第10話 未来
「あら、いらっしゃい」
彼女は微笑みながら、こちらを向きながらいった。
「今、ちょうどクッキーが焼き上がったところよ」
女性は手にマトンをはめて、プレートを両手で持ちながら僕らに見せる。
そこには狐色に焼き上がっていたクッキーがいくつか並べられていた。
「ちょっと待ってね。 今、クッキーとお茶を用意するわね」
「悪いが俺は遠慮する。 これから守人と話があるのでな」
「わかってるわ」
そういうと女性はプレートを持ちながら入った部屋の奥にあるキッチンの方へと一度、姿を消した。
僕は輪堂さんの方を向き、問いかけた。
「彼女が予言者ですか?」
「そうだ」
「なんだかそんな風には見えないですね」
「彼女と面会した者達、全員そういう」
輪堂さんはそう言いながら予言者の方を向いていた。
奥から予言者がカップとクッキーが盛り付けられたお皿をトレーに乗せながら出てきた。
「お待たせ。 じゃあ、そこにかけて」
予言者の目線の方向には椅子とテーブル。
僕は言われるがまま、そこの椅子に腰掛ける。「では俺はここで失礼する。 話が終わったら、呼んでくれ」
予言者に向けてそういうと輪堂さんはさっき来た方へ、戻っていった。
「邪魔者は行ったわね。 これでゆっくり話ができるわ」
預言者は椅子に腰をかけると僕のほうに微笑みながらトレーに乗せたカップに手慣れた様子で紅茶を入れていた。
「私は……、ってあの岩のような男から話は聞いてるわよね」
予言者はおどけながら、カップをティーソーサーに乗せる。
「はい。 貴方が予言者だと」
僕は彼女の問いに答えた。
予言者は無言で僕の目の前にティーソーサーに乗せたカップをおいた。
「紅茶よ。 どうぞ」
「ありがとうございます」
御礼をいい、受け取る。
「クッキーもあるから食べてね。 私の手作りだけど味は悪くないはずよ」
続けてクッキーが盛り付けられた皿を置く。
なんだか想像していた予言者の感じと違うなと思いながらカップを手に取る。
まだ入れ立てだからだろうか口に近づけると紅茶独特の香りが湯気とともに鼻孔に広がる。いい香りだなと思いながら紅茶を一口。
熱いが、やけどしない程度にいい感じで、落ち着くような味だった。
僕はカップを置き、預言者の方をむく。
「とても美味しいです」
僕はありのままの感想を預言者に言った。
「そう。 よかったわ」
予言者はニコリとすると口を開いた。
「想像していた感じとは違くて驚いた?」
予言者は目元に柔らかい皺をつくりながら問いかけてきた。
「なぜ、それを?」
僕は内心が見抜かれたと思い一瞬、動揺した。まさか予言の力かなと考える。
「いえ、私と会った人達は皆そう思うみたいだから。 それにこれは力ではなんでもないわ。 ただの経験よ」
予言者はそう言いながら自身のカップに紅茶を注ぐ。
「改めて、私は預言者と呼ばれているけど、本当の名前はエリザベスよ。 よろしくね、北神コウくん」
彼女はティーポットを置き、僕の方を真っ正面に見ながら言った。
「なぜ、僕の名前を?」
エリザベスには僕の名前を告げてはいないし、それに案内してくれた輪堂さんも彼女に名前を一切教えていなかった。
僕は驚きながらエリザベスに問いかけた。
「誰かに教えて貰わなくても、わかっていたわ。 貴方の名前と顔も。 それに時間、日付、すべてのタイミング。 貴方がドアを入ってくる瞬間までね」
エリザベスはウィンクをしながら微笑む。
僕はただ直感的にゾッとした。
「ということは僕がここに来ることもすべてわかっていたということですか?」
「そういうことね」
エリザベスは自身の手にしカップを口元に持って行き、紅茶をすする。
ただ僕の名前を当てたというだけでは、判断材料にはなりにくいだろう。
僕は平常心を保とうとした。
「疑いは晴れないという顔ね。 まぁ、信じなくてもいいわ。 その方が詳しく話もできるからね」
エリザベスはなぜか楽しげに言う。
「じゃあ、まずは信用して貰うためにも能力を見せましょうか」
エリザベスはまずはウォーミングアップというところかしらと言うと部屋の隅にあった窓に目をやる。
「あれを見て」
僕は言われるがまま顔を向けると彼女が指さしたのは窓の方向。
「窓の向こうに柵があるわね。 今から五秒後に鳩が止まるわ」
そう言って彼女が数を数えはじめた。
「五、四、三、二、一」
数えおえたと同時にどこからともなく鳩が滑空し、窓の外に設置された柵に止まる。
僕は驚き、すぐにエリザベスの方に向き直る。「ほら言った通りでしょう」
彼女はあっけらかんと言った。
本当にそうだったとしたらすごいと思うが偶然という可能性も捨てきれないよなと僕はふと思ってしまった。
「まだ信用しないという顔ね」
