第14話 正体
「それは私が答えようか?」
聞き慣れない声が全員の耳に入る。
全員の警戒心が強まり、部屋の雰囲気がぴりつく。
ミキや輪堂さん、他の魔術師達、武装した傭兵たちはあたりを見まわす。
僕もそれにならいあたりを見てみるが、どこにもこの声を発している人間の姿はいない。
そう思った瞬間だった。
「どこを見ている。 ここにいるぞ」
まるで地獄の底から聞こえてきたのかと思うほど低く、太い声が聞こえた。
その場にいた全員が声のしたほうにむく。
そこは窓の光がうっすらと差し込み影になっていたところ。
そこだけが空間に違和感をつくり、蜃気楼のように揺らめくとそこに居る何かが正体を表した。
そこにいたのは黒いマントを羽織り、黒い山羊を模したような仮面をかぶった人物と二日前、ミキと戦闘を繰り広げた金髪で碧眼の少女が並ぶように立っていた。
金髪の碧眼の少女は先日と違い、仮面をつけずにいてあどけなさが残る顔を獲物を狙う獣のような険しい表情をしてこちらを睨む。
一方の黒山羊の仮面をかぶった人物は片手に何か、箱のようなものを持ち、片方の手で碧眼の少女を制止するように彼女の前で構えていた。
それを見たミキは眼を見開き、山羊の仮面をかぶった人物と金髪碧眼の少女を凝視する。
ミキの瞳が憎しみに染まったような気がした。下唇を噛み、今にも二人の人物に飛びかかっても可笑しくはないほど眼つきが険しくなってきていた。
しかしそれを我慢しているのだと僕は何となく感じ取った。
彼女が睨んでいる相手はお構いなしに続ける
「君らが仕掛けた結界の中に小さな結界をはらせてもらった」
黒山羊の仮面をかぶった人物は低く太い声を発した。
どうやら男性で、この人物が声の主だとわかった。
「ということはここから出す気はないということだな」
輪堂さんは威嚇するように確認する。
「そういうことになるな」
黒山羊の仮面の男は冷笑する。
「ここで待ち合わせをしているのはアンタのような気持ち悪い仮面をかぶった奴じゃないんだが?」
輪堂さんは黒山羊の仮面をかぶった男性に向けて敵意を隠すことなく言った。
「冷たいことを言う」
山羊の仮面の男は淡々と言った。
輪堂さんは男の言葉を聞き、更に眉間に皺を寄せる。
「まぁ、いい。 私もちょうどここに用事があってね。 先約がいるとは思ってもみなかったよ」
山羊の仮面の男はわざとらしく大げさなジェスチャーをとりながら言った。
「どういうことだ?」
輪堂さんは男に問いかける。
「こういうことさ」
仮面の男が片手で指を鳴らすと男の足下が先ほどと同じように空間がゆがむ。
「まさか……」
輪堂さんは絶句し、他の全員も驚愕していた。山羊の仮面をかぶった男の足下に初老の男性が見るも無惨な姿で横たわっていた。
すでに事切れているのか、瞼を大きく見開き、そのまま時間が止まったように虚空を見つめていた。
始めて見る生での死。
それを見て僕は思わず背筋が凍るような感覚に襲われ、身震いする。
「こいつと待ち合わせをしていたのだろう?」
山羊の仮面をかぶった男は足下で倒れている男性を踏みつけ僕らのほうに問いかけてきた。輪堂さんは睨むように仮面の男を見る。
それを無視するように男は気にすることなく続ける。
「それにこれが欲しかったのだろう?」
男は箱を持つ手とは逆の手をスッと僕らの方にむけ差し出す。
男の手の平に乗られていたのはアクセサリーのようなものだった。
「あれは?」
僕は思わず口に出していた。
「『パンドラの箱』を開ける為のキーだ」
横で僕の言葉を聞いていたミキが表情を変えることなく男の方をにらみながら言った。
「あれがキー……」
思っていたのとは違う感じだった。
一瞬見ただけでは、何なのかわからないような代物だった。
山羊の仮面をかぶった男はキーと呼ばれるアクセサリーのようなものを懐にしまう。
「残念だが私がいただいていく。 君らに持たせておくのにはもったいないからな」
男はバカにしたように笑う。
輪堂さんは口を開き、ぽつりと挑発するように言った。
「キーを手に入れてご満足か? 六菱憲二郞?」
仮面の男が一瞬、ピクリと反応し動きを止める。
「図星か?」
輪堂さんは挑発するように言った。
「賛成派で一番、開封に関して積極なのはお前しか考えられない」
輪堂さんは語気を強めて言った。
「仮面は必要ないな」
男は被っていた山羊の頭を模した仮面に手をかけ、仮面を外す。
仮面の下の男はテレビや雑誌などで眼にした顔、六菱憲二郞そのひとだった。
雑誌やテレビで見るような笑顔などなく、完全に闇に生きているとでも言えそうな無表情をしていた。
「これで満足か?」
六菱憲二郞は全員を見ながら口角をあげた。その次の瞬間、隣にいたミキが突然、動いた。「貴様ァァァァァァァァ!」
いつのまにか先端を変化させ手にしたを振り上げ、叫び声をあげながら六菱に向かい突進する。
「ミキ!」
僕は反応が遅れ、彼女の名前を叫ぶ。
ミキは一気に六菱と距離を縮めると、の先端を勢いよく振り下ろした。
しかし、の先端は当たることなく六菱の目の前で止まる。
「させるカヨ」
ミキの振り下ろしたは金髪碧眼の少女によって止められていた。
金髪碧眼の少女は両手に持った刃渡りが包丁ほどもあるナイフでを受けていた。
「邪魔をするな!」
金髪碧眼の少女に向かい、ミキは激昂し叫ぶ。そんなミキに向かい、金髪碧眼の少女は返答することなく、一瞬、息をはき出すと受けていたの先端を押し上げるようにいなす。
そしてそのまま身体を反転させながら後ろ回し蹴りをミキの身体にむけて放った。
「ぐっ……」
ミキは攻撃をもろにくらい後ろに吹き飛び、床を転がる。
「ミキ!」
僕はミキにかけよる。
「大丈夫だ」
ミキは六菱と金髪碧眼の少女を睨んだまま、立ち上がる。
「『箱』の守人の娘か」
六菱は冷たい眼をしながらミキを見る。
「父親は残念だったな」
感情のこもらない声でミキに向けて言った。
すでに六菱は自身が『箱』を盗んだことを認めている様子だった。
その一言で確信になりと六菱が犯人であることが真実だった。
「貴様がいうことか」
ミキは六菱に向けて叫び、もう一度彼に飛びかかりそうな勢いで叫ぶ。
「落ち着け」
感情的になっているミキをなだめるかのように輪堂さんが彼女の肩をつかむ。
「今、ここで感情的になっても奴の思う壺だ。落ち着け」
輪堂さんはミキに言う。
彼女は下唇を噛み、一度、我慢するように眼を閉じると再度開き言った。
「わかった。 すまない」
ミキは一度、息を吐きながら輪堂さんに言った。
輪堂さんは六菱の方をむく。
「キーは全てそろわないと開かないぞ」
輪堂さんは淡々とした口調で言った。
「ご忠告有り難う。 心配は無用だ。 もうキーは全て私の手の中にある」
六菱はおどけるような仕草をし手のひらを前に差し出す。
すると手のひらに七つの物が出現した。
先ほどのアクセサリーもあり、日常的に使われる道具などがあった。
全てキーなのかと思うほど統一感がなく本当に一見してガラクタに思えるものばかりだった。
「これですべてだ。 『箱』を開ける準備はすでにできているのだよ」
六菱はまるで爬虫類を思わせるような笑みをうかべ、すぐにその表情を無表情に戻し、続ける。
「しかし、肝心の『箱』は手に入らなかった」
その言葉に、全員が眉をひそめる。
一番、反応したのはミキだった。
「嘘をつくな! あのとき襲ってきたのは貴様だろう! 『箱』をどこへやった?」
ミキはを構え、六菱に向けて威嚇する。
六菱はため息をつき、しょうがない奴だと口にはしないが言いそうな顔をした。
「『箱』がないと言ったろう。いや、あるにはあるか」
六菱は一人で納得したように言うと懐から『箱』を取り出す。
「これが『箱』だよ」
ミキは瞼を見開き、六菱をにらみつける。
「ただ残念なことにこれはただの『箱』だがな」
六菱は僕らに『箱』を見せるようにしながら言った。
ミキがすぐに動こうとした瞬間、輪堂さんが彼女の肩を押さえた。
ミキは一瞬邪魔をするなという表情をしたが、輪堂さんは気にすることなく六菱に向かい質問した。
「ちょっと待て。 それは『パンドラの箱』ではないのか?」
輪堂さんはサングラスを外し、問いかけた。
六菱は鼻で笑うと、輪堂さんに向かい言った。「鋭いな。 これは『箱』だが、『パンドラの箱』ではない」
彼は持っていた『箱』を床に投げ捨てる。
『箱』は床に落ち転がり、留め金が外れ、蓋が勝手に開いた。
しかし、何も起きず、それがただの『箱』であることを物語っていた。
「どういうことだ?」
ミキは困惑しながら六菱に問いかけた。
「やってくれたよ。 さすが兵頭、「箱の守人」と言われるだけあって用意周到だった。私もこれが『パンドラの箱』だと思っていたさ。 だが実際は違った。 『箱』というのは名称、つまり概念でしかなかった」
六菱が言った瞬間、僕はなぜか予言者であるエリザベスの言葉を思い出した。
『いい。みんなが見ている『箱』は視点を変えてみることね。 そうしなければ実際の意味をなさないわ』
彼女はそう言っていた。
六菱は続ける。
「古い魔術の文献を参考にしたり、君らの行動を監視させて貰って気がついたさ。『箱』の実際の姿形は誰も知らないに等しいということを。 だが唯一、実際に知っているのは「箱の守人」である兵頭だけ。そこで奴がかくす場所を考え、そして私は答えに行き着いた」
六菱の目線がミキを見据えた。
僕は彼のその行動になんとなく嫌な予感しか覚えなかった。
全員が口を閉ざし彼の言葉に耳を傾けていた。「手に入れようと考えたが、まさか君ら自身が運んできてくれるとは思わなかったよ」
六菱は手をミキの方に差し出した。
「「箱の守人」、その娘、兵頭ミキ。君に渡されているのだよ」
輪堂さんたちは驚いた顔をし、ミキの方に顔を向けた。
しかし、一番、驚いていたのは言われた当の本人であるミキだった。
「どういうことだ? 貴様の言っていることが私には理解できない。 父に渡されたのはと『箱』と知らされた物だけだ」
ミキは動揺し声が震えていた。
「さっきも言ったが『箱』というのは概念にしか過ぎない。 『パンドラの箱』というのは名前だけのことで、実際は一種の召喚術にすぎない」
六菱は顎に手を当てながら言った。
「その証拠がどこにある?」
輪堂さんが六菱に向かい、問いかけた。
「今のところその証拠はない。 だが、推測でしかないが『箱』の中身を封印している為の「蓋」と考える魔方陣は身体のどこかに埋め込まれているはずだ」
六菱はミキの方を指さして言った。
僕はふと昨日のことを思い出した。
不可抗力であるがミキの裸体を眼にしてしまった時に背中に傷があるように見えた。
まさかあれが・・・・・・。
「おや、君は何か知っているのかな?」
僕は突然、六菱に声をかけられ驚いた。
六菱はにやりと笑い、僕を視界に入れる。
蛇に睨まれたカエルのように僕は身体を硬直させる。
「君は確か、北神コウ君だったね」
「なぜ、僕の名前を?」
彼とは初対面のはずなのに、なぜ名前を知っているんだ?
