19話 出現

傭兵と魔法使いが先に進み、屋上へと繋がるドアを開けるとさらに階段が顔をのぞかせ、警戒を怠ること無く進んでいく。

ここまでに下で追いかけてきた敵とあの金髪の少女だけというのが不思議で、六菱が本当に何を考えているのか読めない。

それにミキが無事かどうかも心配で不安を抱えていたが、階段を登り切ると屋上へと出るドアが現れた。

すぐに輪堂さんは手で合図をすると全員が突入する体勢に入った。

僕は輪堂さんの横についていた。

「いいか? ここからが本番だ」

輪堂さんは僕の覚悟を訪ねるかのように問いかける。

もうここまできたら関係ない。

ミキを助けるだけだ。

僕は何も言わずに頷いた。

輪堂さんも同じく言葉を発さずに頷くと先陣にいる仲間に行けと手で合図する。

先陣をきる反対派の仲間が輪堂さんの合図でドアを開け、勢いよく入っていく。

僕らも続けて屋上へと飛び出していく。

屋上に出るとそこはほとんど何もない空間で

あるのは水道関係、空調設備のパイプなど。

そして頭上と周りには遮るものがなく五星市にそびえ立つビル群と街の明かり、そして隣接する高層ビルが見えていた。

辺りを見まわし、何かないか確認する。

五星市の方向にはヘリポートがあり、そこには何もなく、僕はその反対側に目をやった。

そこは五星セントラルタワーの背中側とでもいおうか、何もなく海に面した方だった。

そこは入ってきたドアよりも高い壁があった。壁にははしごがついていて上にスペースがあるように見えた。

僕はそちらにむけて歩いて行く。

輪堂さんたちもそこ以外に何もないと顔をそちらに向けていた。

僕は梯子に手をかけ、壁のところを昇っていく。

登り切ると本当に高層ビルの屋上かと思えるほどのテニスコート二面分くらいありそうなスペースが現れる。

そしてその一番端には本で目にした古代の神話に出てくるような祭壇が建てられていた。

祭壇は海を背にし、そこに行くまでに階段状になり立っているスペースよりも高い位置にあった。

そしてその祭壇の中心には四角く板を立てたような代物がありそこに黒いドレスを来たミキが捕らわれていた。

両手と両足を四角い板の四隅に取り付けられた鎖でそれぞれつながれた状態で気を失っていた。

「ミキ!」

僕は叫んでいた。

輪堂さんの言っていた通り、ミキはセントラルタワーの上で捕らわれていた。

叫び声が聞こえたのかミキはぐったりしていた顔を上げ、瞼を開ける。

「ん……」

そして瞼を開き、僕の姿を認識すると驚いた顔をし、口を開き声を上げた。

「コウ」

「ミキ、待っててそこへ行く」

僕は叫び、ミキの方へと駆け寄ろうとした。

するとミキは更に瞼を開き、僕に向かい叫んだ。

「来ちゃダメだ!」

「えっ……?」

なぜと疑問に思う前に肩を何かに引っ張られる。

それと同時に踏み出そうとした目の前に無数の電気がバリバリと音をたて何もない空中を走った。

一瞬だったがかなりの電気が走ったように見えた。

僕は気がつくと尻餅をつき、隣に輪堂さんが立っていた。

何が起きたのか分からず、輪堂さんの方を見る。

「死ぬ気か?」

輪堂さんは冷静に僕の顔を見ながら言った。「な、何が起きたんですか?」

「足下を見てみろ」

僕は言われた通り足下を注意して見てみた。そこには薄く発光した線が真っ直ぐ横に引かれていた。

注意深く見てみないと踏んでしまうようなものだった。

「その線は魔法を使ったトラップだろう。踏んだ瞬間、対象者に向けて電撃が走るように細工されている。 そうだろう、六菱?」

輪堂さんが混乱する僕に解説するように言いながら、捉えられたミキの方を見て言った。

すると白いタキシードのスーツを着て髪をオールバックにした六菱がミキの横に立っていた。

そして此方に顔を向けるとニヤリと笑い、口を開いた。

「よくわかったな。 ただそれだけじゃない」

甘いなと六菱は言うと両手の指先をあわせ、口元に持っていく。

「まだ何かふざけたことでも残しているのか?」

輪堂さんは苛ついたのか口調がきつい感じになっていた。

「その説明は後だ。 とにかく今はここに来てくれたことを感謝しよう」

六菱は僕らに向かいお辞儀をし、笑いながら言った。

隣で捉えられたミキは僕の方を向いて、口を開いた。

「私のことはかまうな! そいつと一緒にここを……」

僕らに向かい何かを言おうとしたミキの口を六菱がふさぎ、片方の手で彼女の額に何か一枚の紙を張る。

『静かに』

六菱がそう言うとミキは気を失い、頭を下にガクンと下がる。

「ミキ!」

僕は彼女の名を叫び、六菱を睨む。

「安心しろ、眠らせただけだ」

六菱は僕のことを気にかけることもなく淡々と言う。

「すまない。 途中で邪魔が入ってしまった」

嫌みを口にすると六菱はニヤリと笑う。

目の前の男を気持ち悪く感じ本当に殴り飛ばした気持ちが始めて覚えた。

「君らに集まって貰って本当に私は嬉しいよ。これから伝説だと思われ、誰も目にすることのなかった魔術を我が手で行えてしかも観客がいるという最高の状況。心が震えるよ」

六菱は歪んだ笑顔をしながら僕らに向けて言うとミキの方に手を向けると掌をひらひらとさせる。

すると鎖でつながれたミキの身体が勝手に動きこちらに背中を向けるように反転する。

ミキが着ているドレスは背中が開いていて彼女の白い肌があらわになる。

「見てみろ。 これが『箱』の蓋だ」

六菱が手を向けるとミキの背中に幾何学模様の入れ墨に見える物がくっきり現れていた。脱衣所で眼にした時よりもはっきりと表れていた。

僕が目にしたのは錯覚ではなかった。

僕は輪堂さん達の方をみた。

全員が『パンドラの箱』の蓋の釘付けになり

ただじっと見ていた。

沈黙を裂いたのは輪堂さんだった。

「それを開けるにはかなりの魔力がいるぞ」

輪堂さんは威嚇するように言う。

「心配は無用だ。 ここには魔力を増幅してくれる物がある」

六菱は空を見上げ、手をひろげ辺りを見まわす。

「何を言っている?」

輪堂さんは意味が分からないと言う顔をする。「これだから魔術バカは察しが悪い」

六菱はやれやれと言わんばかりに首を横に振る。

僕以外の全員にピリピリとした雰囲気が流れる。

「考えてもみろ。 魔力とはなんだ? 科学と魔法、何が違う? 根本は一緒のはずだろう? 魔法も科学も元を辿れば同じだ。 エネルギーを増幅させればいいだけのこと」

六菱はセントラルタワーの周りにあるビルの方に手を向けて言った。

僕らはそこに目を向ける。

「衛星アンテナか」

輪堂さんは何かに気がついたように言った。

「そうさ。 ここにはいくつもある。 それにこの五星ウォーターフロントは設計した人物が魔法や占いが好きでね。 ウォーターフロントに立っている高層ビルは全て五芒星の点になるようにそれぞれ、配置されている。だから『箱』を開けるには雑作ない」

六菱はニヤリと笑った。

「どういうことですか?」

僕は輪堂さんに聞いた。

「奴は高層ビルに取り付けられた衛生アンテナをペンタクルの点にして巨大な魔方陣を作る気だ」

「ということは簡単に『箱』を開封できるっていうことですか」

「そういうことになる」

輪堂さんは眉間の皺を更によせ六菱の方を睨む。

『パンドラの箱』を開けるということはミキ、彼女はどうなってしまうのだろうか?

僕は一瞬、そんな疑問が頭をよぎり、六菱に質問した。

「ミキはどうなるんです? 『箱』を開封したら必ず何かの支障がでるはずだ。答えてください」

僕の問いに六菱はさぞ可笑しいと言わんばかりにさらに顔を歪め、言った。

「どうなるだろうかね。 生きようが死のうが私には関係ないことだ。 まぁ、儀式が終わったら返してあげるよ」

その言葉を聞いて僕の頭の中で何かが弾けたような音がした。

僕は思わず、自分の腰に片方の手を回し、銃を手にする。

「ミキを離せ!」

目の前の六菱に向けてリボルバーの銃を向ける。

緊張感で手が震えるが、引き金に指先をかけていた。

「おやおや。これは勇ましい事をする子だ。だが本当に君に撃てるかな?」

六菱は人差し指を立てて、君には無理だと言いながら横に振る。

僕は構える手に力を込める。

「やめておけ」

輪堂さんは僕が握っていた銃を撃てないようにがっちりと握る。

「元々、彼にやらせるつもりはない。 それだけじゃない。 七つの鍵と『箱』の守人、は此方に渡して貰う。貴様の相手は我々だ」

そう輪堂さんが言うと反対派のメンバー、全員がそれぞれに構える。

それを見て六菱は口を開く。

「やれやれ。皆、威勢のいいことだ。 まぁ、いいだろう。好きなようにやりたければやれ。こちらもそれなりに対応させて貰う」

六菱は隠していた凶暴性を見せるかのように歯をむき出しながら言った。

そいの言葉が合図となったのか火蓋を切ったように反対派のメンバーがそれぞれ動いた。

銃をもった傭兵は六菱に向けてライフルを構えて引き金をひく。

けたたましい発射音と共に銃弾が六菱に向け飛んでいく。

六菱は予想していたかのように手を向けると見えない壁があるかのように銃弾は彼の手の前で止まり、はじかれ、別の方向へと跳弾する。

それでも反対派のメンバーである魔術師達も一斉に杖を構え、何か短く唱えるとそれぞれの杖の先から黄色、赤色の光がともり、銃弾とは別の方向から六菱にむけて飛んでいく。

六菱は焦ることなく銃弾を防ぐ手とは別の手をそちらに向ける。

光は彼が向ける手の中へと吸い込まれるようにスッと消えていく。

反対派のメンバーはそれぞれ、銃弾、魔法というように六菱に向けて攻撃をしかけ、彼の両手をふさぐ。

そして真っ正面から輪堂さんが計画していたように六菱に向けて間合いを詰める。

そのまま、魔法でコーティングされたグローブをつけた拳を六菱の顔めがけ素早い動きでパンチを繰り出した。

輪堂さんの攻撃が当たりそうになったと同時に六菱はわずかに口元を動かす。

その瞬間、輪堂さんが突然、地面に顔から倒れこみ六菱の目の前で四つん這いになる。

「ぐっ」

倒れた輪堂さんは顔を歪めつつも身体を起こそうと必死になる。

続けて六菱が叫んだ。

『伏せろ』

言葉が耳に入った時には身体が急に重くなり、僕も気がつくと膝をつき四つん這いのようになっていた。

重たい何かが身体にのしかかるようだった。

僕は自分に起きたことが分からず、顔をあげて何が起きたのか把握しようとした。

かろうじて顔はあげられるぐらいには力が入り六菱と輪堂さん達の方を見る。

視界に入ってきたのは輪堂さんや僕が置かれている状況と同じように六菱に攻撃を仕掛けていた反対派のメンバーも床にうつぶせのように倒れていた。

何が起きた?

あの雑居ビルで受けた魔法とは違い意識だけははっきりしている。

ただ自分の意識と反して身体が動かせない。

「無様だな」

六菱は馬鹿にしたように鼻で笑うと近くで四つん這いになる輪堂さんに近づき、彼の背中に足をかける。

「何を…した……?」

輪堂さんは必死に力を入れ、口を開く。

「私の魔法が『インドラの矢』だけだと思ったか?」

苦しそうに立ち上がろうとする輪堂さんに向かい六菱は言う。

「自由を奪う魔法をかけただけだ。言葉だけで発動できるように私が構築してオリジナルの魔法だ。 甘いな」

「こんな物……」

輪堂さんは必死で身体を動かそうとする。

「無理だよ。 私が視界にいる間は効力を保つ。 それに君のグローブの魔法はこの魔法を上書きして消すことはできないよ」

輪堂さんが手につけたグローブに指を指しながら言った。

「本当であれば殺しているところだが、君らは観客だ。 これから起こることに静かに見て貰うことが一番の目的だからな」

六菱はニヤリと笑うと輪堂さんから足を離す

「では全員、そこで『立っていろ』」

六菱がそう言うと急に身体が自分の意思に反し足に力を入れ、立ち上がる。

「『黙って見ていろ』 ただ首だけは動かせるようにはしておく」

指揮者のように人差し指を立てながら腕を動かす。

その場にいた輪堂さんや反対派メンバー全員が立ち上がり、気をつけをしたまま状況を見ていた。

立ち上がれたものの気をつけをしている状態でそこで固まって動けない。

それに口を開き声が出ない状態だった。

クソ……。

目の前にミキがいても助けられない。

僕は歯を食いしばり、目の前の状況を黙って見ていることだけしかできないのか?

心でそう思いながらも目の前の六菱は作業をし始めた。

「ではこれから始めるとしよう」

彼は祭壇の方へと戻るとミキの側に立ち、彼女に向かい先ほどと同じように手を広げ、腕を動かす。

するとミキの腕を縛っていた

鎖が解け、彼女は地面から少し浮かんだまま、一定のところまで進んでいく。

そしてある地点まで行くと身体を空中で浮かせたまま、空中に向けて仰向けになるように身体が倒れるとそのままゆっくりと下へ降りていき、床に寝ている状態になる。

ミキは寝ているようで意識が無くただ呼吸を数回繰り返している状態だった。

六菱はそれを確認すると手に何かを持ち、ゆっくりと寝ているミキに近づく。

寝ている彼女の周りに一つずつゆっくりと置きながら何かをつぶやきつつ、ミキの周りを一週する。

目を凝らして見てみると置かれているのはガラクタのような様々な物ばかり。

あれが封印を解く為の『七つのキー』か。

確認するすべは無くもただ黙ってことの成り行きを見ているしかない。

六菱はミキの側で片膝をつきしゃがむと顔を下に向けたまま手の平を床につける。

そして声を張り上げ叫んだ。

「我が精なる大地の神よ。 我の言葉に耳を傾けその力を貸したまえ!」

その瞬間、六菱とミキの周りを囲むように緑色の光で構成された円と五芒星、魔方陣が出現する。

そして出現してすぐに緑色の光が薄くなると

魔方陣をなぞるように赤や緑、様々な色の光が床から吹き出す。

光は一気に集約すると一本の線になり空中に舞い上がり、セントラルタワーの周りのビルに設置されたそれぞれの衛星アンテナに向けて伸びていく。

衛星アンテナを介し、光は巨大な魔方陣を空に描いていく。

そしてそれぞれの光が線を結ぶように一つになると眩い光を放ち、突然消えると一筋の小さな光がいきなり出現しミキの方へと勢いよく降下し、彼女の身体の中へと入っていく。

光がミキの中へと消えると辺りは普段の夜の状態に戻る。

何が起きているんだと現実離れした光景を目にしながら頭で必死で状況を整理しようとする。

その場にいる全員が凝視し六菱でさえも固唾をのんでいた。

次の瞬間、寝ていたミキが身体をその場でガクガクと震わせ、急に閉じていた瞼を開く。「アァァァァァァァァァァァァァァァァァ」口を開き、まるでどこから発声しているんだと思うような彼女の声ではないような声で叫び声をあげる。

同時に強い突風が起こり僕はバランスを崩しその場に尻餅をつく。

なんなんだ?

そう思った時には魔法が解けたのかいつの間にか身体が自由に動くようになっていた。

辺りを見まわすと輪堂さんや反対派のメンバーも同じような状態だった。

しかし、誰一人、六菱に興味を持つことなくそのままミキのほうに視線を向けていた。

叫んでいた彼女は事切れたかのように叫ぶのをやめ、気を失った。

その時だった。

ミキの周りに白い光の魔方陣が展開し、下から突き上げるような揺れが発生した。

「地震?」

僕は思わず声を発していた。

揺れとともに魔方陣の光はミキさえも飲み込み、大きくなっていく。

そして屋上のスペースの半分をしめるほどの大きさになると魔方陣を構成していた光は段々と黒く濁っていく。

「いよいよだ」

見ていた六菱が喜々として笑いながら震える声をだす。

巨大になった魔方陣が黒く濁ると揺れは止まり、静けさが戻る。

「終わった?」

「いやまだだ」

僕が呟いた後に輪堂さんがそれを否定した。

同時にかすかに光る魔方陣だけが揺らめき、再度揺れが僕らを襲う。

またかと思った時だった。

魔方陣からゆっくりと何か黒い物体の一部分が姿を表した。

『箱』の蓋が開放された今、中身が姿を表していく。

ゆっくりと黒い物体が浮上し僕らの前に姿を表した。

僕が考えていた物とは違い、それは予想とはかけ離れたものだった。

「龍?」

姿を表した『パンドラの箱』の中身はとてつもなく巨大な龍のような頭部だった。

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