第8話 迷子
僕とミキは施設を後にすると一旦、バスに乗り、街中に戻ることにした。
街に戻り、バスで駅前のロータリーに出ると近くにある公園でミキと相談することに決めると僕とミキは公園の木々が木陰をつくり夏の日差しから避けるように日陰のベンチで二人、腰掛ける。
「還流さんは知らないって言ってたけど」
僕はミキに問いかけた。
「それは嘘だろうな。 あの宗教団体の施設で唱えられていた呪文は『箱』を開封することに賛成する術士たちがよく使う呪文に近い」
「でも中立派ならどちらも使う可能性ない?」
僕はふとした疑問を口にした。
「あれは禁呪と言って魔術の中でも使うのがためらわれるくらいの術だ。 基本、禁呪は対象に危害を加える魔術だ。 それにあそこで唱えられていたのは人の意識を支配する為に編み出された魔術だ。 まさかあの場所で一般人相手に使っているとは思いもしなかった。 他の中立派に会ったことがあるが武田還流ほどやり過ぎはしない」
ミキは先ほどの光景を思い出しながら真剣な表情をして怒りを含んだ声で言った。
「中立派だからと言って必ずしも手助けしてくれるとは限らない」
「そうか」
確かに中立だから簡単に助けてくれるわけでもないし、どうやら複雑で僕は自分の考えが甘いと実感した。
「それに私が話をした時、彼は微妙に何かを知っているような反応だった」
ミキは仕方がなさそうに首筋をかく。
「しょうがない。 次の手を打つしかない」彼女はコートのポケットから地図を取り出し、開き、あたりを見まわす。
「確かこのあたりのはず」
ミキは地図と周りを何度も見比べ、何かを探していた。
「何をしているの?」
僕は彼女のしていることが気になり、問いかける。
「反対派の人間にこれから会うために知らせを送る」
「探しているなら携帯端末を使えば?」
僕がそう言って携帯端末を出し、拡張現実を展開し彼女に見せる。
するとそれは地雷だったのか、ミキは表情を消し、半目にすると声のトーンを落とし言った。
「そんなものは持っていないし、それで見つかるのならとっくのとうに使ってる。 それにそんなもので簡単に見つかるほど魔術も甘くない」
「ご、ごめん」
僕はミキの気迫に圧され拡張現実を閉じ、端末をしまう。
ミキは何も言わずに地図へと視線を戻した。
どうやら彼女の何かに触れたらしい。
僕はできるだけ彼女を再度、刺激をしないよう口にチャックすることにした。
彼女は地図から視線を外すと急に歩き出す。「こっちだ」
ミキは急に立ち上がると住宅街の方へ歩きだす。
「急にどうしたの?」
僕は慌てて彼女を追いかける。
彼女は僕の質問に答えることなく、無言でスタスタと歩いて行く。
「・・・・・・?」
やはり先ほどの質問がまずかったのか?