僕は必死で頭を動かした。
「なんで知っているのかって顔をしているな。正直でいいことだ。 君の名前は武田還流から聞いているよ。 『箱』の守人の付き人だと。だがそれは今は関係ない。 重要なのは君が何かを知っているということだ」
全員の視線が僕の方に集中する。
「何か知っているのか?」
ミキは僕の肩を掴み、問いかけた。
そう問いかけられても実際、僕にはわからなかった。
どう答えていいのかわからず僕はやっと絞り出した声で答えた。
「……ごめん。 僕にはわからない」
ミキの顔をみて答えた。
「君に答えなどわかないということは予想済みだが、今の反応をみる限りでは何かを見ているな。真実は誰にもわからない。だが答えは自分で明かす限りだ」
六菱がミキに向かい不気味な笑みを浮かべる。「全員、『箱』の守人を守れ!」
六菱の狙いを察知した輪堂さんは後ろで控えていた魔法使い達と武装した傭兵に向かい叫んだ。
次の瞬間には全員、ミキと僕の周りを囲むように並び、六菱に向けて杖あるいは銃を向け構えた。
「勇ましい事だ。 だが無用な戦い自体しようとは思っていないのでね」
それを見ていた六菱は首を横に振り、やれやれと呆れたように言った。
「やれ」
六菱が一言、構えていた金髪碧眼の少女に向かい言うと怒り狂った獣のように歯を見せ、姿勢を低くした。
「来るぞ!」
輪堂さんの一言で全員が警戒し、緊張感がさらに高まった。
「カァァァァァァァ」
金髪碧眼の少女が獣の咆哮のような叫び声をあげながら膝をバネのようにして跳躍し、此方に突進を仕掛ける。
銃を持った傭兵の一人がそのまま、金髪碧眼の少女にむけ、引き金を引く。
しかし、銃弾が当たる前に少女は目の前から一瞬で消える。
次の瞬間、銃の引き金を引いた一人の傭兵の目の前に現れかなりの速さで手にしたナイフで彼の太ももに突き立てる。
傭兵が痛みで崩れ落ち、別の傭兵と魔法使い達が杖や銃を少女に向けようとした瞬間、また姿を消す。
今度はを構えていたミキの後ろに現れる。ミキが気がつき、振り向こうとした瞬間、少女は猿のような俊敏な動きでミキの背中に飛びかかり、羽交い締めにする。
「くっ!」
ミキは咄嗟に少女を振り落とそうとそのまま地面を蹴り、空中で前転しよう前のめりになった瞬間、その場から一瞬で姿を消す。
全員が驚き、六菱の方を振り向いた瞬間、彼の隣に少女に羽交い締めにされたミキが現れた。
「くっ、離せ!」
ミキはを振り回しながらもがくが少女はぴったりとくっつき離れない。
「少しは落ち着こうか」
六菱はミキの方に手を向けると小さく何か聞き慣れない言葉をつぶやいた。
ミキは急に脱力し、少女にもたれかかるようにして倒れた。
「ミキに何を?」
僕は思わず叫んでいた。
「別に何もしないさ。 ただ眠らせただけだ」
六菱はうるさそうに言った。
「転移魔法とはやってくれる」
輪堂さんは六菱に向けて言った。
「転移はこいつの得意技でな。 おっと、杖と銃を下ろさないと彼女に当たるぞ」
六菱はミキの方に手を向ける。
「貴様は包囲されているのはわかっているな。 それなのに余裕だな」
「多勢に無勢とでも言いたいのか? ふん、笑わせる」
六菱は吐き捨てるように言うと、僕らの方を見まわす。
「輪堂さん! 引かないとミキが!」
「落ち着け。『箱』の守人を渡すつもりはない。 だがこの状況だ。 彼女に攻撃が当たってもやむおえん」
輪堂さんは六菱の方を向きながら言った。
僕は何も言えずに六菱の方に目線をやる。
「北神コウ君。 安心しろ彼女に危害を加えるようなことはしないさ。 無事に返すことを約束しよう。 ただし儀式が全て終わってからだがな」
六菱は僕の方を向いて言った。
「そんなことはさせん。 貴様の望みを叶える訳にはいかん」
輪堂さんは懐からリボルバータイプの銃を取り出し六菱に向ける。
「この銃は魔法銃だ。 ただの銃弾じゃない。魔法障壁などは貫通するぞ」
「脅しか? やってみろ」
六菱は鬼気迫る表情で挑発するように言った。「わかった」
輪堂さんは撃鉄をカチャリと下ろした。
彼が、ミキに銃弾が当たろうとも引き金を引くという意思がわかり僕は反射的に声をあげた。
「輪堂さん!」
輪堂さんが腕に力を入れようとした瞬間だった。
「インドラヤソワカ」
ぽつりと六菱が口元を動かした。
次の時には全身に電気が走った。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕は自分で聞いたことのない叫び声をあげながら床に向かいそのまま身体ごと倒れた。
床に倒れた衝撃はあるものの痛みは完全に麻痺しているのか感覚が無いものの少しだけ意識があった。
だがそれも薄くなっていることに気がついた。薄れゆく景色の中、六菱の声が聞こえていた。「死なない程度に威力は抑えておいた。 君らは『パンドラの箱』とをここまで運んでくれた。 その御礼に君らを殺さないでおくよ。君らは『箱』の開封を生で見られるんだ。 喜びたまえ」
その声が聞こえ六菱がはははははと高らかに笑う。
その笑い声がブラックアウトしていく視界と意識と共に薄れていった――――
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