エリザベスはしょうがないという表情をするともう一度、口を開いた。
「テレビをつけるわね」
そういうと彼女は近くにあったテレビをつける。
リモコンを操作しチャンネルを変える。
変えたチャンネルは天気予報のニュースだった。
全国の天気予報がながれ、未来の天気を予想するように天気予報士が解説を始めようとしていた。
日付は今日になっていて、テレビに表示されている時刻も同じ時刻だった。
「じゃあ、これからこの天気予報士が言うことを私が言うわね」
エリザベスはそう言うと淡々と言い始めた。
「今日の午後は晴れて夜空が見えるでしょうが、あいにく明日は曇りの模様となるでしょう。 明日の午後からは気温が少し下がり、夏の気温としては涼しく過ごしやすい日となるでしょう」
エリザベスがそう言い終え、テレビの画面では天気予報士が口を開いた。
『今日の午後は晴れて夜空が見えるでしょうが、あいにく明日は曇りの模様となるでしょう。 明日の午後からは気温が少し下がり、夏の気温としては涼しく過ごしやすい日となるでしょう』
天気予報士は目の前のエリザベスが言っていたことをまるっきりそのまま口にしていた。
僕は開いた口がふさがらず、テレビから視線を外し、予言者の方を見る。
彼女はつけたばかりのテレビのことを先回りして口にしていた。
時刻、日付も疑いもなかった。
「別の証明をしましょうか?」
エリザベスはにこやかに笑いながら僕に問いかけてきた。
「大丈夫です。 もうわかりました。 信用します」
僕は動揺しすぎて思わずカップを落としかけた。
彼女の力は本物だと僕は信用することを決めた。
僕の表情を見てエリザベスは言った。
「じゃあ、どこから話を始めようかしらね」
彼女は僕の顔をジッと見つめる。
「そうね……。 貴方は最近、同じ夢を見るのではなくて?」
「なぜ、それを……?」
僕は誰にも話していない夢の事を彼女は言い当てた。
「なぜ私が知っているかということは知る必要はないでしょう。 貴方が知るべきなのはこれからのことでしょう?」
エリザベスは僕を見ていたが、僕ではなく僕の知らない何かを見ているように思えた。
「これからのこと?」
「そう、これからのこと」
彼女が何を言いたいのかよくわからなかった。「どういうことですか? 夢とこれからが何か関係あるのですか?」
「関係あるわ。 ただそれは貴方次第だけどね」
エリザベスはにこりと笑った。
「一つだけ、忠告しておくけど私の言葉は決して絶対ではないわ。人それぞれ行動次第で未来は変わるものなの。 ただほとんどの人はその行動が運命の法則から逃げられないの」
「運命の法則?」
「そう、運命の法則。 私はね、運命というのは法則があると思っているの。 ちなみに運命と宿命の違いはわかる?」
エリザベスに聞かれ僕は悩む。
確かに二つの言葉はよく耳にするがどう違いがあるのかを考えたことがなかった。
「わからないです」
僕は正直に答えた。
「宿命は持って生まれたもので変えられないものなの。 けれど運命は変えられるの。ただし変えられるのは神様なんかって言われているけど。 でも私はそう思わないわ。 ただ人は自分の知らない縁や、出会いなんかの多々の因子に振り回される。 それが運命の法則。 必ず人を振り回す。 でも運命の法則を越えることができれば人は運命さえも変えることができると私は思っているの」
「でもその考えと僕がどう関係があるんですか?」
「貴方はその運命の法則を越えることができるかもしれないの」
エリザベスはいつの間にか飲み干した自身のカップに紅茶を注ぐ。
「そんなことができるんですか?」
出会って間もない知らない年上の女性からそんなことを言われても信じることができないし、わけがわからない。
それが僕の本音だった。
「それに僕はただの高校生ですよ」
僕はエリザベスに向けて言った。
「関係ないわ」
エリザベスは首を横にふり、僕の言葉を否定した。
「貴方が見た夢はある意味、神託。 私が貴方に示すよりも先に貴方は行き着く先の未来を垣間見たと思うわ。 それはもう運命の法則の中に捕らわれていると思うの。 それに私の知る限りでは貴方が見た夢は目先の未来じゃない」
「…………?」
「つまり今回の件ではないということよ。言っていることが伝わるかは定かではないけれど、貴方はもう運命の法則という輪の中に入っているの」
僕には彼女が言っていることがわからなかった。
「いずれそのうちわかるわ。 貴方はそのときにきっと選択を迫られる。その選択をしたときに運命の法則の輪から外れるか、捕らわれたままなのかという道が分かれる」
エリザベスは頬杖をつきながら僕の顔をみていう。
「急に先のことを言われてもわからないわよね。 じゃあ、今、貴方が直面している問題のことを伝えましょうか」
