第16話 流れ
―――僕は目を瞼を開けた。
テレビを観ていた途中でいきなりチャンネルを変えたように視界が変わる。
「目が覚めたか?」
ボンヤリとしているところで急に声がし、僕は驚いた。
「うわっ? 輪堂さん?」
目の前に輪堂さんが現れる。
「気がついたようだな」
「ここは?」
「ここは「クロウリー」だ」
輪堂さんは淡々と言った。
「いつの間に……? あの後はどうなったんですか?」
輪堂さんは瞼を一度、伏せると息を吐き、口を開いた。
「あの後、『箱』の守人は六菱にさらわれた。あの場にいた全員、奴の魔法である『インドラの矢』によってやられ、その場で足止めをくらった」
彼は悔しそうに口を開くと、別の方向を見ていた。
「『インドラの矢?』ってなんですか?」
僕は彼に質問した。
「インドラというのは神の名前だ。 この国では帝釈天の名で通っている。 そのインドラという神が使っていた兵器の名前とも言われている。 奴が使っていたのは破壊力のある電気系統の魔術で『インドラの矢』はその中の一種だ。あれでも威力を抑えてはいたがな」
輪堂さんは僕の方を見ながら淡々と言った。
六菱という男は世間では大企業の社長だが、それと共にやり手の魔法使いということだった。
「すまなかったな。 君に危険にさらしただけでなく、『箱』の守人を奪われるとはとんだ失態だ」
輪堂さんは頭をさげ、言った。
「そんな頭を下げないでください。僕は自分から覚悟してそこに行きましたから」
「北神くん」
輪堂さんはまっすぐに僕を見る。
「それにまだ終わってないですよね。 六菱、あの男が『パンドラの箱』を開封するまでにどれ位時間が残っているんですか?」
輪堂さんは息を吐くと言った。
「後、四時間弱だ」
「四時間弱ってことはあれから一日近く、僕は気を失っていたんですか?」
「そういうことだ」
輪堂さんは冷酷に事実を告げた。
目の前が真っ暗になりそうだった。
ミキの手助けになると言っておきながら何もできなかった。
ただその真実だけが目の前にあり、残酷にも無力さがにじむ。
思わず手に力が入り、拳を握る。
「これから『箱』の奪還とともに『箱』の守人、兵頭ミキを救出しにいく。本当はすぐにでも向かいたかったが、奴の居場所がどうしても分からなかった。 だが三時間まえに奴は使い魔にこんな封筒を持たせて此方によこした」
輪堂さんはジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。
封筒の中から輪堂さんは一枚の紙を取り出した。
紙は折りたたまれていて、輪堂さんはそれを広げる。
僕に見えるように広げるとそこには逆さになった五芒星が描かれ、真ん中には小さな円が描かれていた。
「これは?」
「多分、『パンドラの箱』を開封する際に必要な陣のことを指しているのだと思う」
「でもなぜ、これを?」
「魔力の流れは読むことができるか?」
輪堂さんはサングラスの位置を直しながら質問した。
「ミキには教わりましたけど……」
僕はミキに習ったように手紙に手を差し出し、瞼を閉じ、そこに意識をする。
すると暗闇の中に、うっすらと赤色が浮かび上がり、段々と濃くなり血液のように真っ赤に染まる。水の流れのようにユラユラしていてなんだかグロテスクにも見えた。
瞼を開き、目の前の輪堂さんに言う。
「読めましたが……。 これはなんなんですか? 赤い魔力の流れが見えました」
「見えたか。 赤い魔力の流れは賛成派の使っている魔法の魔力の色だ。 そして六菱はこの魔力の流れを辿れと親切にもワザワザ此方によこしてきた」
「よほどの自信家なんですね」
六菱憲二郞のやっていることがなんだか馬鹿らしく思えた。
「多分、自分をエンターティナーかなにかと思っているんだろうな。『箱』の開封をショーかなにかと勘違いしているな」
輪堂さんは奥歯を噛み、険しい表情になる。「この魔力の行き先はもう分かってるんですか?」
僕は輪堂さんに問いかけた。
「分かっている。 魔力の行き先はセントラルタワーだ」