僕はそう考えながら彼女の後をついて行く。
歩を進めていくと店が少なくなり、人通りも少なくなり、住宅が多くなっていく。
どこへ向かっているんだと思いつつ、黙ってついて行く。
すると前を歩いていたミキがふとしたところで立ち止まる。
そこは赤い郵便ポストの目の前だった。
「ポスト?」
僕は馬鹿みたいにありのままをつぶやきつつ彼女の動向を見ていた。
「あった」
彼女は一言つぶやくとポストに近づき、投稿口にポケットから出した血っずと派違う紙を取り出し投入した。
「これでよし」
彼女はそういうと何か納得したようにあたりをもう一度見まわした。
完全に一人置いて行かれた僕は彼女に質問した。
「なぁ、ミキ。 何をしてたんだ」
ミキは僕の方に向き直る。
「反対派の方にこれから会いに行くって知らせを出したの」
「それはさっき聞いたけど、手紙を出す為にポストを?」
「そうよ」
ミキはあっけらかんと答えた。
「知らせって・・・・・・。でも手紙じゃ知らせるのに数日はかかるよ。 どう考えたって……」
僕が最後まで言おうとしたがミキは一差し指で僕の口をふさいだ。
「これは魔術がかかったポストだよ」
ミキは微笑しながら言った。
一瞬、彼女の仕草にドキリとしたが僕は平静
を装うように質問した。
「でもどう見たってただのポストじゃないか?」
「見かけはね。 でもさっきコウに教えた魔法と同じような物さ。 君に渡したナイフの助力で少しでも感じる事ができるはずだよ」
ミキから貰ったナイフを消したり、取り出したりする方法を思い出した。
「私が指示するからさっきと同じようにやってみて」
僕はミキに言われるまま、ポストに近づく。
「ポストに手を当ててみて」
「わかった」
僕は彼女の指示するように自分の手のひらをポストの表面に当てる。
「そしたら瞼を閉じてポストの輪郭を頭の中でイメージしてみて」
頭の中の暗闇でボンヤリとしたポストの全体的なイメージを描く。
「手の感覚に意識してみて」
彼女の言葉が入ってきた瞬間、瞼を閉じているのにも関わらず、暗闇の中に花が咲いたようにまぶしいくらい色とりどりの光が僕の周りを包むように渦となり動いていた。
「なんだこれ?」
僕は瞼を閉じたまま、確かにそれを見ていた。「見えたか」
ミキの声が光の中、聞こえる。
どうだと言わんばかりに自信に満ちあふれた声とともに光が目の前を過ぎていく。
「ミキ、これはなんなんだ?」
なんともいえないイメージに僕はミキに説明するように懇願した。
「今、君が見ているのは魔力の流れだよ」
「魔力の流れ?」
「そう魔法にも魔力ってエネルギーが発生しているんだ。 魔法が使われているところには必ず魔力が発生して流れを作ってる。 私たち魔法使いはその流れを読むことができるの」
僕は光の渦の中、ミキの説明を聞いていた。
「でもミキは目をつぶったりして探してなかったじゃないか?」
「君は初めてだからしょうがないけど、慣れてしまえば、いちいち探す事をしなくても自然とどこで発生しているか読むことができるんだ。 これは魔法使いの初歩的な技術さ。 すぐに見えるような人もいれば見えない人もいるからやっぱり君は渡したナイフの補助とか関係なく才能があるのかもしれない」
ミキは少しだけ感嘆したように言った。
「ちなみに君が見ている光の中では緑色の光が多いと思わない?」
「えっ、緑色?」
僕は渦巻いている光の中、自身が見えているものに集中してみる。
色とりどりの光の中、確かに緑色が多いように見えた。
「確かに緑色が多いと思う」
「それは魔力の色なんだけどそれぞれが使う魔法の種類によって色合いが異なるんだ。 反対派がよく使う魔力の色は緑色なの」
「そうなんだ」
「ポストにかけられた魔法は反対派との連絡手段の一つみたいなものね」
「連絡手段か」
僕は瞼を閉じ光の渦の中を見ながらぽつりとつぶやいた。
「もう目を開けても大丈夫よ」
僕はミキの指示通りに瞼を開ける。
通常の景色に戻り、見慣れているはずの景色になんともいえない違和感のような感覚になった。
「変な感じだ」
僕は何度かまばたきを繰り返しながら彼女に言った。
「ふふ。 みんな最初はそんなもんよ」
ミキは微笑しながら答えた。
「そうなのかな?」
僕はおどけるように両手を開いて彼女に言った。
「連絡手段はわかったけど、少し回りくどくないか?」
うっかり僕は彼女を怒らせたような質問をしてしまった。