彼女はティーポットに入った紅茶を僕のカップに注ぐ。
そして一度、瞼を閉じるとゆっくりともう一度、開きまっすぐに僕の方を見る。
「『パンドラの箱』の守人である兵頭ミキ。彼女をどう助ければいいか」
僕は驚いて目を見開いてエリザベスのことを見た。
エリザベスは僕の反応を狙っていたのかフフと笑う。
「図星のようね」
「それは今の問題とは……」
僕は反論しようとした。
「あら、そうかしら? 心のどこかで彼女に惹かれているはずよ。 違うとは言わせないわ。 それが貴方の中で思っていること。『箱』の存在も気になるけれど一番、考えているのは兵頭ミキ。 彼女のこと」
エリザベスは微笑みながら、僕の目をまっすぐに見て言った。
まるですべてを見透かすような視線に僕は思わず怖くなり目線を外した。
「安心して。心を読んだりとかっていう芸はできないから。 あくまで未来を見て現在起こるだろうってことを言っただけよ」
そう言われてもそれもそれで怖いことだ。
きっと目の前の予言者には嘘はつけない。
僕は正直に自分の中に芽生えた感情を口にすることにした。
「正直、僕には『箱』が何なのかわかりませんし、それを取り巻くこの魔術の環境とやらもまだわかりません。 言っていることは無責任かもしれませんが、ただ泣いていた彼女を助けたいと思ったんです。 それが間違えていることでも」
僕はエリザベスの顔を真正面から見る。
彼女はいつの間にか微笑みは消え、真剣な表情でこちらを見つめていた。
「それが今の貴方の気持ちね。 ありがとう言ってくれて。 たとえ未来が見えたとしてもそのときの気持ちはその瞬間のものだから。私は知れて嬉しいわ」
「けれどもう貴方は知っているんでしょう?この先どうなるのかを」
僕はエリザベスに問いかけた。
「…………」
エリザベスは少し黙りすぐに口を開いた。
「ええ。 知っているわ。 けれど貴方は其れを知る必要がないと思っているの」
「なぜですか?」
「さっきも言ったように貴方には運命の法則を変える力があるの。 すでにそれは形を変えて託されているから。 私が未来の予言を与えてもそれは別の未来になってしまうから」
「別の未来?」
「そう。 貴方にはその未来を選択できる力、さらに運命をねじ曲げる力を持っているの。ただし、それはその時の貴方の選択次第。だから私が貴方に予言を与えても変わってしまうから意味がなくなるのよ」
エリザベスはひとさし指で宙に円を描きながら言った。
「ということは僕の行い次第ということですか?」
「単純に言えばそういうことになるわね。でもそれは極端に言ってしまえば他の人には出来ないことなの。だからそれは気がついた時に誇りに変えて」
僕は彼女の顔を見つめながら、素直な気持ちを聞いてみた。
「僕は兵頭ミキ。 彼女を救えるでしょうか?」
ジッとエリザベスの顔を見て聞いた。
「それは貴方次第よ。 いずれ選択を迫られるときが来るはずだから。 その為に貴方は彼女と出会ったのだから」
エリザベスはにこやかに笑いながら僕の方を向いていたが、僕ではない何かを見ているような気がした。
「貴方には一応、これから先のヒントは与えておくわね。 それが助けになればいいと思うわ」
これから先のヒントとはどういうことだろうか?
僕は疑問に思いながら彼女の言葉に耳を傾けるとした。
「いい。みんなが見ている『箱』は視点を変えてみることね。 そうしなければ実際の意味をなさないわ。 『箱』の鍵はすでに手に入れている人物がいる。 私が思うに灯台下暗しといった感じね。 誰かが視点を変えなければ成立しないものがある」
エリザベスは瞼を閉じながら何かを思い出すように思案していた。
「以上よ。 曖昧な表現だけど伝えられるところはすべて言ったわ」
エリザベスは手元のティーカップを持ち、紅茶をすすった。
「貴方は『箱』の正体と中身についてを知っていらっしゃるんですか?」
僕は疑問を口にした。
「私にも『箱』がなんなのか分からないわ。
ただ見えた未来を見て人に教えるだけよ」
そう言ってエリザベスは笑った。
「そろそろ時間だわ」
彼女がそう言い、僕は時計を見てみる。
まだ三十分も立っておらず、自分の感覚としてはもっと時間が経っているかのように感じられた。
僕は手元のカップに残っていた紅茶を口にするがすでに冷めていた。
「今日は貴方と会えてよかったわ」
「僕もです」
「最後に貴方には本当に運命を変える力があるわ。 だから貴方の選択を間違えないでね。また会えるのを楽しみにしているわ。」
そう言ってエリザベスはもう一度、笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます