第17話 開始
三十分後、僕は輪堂さんが呼んだ他の魔術師が用意してくれた装備を身につけ、反対派のギルド「クロウリー」の近くにある駐車場に急いだ。
装備は魔法使いらしくローブに杖ではなく、軍隊物や警察物で目にするような防刃、防弾仕様のタクティカルベストにブーツといったいかにも戦争に行くかのような代物だった。
慣れない装備を確認しながら店の外に出ると嘘みたいに空はオレンジ色に染まり、逢魔が時とでも言うのか空がいつもより不気味に見えた。
駐車場にはすでに輪堂さんと他の数人の魔術師、傭兵達が準備を終わらせ、待機していた。「来たか」
輪堂さんは僕の姿を見ながら言った。
「遅くなりました」
「大丈夫だ。 では集まったところでこれからの作戦の流れを説明する」
作戦の内容は簡単な物だった。
「まず車に乗りこみ、セントラルタワーまで向かう。そこから屋上まで一気に向かう」
「セントラルタワーの屋上に何かあるんですか?」
僕は質問した。
「使い魔のカラスを上空に飛ばし、何か六菱の動きが無いか確認させた。 あいにく六菱
自体の動きはつかめなかったがセントラルタワーの屋上に『箱』の守人がとらえられていることがわかった」
輪堂さんは腕を組みながら言った。
「屋上にミキがいるんですね」
僕の問いに輪堂さんはこくりと頷いた。
「向かう場所は分かったが、ただ相手も魔術師の為、なにか魔法を使ってくる可能性がある。それだけじゃない。敵は魔術師以外も加わり、困難をきわめるという状況がありえる」
全員、警戒を怠るなということだった。
それを聞き、僕はさすがに一筋縄では行かないと思った。
ミキが捕らえられていることが分かった。
それだけでも気持ちは違うが出発前の緊張感と現実のなさが心の中で変なバランスをとり、身体が重く感じられた。
「北神君」
そんな時、輪堂さんに呼ばれ、僕は自身の顔をあげる。
「不安か?」
輪堂さんは無表情で問いかけてきた。
「不安じゃないといったら嘘になります。 でもここにいる全員が不安ですよね」
僕は少し震える声で輪堂さんに言った。
輪堂さんは数秒黙ると口を開いた。
「そうだな。 それに君はもう守られる立場ではない。一人の兵士としてここにいる。自分の身が危なくても自身でなんとかしなければならない。 分かるな?」
輪堂さんはただ淡々と険しい表情で言う。
「分かります」
「なにかあっても安全は保証されてはいない。もし自分の身になにかあればそのときはこれを使え」
輪堂さんがそう言って差し出したのはホルスターに入ったリボルバー型の銃だった。
「これは……。 銃じゃないですか? 受け取れないですよ」
僕は思わず断った。
それは引き金を引けば、人を殺すことが可能
な代物。
気が引けるというか何か一線を越えることになる。
それはこの状況に置いても僕は踏み越えては鳴らない気がした。
「護身用としてだ。 人を殺すために君はここにいるわけじゃない。 それは分かっているが今回ばかりは事が事だ。 悠長なことは言っていられない。 それなりの覚悟があって君はここに来たのだろう? これは自分の身を守る為のもの、それに『箱』の守人を助けるためと考えれば大丈夫だ」
そう言って輪堂さんは僕の手に銃をおいた。
ホルスターに入っている為、銃身は見えないがズッシリとした重さが生々しさを語っている。
僕は生唾を飲み込み、銃を手にし重さを実感しながら輪堂さんに言った。
「お借りします」
「返さなくていい。 餞別だ。 不安だろうが押しつぶされるな」
そう言うと輪堂さんは準備があるといい、車の方へ向かった。
僕は自身の手にある銃を眺め、強く唇をむすんだ。
今の自分に何ができるかは分からない。
けれどこの状況からは逃げることはできない。ミキを助けると誓ったからには後には引けない。僕は車にむけて一歩を踏みしめた。
準備が済むとすぐに車に乗り込んだ。
出発の合図もなく車はすぐに発車した。
僕は輪堂さんと数人の魔術師達、傭兵達と同席した。車内では誰一人口を聞かず、静けさのなか車に揺られ、セントラルタワーへと向かう。
窓から見える街は平日だというのに変に静まりかえっていて歩いている人もまばらだった。車は速度を変えずに進み、着実にセントラルタワーに進んでいたその時だった。
「様子が変だ」
運転をしていた魔術師がバックミラーをチラリと見て、輪堂さんに伝える。
「どうした?」
輪堂さんは運転手に問いかける。
「後続の車の後ろに二、三台追いかけてくる車がいる」
その言葉と共に輪堂さんは後ろを振り返り、確認する。
僕も同じように後ろに首を回し確認する。仲間の反対派の人間が乗った車の後ろに同じスピードでぴったり着いてくる後続車が二、三台いた。
「あれは六菱の手先だ」
そう輪堂さんがそういった瞬間、追っての車の一台のサイドドアから人が身を乗り出し腕を此方に向けた。
「マズイ!」
輪堂さんが叫んだ瞬間、車に衝撃が走った。
車内はガクンと揺れ、車の後ろに何かが当たる感覚がした。
「どうしたんですか?」
僕は輪堂さんに問いかけた。
「六菱の手下が、魔法を使ってきた。 ここで俺たちを殺す気だろうな。人目をはばからず襲ってきたということは余裕がないんだな」
輪堂さんはそう言いながら応戦するのか、座席の下からライフルを取り出し、揺れる車内で手にしたライフルに向かって何か唱え始めた。
そして数秒後、輪堂さんは顔をあげると、サイドドアの窓を開け、そこから身を乗り出すような体勢をし、ライフルを追っての車に向かい、構える。
僕は輪堂さんから目を離し、後ろに振り向く。輪堂さんは狙いを定めると引き金を引いた。
次の瞬間、追っての一台のボンネット部分に銃弾が当たったと思った時には運転手は急に、苦しみだし気を失ったかのようにハンドルに顔を突っ伏した。制御する者を失った車は暴走し、横転した。
続いていた追っての車を巻き込むようにしてその場でぐしゃぐしゃに転がる。
僕は起こったことに驚き口が閉じない。
輪堂さんはすぐに車内に身体を戻すと、運転手に言った。
「速度をあげろ。 追ってはあれだけでないはずだ」
輪堂さんはそう言うとライフルの安全装置を確認しながら表情を変えない。
車の速度が上がり、脇にそれていた仲間の乗る継続車も同じように進む。
「あの車に何をしたんですか?」
僕は手すりにつかまりながら、輪堂さんに聞いた。
「ライフルの弾丸に『呪』を乗せた。 この国古来の魔術だ。簡単に言えば『呪い』だ」
輪堂さんは前を向きながら説明した。
僕はその言葉に身震いをした。
魔術は簡単に人の命を奪う事ができる。
無情で恐ろしい物だと思った。
しかし、それを気にしている余裕はない。
僕は歯を食いしばり前を向いた。
車は速度を落とすことなく、セントラルタワーに向き進む。
追っ手は来ず、すぐに中心街に抜ける。
ウォーターフロントのビル街を抜けてセントラルタワーへ向かう道路が見えてくると、入り口付近に何台か車両が止まっていて、バリケードのように並んでいた。
そこには杖と銃を構えた警備員のような人達が立っていた。
「どうやら簡単には入れてはくれないらしい。このままやり合うのは無理だ。 このまま入り口まで突っ込むぞ」
輪堂さんは、力強く言う。
「突っ込むって?」
「正面突破だ。 この車両ごと向かう」
「正気ですか?」
僕は思わず叫びながら聞いてしまった。
「余裕と手段はない。 前進しろ」
輪堂さんが運転手に叫ぶと共に、前の座席に掴まり衝撃に備える。
車は勢いを保ちながらそのまま、バリケードのようになった車両の列に突っ込む。
構えていた警備員達は蜘蛛の子を散らすように一目散にその場から離れるのが目視できた。ぶつかると思った瞬間にはけたたましい音をたて車体が激しく揺れる。
バリケードのようにしていた車両を押しのけるようにして車は車両の向こう側に抜ける。驚きで呆然としてしまうがそんな暇を与えることなくセントラルタワーの入り口の方に向かい、もう一度突っ込んでいく。
「うわぁぁぁぁぁ」
僕は思わず叫び、下を向き、目を閉じた。
車両は大きく揺れ、耳をつんざくような音がし激しい揺れを感じた後にすぐに車両は止まった。
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