マズイと思ったがミキは眉間に皺を寄せることはないが曇ったような表情をして口を開いた。
「賛成派と反対派で未だに対立が起きていてひどいときは殺し合いにもなるの。 ただ賛成派は過激で手段を選ばないことが多いの」
「手段を選ばないと言う?」
僕は生唾を一度飲み、彼女に質問する。
「反対派の人間を襲い容赦なく暴力を駆使したり、魔法を使って洗脳をしようとしたりするの」
僕は聞くんじゃなかったと身震いをした。
「だから反対派は開けっぴろげに居場所を言えないの。 ただ私は父の代理だとしても番人の資格があるから彼ら反対派の魔法の流れや動向がわかるの」
彼女は苦虫をつぶしたような苦い表情をした。自分のことを箱の番人と言っていたけれど派閥争いの中でその責任がどれだけ重い物なのか僕にははかりしれないし、そこまで皆が注目する『箱』という存在がなんなのか詳しく知りたくなった。
「ようやく返事が来た」
ふと僕が考えにふけり黙っているとミキが口を開く。
彼女は空を見上げて何かを見ていた。
僕も彼女と同じように空を見上げてみる。
目に映ったのは僕らの真上で鳴き声をあげながら円を描くように旋回する数羽のカラスたち。
旋回するカラスたちの中、一羽だけ他よりも大きいカラスが周りに囲まれながら円の真ん中を悠々と旋回していた。
「カラス?」
「あれは反対派の使い魔だ」
ミキはカラスたちから視線を外すことなく言った。
「使い魔?」
「そう小さい用事などで使われる下僕だよ。ほとんど魔法で操られた動物だけどね」
「そうなんだ」
僕はもう一度、空を見上げ、視線をカラスの方に向ける。
真ん中の大きいカラスが旋回をやめ、此方に向かい滑空してくる。
僕らに突っ込んできそうなほど勢いがあり、大丈夫かと身構えながらその姿を凝視していた。よく見るとカラスは足に何かを持っていた。
カラスが頭上ぎりぎりまで滑空してくると足に持った何かをミキの方に向かって落とす。そのまま上空に向かい羽ばたくと空で旋回していたカラスたちと合流し、遠くの方へ羽ばたいていった。
ミキの方に視線を戻すと彼女はカラスが落としたものを拾っていた。
落とした物が手紙だったことがわかる。
彼女は手にした手紙の封を切り、中身を取り出した。
中身は二つ折りにされた手紙で彼女はそれを開き中を見る。
すると怪訝な顔をし、何度か考えるような仕草をし、表情を変えながら手紙を見ていた。
僕は不思議に思い、彼女に声をかけた。
「どうしたの?」
ミキは僕の質問に答えることなく自身の顎に手を当て手紙を凝視し続ける。
僕はミキからの返答を待った。
数秒してミキは僕の方をむき、言った。
「これこそ携帯端末の出番だな」
そういうと彼女は僕に向かい手紙を差し出した。
彼女の言っている意味がわからないまま受け取り僕は手紙に書かれた内容を確認する。
内容を確認して初めて彼女が言っている言葉の意味がわかった。
手紙には五星市内の住所が書かれていた。
「反対派の人たちはここに向かえって言いたいのかな?」
僕は彼女に問いかけた。
「だと思う。 ここに反対派の人間がいるはずだ」
ミキは遠くを見るような目をし、何か思案している表情。
僕は受け取った手紙に書かれていた住所を携帯端末で調べる。
「どうやらここから行けそうな距離だ」
「そうか」
「ただなんだかへんぴな場所にありそうだよ。 本当にこの住所なのかな?」
地図を見る限り、人があまり立ち寄らなそうな場所だった。
僕は本当にこれが正しい内容なのか疑問に思えてきた。
「なんだ、怖いのか?」
ミキは僕をからかうように不適な笑みを浮かべて下から僕の顔をのぞき込む。
「べ、別にそういうわけじゃないよ」
内心、不安があるのは隠せないが、彼女に対しては虚勢を張ってしまう。
ミキはそんな僕の内心を知ってか知らずか真顔に戻り、別の方向をみる。
「ふーん。 そうか。 なら心配はいらないな。 行き先がわかったのなら行くとしよう。行動が早いほうがいいからね」
ミキは立ち上がり、歩きだそうとした。
「ちょっと待って」
僕は彼女を呼び止めた。
「なんだ?」
ミキは振り返り、首をかしげた。
「行き先、わかるの?」
「…………」
彼女は黙り、僕の顔を見たまま制止した。
数秒、僕と彼女の間で沈黙が生まれる。
そして先に沈黙を破いたのは彼女が先だった。「……わからない」
彼女は言葉をつまらせながらも出てきた答えがそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます