第9話 集合
手紙に書かれた住所は五星ウォーターフロントの一角を示していた。
僕とミキはまたバスに乗り目的地を目指した。五星市からバスで海方面へ向かい、海沿いの工場地帯を抜けて短い海底トンネルを通る。
トンネルを抜けると五星ウォーターフロントの中心部へ向かう大通りに出る。
埋め立て地にも関わらず百メートル以上の高層ビルが乱立していた。
俗にいうオフィス街で会社勤めのサラリーマンなどがちらほらと歩いているのがバスの中から見えていた。
大通りを直線で行くと五星ウォーターフロントを象徴するセントラルタワーへと続いているのだが向かう目的地はそこではなかった。
手紙に書かれた住所は五星ウォーターフロントでもかなりの端の方にあり、僕とミキは一度、バスを降りると大通りにある停留所からウォーターフロントの端へと向かうバスに乗り換える。
バスが目的地に向かい進むにつれて乗客の数も段々と少なくなっていく。
窓から見える景色も段々とビルが少なくなり、ウォーターフロントに隣接された港から搬入される荷物を置く倉庫としての施設が見え、進むにつれて見える数も多くなっていく。
五星ウォーターフロントの端は倉庫街で、人通りも少なく、走っている車もトラックだけになる。
夏の明るい日にも関わらずあたりは不気味でなんだか魔窟へと足を踏み込む気分だった。
バスに乗っていたのは僕とミキだけになり一層不安にかられる僕がいた。
多分、バスの運転手も僕ら二人がこんなところまで乗ってきていることを不思議に思っているだろう。
本当にこんなところに反対派の人間がいるのかさえも疑わしいと思うのは払拭できないが僕は口に出さず事を成り行きに任せようと考えた。
目的地の近くの停留所で降り、そこまで拡張現実の地図を使用し、案内通りに歩いて行く。その間、僕とミキは一言も離さず黙って向かっていた。
拡張現実の地図が示すルートはとぎれ、ある建物前で止まっていた。
そこに矢印が表示されていた。
「ここだ」
住所が示していたのは倉庫街の一角にある店だった。
店の名前、看板には「クロウリー」と書かれてなんだか入るのにためらってしまいそうなたたずまい。
本当に入らなきゃだめなのかと内心、ビビりつつも外見を眺める。
入り口は木目調のドアになっており、窓もなく中は見えないように工夫されていた。
この店はどんな営業をしているのかも書いていないから余計に警戒心が生まれてしまう。
今日、会った還流の施設の門も中が見えないようになっていたけれど、魔法使いたちは隠れるのが好きなのだろうかと勝手に想像した。入り口のドアのところにかけられた標識にはクローズと書かれていた。
「店はまだやっていないみたいだけど、正面から入ればいいのかな?」
僕はブルーな気持ちを押さえつつ、ミキに聞いた。
彼女は入り口のドアをジッと見つめ、考える仕草をそいていたが数秒後、口を開いた。
「一度、正面から行ってみるか」
彼女はそうつぶやくとドアの方に近づく。
僕も彼女の後についていく。
ミキはドアに手をかけ、動かそうとしたときだった。
「まだ店はやっていないぞ」
突然どこからともなく、後ろから低い声が聞こえた。
僕とミキは反射的に後ろに振り返る。
振り返った先に立っていたのは黒いジャケットを着た男性だった。
男性は鍛えこでいるのかまるでプロレスラーか何かの格闘技をしていそうな体躯をしていた。
さらに見る物を射貫きそうな厳しくつり上がった目元には古い傷がありさらに威圧感が増して見える。
危険な世界を渡り歩いてきましたと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「珍しいな未成年がこんなところにくるなんて」
男性は鋭い視線を僕ら二人に向け、いぶかしげに見ていた。
「貴方は?」
僕はミキが口を開くより先に男性に問いかけた。
「まず誰かを問いかけるなら自分が名乗るのが筋だろう」
ジャケットの男性は感情のこもらない低い声で言う。
「あ、ごめんなさい。 僕は北神コウというものです」
僕は思わず咄嗟に謝りつつも名乗る。
「私は兵頭ミキというものだ」
ミキは男性に軽くお辞儀をした。
「兵頭?」
男性はミキが名前を名乗った瞬間、眉をピクリと動かした。
「そうか……」
男性はミキを見て何か思案するようにぽつりと独り言をつぶやく。
そして僕の方をチラリと一瞥すると興味なさそうにミキの方に目線を戻す。
「俺の名前は輪堂龍彦だ」
輪堂と名乗った男性は店の方に顎を向け、ぶっきらぼうに言った。
「ちょうどよかった。 知り合いがここに来るように指示してきたのだけれど、店はいつ開店するのか知ってる?」
ミキは輪堂さんに臆することなく店に関することを問いかけた。
輪堂さんは黙止すると僕らをジッと数秒、するどい視線で見つめる。
そのまま何かひらめいたのか、ゆっくりと僕らの後ろにある店の方を見る。
そしてすぐに口を開いた。
「君たちをここに来るように指示したのは俺だ」
輪堂さんは淡々と僕らを見ながら言った。
一瞬、ミキが身構え、手にしたを持つ手に力が入るのが横目にわかった。
「そういきり立つな、箱の守人。 俺は反対派の人間だ。 こちらとしても君たちには用があるし、危害を加えるつもりもない」
輪堂さんはミキと僕が警戒していることにきがついたのか、なだめるように言った。
「じゃあ、待ち合わせ場所はここで合っているのね?」
ミキは輪堂さんに向かい問いかけた。
「そうだ。 ここがこの街の反対派の集会所だ」
輪堂さんは僕らの後ろに目線を向けながら言った。どうやらは僕ら目的の場所に到着していたみたいだった。
「じゃあ、貴方はここの反対派のリーダー?」
ミキはを下ろしながら問いかけた。
「リーダーというよりは相談役と言った方がいいな」
「どういうこと?」
ミキは意味がわからないという表情をする。
そんなミキを気にすることもなく輪堂さんは言った。
「俺のことはどうでもいいだろう。それに立ち話をする為にきたのではないのだろう?」
本題は違うだろうと輪堂ははぐらかすように店の方を指さして言った。
「…………。 そうね」
煙に巻かれたミキは納得がいかないという顔をしながら答えた。
「では行こうか」
輪堂さんは僕らを通り越し、店の右側の方へ歩いて行こうとする。
「あの?」
僕は気になり、声をかけた。
「なんだ?」
輪堂さんは厳つい顔を此方にむける。
「入り口はこっちじゃないんですか?」
僕は店の方を指さしながら問いかける。
「そっちは一般客専用だ」
そう一言口にすると店の右側の路地に入って行く。
僕は一度店の入り口見てから、輪堂さんと先に歩き出していたミキの後を追う。
路地を数メートル進むと輪堂さんは途中で止まる。
「ここが入り口だ」
輪堂さんが指さした先には関係者以外立ち入り禁止と書かれたいかにもなドア。
ドアの近くにはゴミ箱やエアコンのファンなどがおかれていて雰囲気はばっちりで怪しさ満点だった。
僕は思わず生唾を飲み込んで仕舞う。
「一つ、忠告だがここからは俺の指示に従ってくれ」
輪堂さんはぴりついた雰囲気で言った。
「なぜ?」
ミキが首をかしげて言った。
「反対派と言っても君たちはある意味よそ者だ。 賛成派と戦争中だから彼らも神経質になっている。変に騒ぎを起こさないためにもの注意だ」
輪堂さんはこれ以上はわかったなと言った。どうやら反対派の人たちも完全にすべてが友好的とはいえないということがわかる。
僕とミキは頷いた。
「では中へ」
輪堂さんはそう言うとドアを開ける。
ドアを開けそこにあったのは厨房だった。
店で出す為の料理が作られていた。
従業員だろうか、開店前の仕込みをしているのか黙々と作業を続けていた。
輪堂さんはそのまま中に入っていくと壁沿いに右に曲がる。
厨房の脇を通り抜けていくような感じだった。僕とミキは輪堂さんの後をついて行く。
僕はチラリと厨房の方を見る。
従業員の視線が一気に僕らの方に向いていた。僕はすぐに前を向き視線をそらした。
輪堂さんが厨房の脇を通り、一つのドアの前で立ち止まる。
「このドアの先が集会所だ」
輪堂さんは僕ら二人に告げると、ドアを開けて中へと入っていく。
僕ら二人も続いて中へと入っていく。
厨房を抜けるとそこは薄暗く三メートルにも満たない小さな通路になっていた。
その先には黒いカーテンのようなものがぶら下がり中が完全に見えないようなつくりになっていた。
通路を進むとそこには外国風のインテリアが置かれ、西洋風の内装がされた空間が広がっていた。
まるで映画にでてくるような感じのつくりで、大きな赤いソファがいくつか置かれそこには反対派の魔法使いなのだろうか、何かを話したり、手にしたグラスを傾けながら何か辞書のようなものを読んでいたりと様々な人たちが見受けられた。