「六菱重工の本社ビルじゃないですか。なんでそこが『箱』開封の儀式の場所に?」
「それは分からん。ただ一つ言えるの『箱』を開封するのにはかなりのエネルギーが無いと行けない。 この場所に選んだ理由についてもそれに関係している可能性があるはずだ。」
輪堂さんは手を顎に当てながら思案していた。「ということはそこにミキがいるんだ」
僕は言葉にし、自分に言い聞かせるように言った。
「北神君。 一つ質問がある」
「何ですか?」
輪堂さんは僕に問いかけた。
「君はなぜ六菱に問いかけられた時、沈黙していた? なにか実際に知っていたのか?」
目の前の彼は僕をジッと見つめる。
悪いことはしていないはずなのに僕は目線をそらし、返答した。
「あれが何なのか分かりませんでした」
「君は何を見たんだ?」
「たまたま彼女の背中に傷のようなものをみたんです。 いや痣といより幾何学的な模様と言ったほうがいいでしょうか? 僕はただ傷かと思っていました。 でもそれは六菱に.言わせれば『箱』の中身を封じる為の蓋、魔方陣だと思います」
僕は自分の頭の中で記憶を辿りながら輪堂さんに言った。
「ということは『箱』の守人の背中にそれがあったということか?」
「確証はありません。だからあのとき僕にはなんと答えていいのか分かりませんでした。 まさかあれが全員が探していた『パンドラの箱』だとは思いもしません」
ミキになんて言葉をかけていいのか分からずに黙ってしまったこと。 それに彼女をただ黙って六菱に渡してしまったこと。
僕はそれが自責の念となり、胸を締め付けそうになる。
黙った僕を見て輪堂さんは言った。
「そんなに自分を責めるな。『箱』が兵頭ミキであることがわかった。それの痕跡を気がつかなかったとしても俺たちは君を責めたりはしない。 ただ無情だが君はあのときできることは無かった。 君が無駄に六菱に抵抗すれば君自身が死んでいた可能性があった。 命あれば『箱』の守人、兵頭ミキを助けることができる。 これから君がすべきことはなんだ?」
僕は顔をあげて輪堂さんを見た。
彼は此方を真っ直ぐに見て表情こそ変化がないものの瞳は僕を射貫いていた。
「輪堂さん……」
「これから我々は一時間後、セントラルタワーに向かい、出発する。 無理強いはしない。ここで引くのもありだ。 いつもの日常に戻れる。 彼女のことは俺たちに任せてくれればいい。だが君が兵頭ミキのことを想い行動に駆り立てられるというのなら手を貸そう。その選択は北神君がするんだ」
彼の言葉に僕は一度黙り、目を閉じた。
ふと予言者、エリザベスの言葉を思い出した。『貴方はそのときにきっと選択を迫られる。その選択をしたときに運命の法則の輪から外れるか、捕らわれたままなのかという道が分かれる』
彼女が言っていたような選択を今、迫られている。
どうする?
僕は自分の胸に問いかけてみた。
脳裏の映像に浮かんだのはミキの泣き顔だった。
やはり彼女の助けになりたい。
だからこそここまで僕は来た。
たとえ彼女との交流がわずか数日でも僕は彼女に惹かれ、助けたいと思った。ここで引いてしまえば今まで決意は嘘に変わる。
ならば答えは一つしか無い。
手を強く握り、僕は瞼を開き、輪堂さんをしっかりと見返した。
「一緒に行きます。 力を貸してください」
僕はこれまで生きてきたなかで自分でも驚くくらいはっきりと言った。
輪堂さんは少し黙ると口元をゆがめ、口角をあげて微笑した。
「そう答えると思っていた。 これから出発の準備をする。他の魔術師に装備を持ってこさせる。 集合は三十分後だ。 いいか?」
「はい」
僕が答えると輪堂さんは踵を返し、部屋を出て行った。
僕は一人になり静寂が訪れ、もう一度、目をつぶり意識を失っていた時に見た夢を思い出そうとした。
しかし、鮮明な映像は戻らずただボンヤリとした感じでしか思い出せない。
そう思い出すのはただ煤煙の中で光る赤い目だった――――
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