いくつかの薄暗い照明と上に取り付けられたミラーボールのようなキラキラした物などがあり、薄暗い部屋の中は妖しい雰囲気に包まれていた。
僕とミキはソファの間を通り抜け、輪堂さんが案内する方へと歩いて行く。
僕はチラリとソファに座る人たちを横目に見た。
全員がこちらに視線を向けていた。
しかもその視線は友好的な感じではなく、よそ者を見るかのような感じだった。
そりゃ、そうだよなと内心、あきらめと動揺をしながら、僕は気にすることをやめた。
輪堂さんについていくと部屋の一番奥にあるドアの前に案内された。
「この場所は集会所だが、この先はこの店の関係者と一部の者しか立ち入れない場所だ」そういうとまた細かい説明もなく輪堂さんはドアを開け、無言でついてこいという仕草をする。
扉を開け、そのなかに入るとそこには階段があった。
薄暗いなか、輪堂さんはスタスタと階段を登っていく。
僕とミキはただ彼の後を追うように階段を登っていく。
登り切ったさきには縦に長いスペースと一枚のドア。
またかよと僕は内心、毒づいた。
スペースには装飾された椅子が置かれ、何かの待合のようになっていた。
ドアの近くまで輪堂さんは歩いて行くとそこで立ち止まる。
「ここだ」
また何の説明もなく輪堂さんは言った。
「ここだと言われてもなんだかわからないわ」
ミキは眉をひそめる。
「ここは集会所という話をしたな」
「ええ。 それはわかったけどここに連れてきた意味は何なの?」
「まぁ、急ぎすぎるな。順を追って説明する」
輪堂さんは席にかけるように言った。
僕とミキは首をかしげながら席に腰掛けた。
「ここは表向きは一般人相手のバーだが、魔法使いたちにとっては箱、開封に反対するものたちの隠れ家だ」
輪堂さんは表情を変えず説明し始めた。
「守人。 君はリーダーはどこだと聞いたな?」
「ええ。確かに聞いたわ」
「反対派のリーダーはここにはいない」
「なぜ?」
「リーダーは多忙でな。 今頃、箱開封の賛成派と会談してるだろう」
輪堂さんは興味なさそうに言った。
「反対派の人と賛成派の人が一緒に食事したりするの? お互いに戦争状態じゃないの?」
僕は思わず問いかけた。
輪堂さんは鋭い眼光を変えることなく僕にむけると言った。
「戦争状態だが、ちゃんと互いに礼儀はある。それなりにラインを考えなければ、戦争は泥沼状態になり、一般社会まで影響が出て混沌状態なる」
輪堂さんの言っていることを聞いていて想像が追いつかなくなっていた。
「だからリーダーたちが会い、互いに存続できる道をたどろうとしている」
輪堂さんはジャケットの襟をただしミキに向き直る。
「ということだ箱の守人。だからここにはリーダーはいない」
ミキは輪堂さんの説明に頷いた。
「そしてここに連れてきた理由は一つ、ある人物に合って貰う為にきた」
「人物?」
ミキは表情を硬くし、問いかけた。
「そうだ。反対派の集会所ではあるのだが、ここはもう一つの顔を持っている」
「もう一つの顔?」
「そう。 もう一つ、ここは予言者の家でもある」
「予言者?」
僕は意味がわからず輪堂さんが言ったことを復唱したまでだった。
そのとき隣のミキが席を立ち驚いた顔をしながら輪堂さんに向かい、声をあげた。
「予言者がここにいるのか!?」
僕はびっくりとしてミキの方をむいた。
「なぜだ? 彼女は数年前から行方不明だと聞いている。 彼女は反対派の人間なのか?」
「いや、そうではない。 彼女はどちらかと言えば中立派に近い。 彼女自身、あまりこの争いには興味がないそうだがな」
輪堂さんは言った。
僕は訳がわからずミキに問いかけた。
「ミキ。 その予言者って人は一体どんな人物なの?」
ミキは勢いよく、僕の方に向くと興奮しながら口を開いた。
「彼女はどんなことでも未来を予知し的中させる人物だと聞いている。 魔術の類いとは違う方法で未来を見るそうで、どの派も喉から手が出るほど欲しがっていた存在だ。 彼女がいれば戦局が変わることになる」
「ってことは箱の未来についてもわかるからら?」
「そうだ。 しかし、彼女はすぐに存在をけした。.数年、姿を消していて死亡したかと思われていた。 まさかここにいるとは思わなかった」
僕とミキは輪堂さんに向き直った。
「ここに予言者がいるのを知っているのはここにいる俺と反対派のリーダーのみだ」
輪堂さんはそういうとドアを見つめる。
まるでこの扉の向こう側にいる人物の事を考えているかのようにも見えた。
「でもなんでそんな重要なことを僕らに教えていただけるんですか? ミキ、箱の守人としての彼女の立場なら教えるということはわかります。 でも昨日、魔術の世界に踏み込んだばかりの僕に情報を伝えるなんて不思議に思うんですけど」
僕は輪堂さんに問いかけた。
「別にお前が何者かだろうがこちらとしては興味がないし、それほどまでに注目はされていないだろう。確かに君らが出した手紙についてはこちらも把握していてこの集会所に呼ぶことは俺も考えていた。しかし、予言者に関して接触させるつもりもなかった。だがここに連れてくるように指示したのは紛れもないこの扉の向こう側にいる予言者本人だ」
輪堂さんは厳つい顔を変えることなく言った。興味がないと言われると複雑な感じがするが、理由は判明した。
「説明は以上だ。 これから、君ら二人に予言者に会って貰う」
「神託を貰えるのか?」
ミキは驚いたように目を見開き、輪堂さんに言った。
「それはわからん。 会ってみての話だな」そういうと輪堂さんはドアの方に向き直る。
「二人ともここで待っていろ。 すぐに戻る」
短く言うと、輪堂さんはドアの方に歩き出した。
取っ手に手をかけることなく、そのまま彼はドアにぶつかるように向かっていく。
するとドアを開けることなくドアの中に吸い込まれていった。
僕はその姿を見て驚いた。
そんな僕を横目に、ミキが言った。
「あれは侵入者が来ても入らせないようにする魔法だ。 普通に外からドアを開ければ別の空間とつながり辿りつくことができない仕組みになっている。 ドアの内側からはこの空間と正しくつながることはできるけどね」僕はミキの解説に感嘆しながら、輪堂さんの帰りを待っていた。
するとドアが開き、内側から輪堂さんが顔をのぞかせる。
「これから一人ずつ部屋に入って貰う」
「二人一緒じゃダメなのか?」
ミキは言った。
「悪いが予言者が人と会うときは一人ずつと決まっている」
輪堂さんはミキの考えを一蹴すると僕ら二人を見比べて言った。
「まずはお前からだ」
僕の方を向いて輪堂さんは言った。
「僕?」
僕は素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうだ。 予言者はお前からがいいそうだ」
輪堂さんは興味なさそうに口にすると中に入れというのだろうかジェスチャーをする。
「わかりました」
僕はなんとなく訳がわからず、ドアの方に近づいた。
「箱の守人はそこで待機していてくれ。 すぐに戻る」
輪堂さんがミキにそう言うと彼女はただ黙って頷いた。
「じゃあ、先に行ってくる」
僕はミキに言って輪堂さんが開けておいた扉の中に入った。
彼の指示に従うまま部屋の中に入る。
正直、僕はこの集会所の内装と同じで変な柄の内装なんだろうと勝手に想像していた。
しかし、予想に反して部屋の中は集会所と違い、普通のつくりをしていた。
西洋風の白を基調としたさっぱりとした雰囲気の家のようで、まるで別の国に来たような雰囲気を持たせるようなつくりだった。
「ここは?」
「予言者の家の玄関だ」
隣に立っていた輪堂さんに問いかけると返答がすぐに帰ってきた。
「玄関?」
僕は自分の足下を見てみた。
花柄のマットが敷かれそこには二足分のスリッパが置かれていた。
「これに履きかえればいいんですか?」
「そうだ」
無表情で答えた輪堂さんは足下に置かれていたスリッパに履きかえていた。
僕もそれにならい履きかえる。
「奥に彼女はいる」
そう言うと輪堂さんは部屋の中へと歩いて行った。
僕は何も言わずに後ろをついて行く。
倉庫を改造したとは思えないほどの内装で、実際は魔法で別の建物に移動したと言われても不思議じゃなほどだった。
部屋を進むと白いドアが一枚あった。輪堂さんはそのドアの前に立ち、ノックした。
数秒後、女性の声が帰ってきた。
「入っていいわよ」
その声は柔らかく深みのある声だった。
輪堂さんはノブに手をかけ、扉を開ける。
「失礼する」
彼がドアを開け、中に入っていく。
僕もそれに遅れないように後についていく。
部屋の中に入り、目にしたのは一人の老年の女性だった。
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