第6話 会話
前を向き、門を見ていたが彼女はほら言った通りでしょと言わんばかりの表情をしていた。「さぁ、行きましょ」
すべて門が開ききると彼女は団体の施設の中へとスタスタと歩き始めた。
僕は彼女に置いて行かれないように後を追いかけ始めた。
中に入ると門の向こう側から見えた白い外壁とそれとは趣の違う玄関口が見えた。
門と施設の間を歩きながら僕はふと横を見る。施設の両サイドは自分たちで栽培しているのか畑になっていて土から葉が出ているのが確認できた。
僕とミキは玄関口まで歩いて行くと、坊主頭の白い装束を着た一人の男性が玄関口から出てきた。
僕は思わず、ミキの側により、小声で耳打ちした。
「あの人が武田還流?」
「違う。 還流の信者か何かだと思う」
ミキも同じように小声で僕に返答する。
僕とミキが近づくと白い装束の男性は柔和な表情で丁寧に頭を下げ、挨拶をした。
「こんにちは」
僕とミキは頭を少し下げ、挨拶をかわす。
「アナタ様が『箱の番人』ですか?」
ミキを見ながら男性は質問した。
「ええ。 そうよ」
「そちらの方は?」
男性は僕の方を見てミキに問いかけた。
僕が返答に困っているとすかさずミキが横から答えた。
「彼は私の助手みたいなものよ」
僕は突然言われたことにびっくりしてミキの方を見る。
しかし、ミキは気にとめず、口を開いた。
「はやく彼のところへ案内して」
ミキは男性にそう告げる。
男性は柔和な笑みを崩さずに言った。
「わかりました。 ではこちらへ」
男性は踵を返し、施設内へと向かっていく。
僕はミキと一緒に男性の後を追いかけていく。施設内へと足を踏み入れるとそこはまるで校舎のような作りをしていた。
玄関を入ると数々の部屋が奥へと続いており、教室のように各部屋づつに区切られていた。
リノリウムが塗られた通路を歩いて行く。
各部屋を通り過ぎていくが信者が通り過ぎていないのに気になってしまった。
各部屋を通り過ぎていたが、途中で扉が開いていた部屋を通り過ぎようとした時、僕は気にしていた疑問を解決しようとふと通り過ぎようとした時、横目で盗み見た。
そこでは案内してくれている男性と同じように白い装束を着た人物立ちが複数人、集まり、全員が輪を作り、天井を見上げ、何かを合唱するように口を動かしていた。
僕はその姿に驚いてしまい、一瞬、立ち止まる。
まるで何かに魅入られたように数秒その姿を見ていた。
すると急に身体がグッと引っ張られ、我に返る。
「何をしているんだ。行くぞ」
気がつくとミキは僕の腕を掴み、彼女自身の顔を近づけてきた。
一瞬で我に返った僕は驚き、反射的に顔を背けた。
「ご、ごめん」
僕はうなじをかき、彼女に謝った。
「あまり変にのぞき込まない方がいい。 彼らが口にしているのは魔術だ」
ミキは鋭い視線を部屋の方に向けながら言った。
「下手に興味を示すと、意識をもっていかれるぞ」
ミキは僕の方に向き直り、口角を上げ、微笑しながら言った。
その姿になぜか僕は胸がドキッとした。
「さぁ、行くぞ」
僕の腕を離すと踵を返し、待ってくれていた白装束の男性の方へ歩いて行く。
自身の感じた感覚のことなど一瞬の物だと思い、僕はその場を離れるようにミキの後をついて言った。
施設は冷たい外装とは裏腹に白を基調としながらも暖色の物がいくつか通り過ぎる際に見えた。
僕はミキが言っていたように部屋の方を安易に興味本意でのぞき混まないように意識しながらこれから向かう廊下と目の前を歩く、白装束の男性とミキの後ろ姿を見ていた。
案内されるまま、僕とミキは施設内を歩いていく。
ふと今まで通り過ぎていた部屋とは明らかに形が違う扉が目に入ってきた。
扉の側面には円や凹凸のあるレリーフみたいなものが取り付けられ装飾されていた。
「教祖はこちらにいらっしゃいます」
白い装束の男性は柔和な顔を崩さずに手のひらを扉の方にむけて言った。
男性はそのまま扉の取っ手に手をかけ中に押す。
静かに扉が開き、中の部屋が見えてくる。
「ではこちらへ」
男性は先に室内に入ると中へ入っていく。
僕とミキは彼の後を追いかけるように部屋内に足を踏み入れた。
入ると部屋は体育館のように吹き抜けになっていて天井まではかなり高さがあった。
天井には照明が設置されていたがこの時間は使っていない。
それにもかかわらず施設の通路よりも明るく、天井の近くは大きな窓ガラスがいくつもはめ込まれ、外の光を取り込めるように設計されていた。
扉から入っていくと広い空間にパイプ椅子がたくさん並べられ、部屋の一番奥は舞台にのようになった壇がありそこには祭壇だろうか、いろいろな色とりどりの花が回りに添えられ、祭壇にはレリーフのような不思議な模様をしたものがまつられていた。
その祭壇の目の前にはそこに向かって何かを唱えこちらに背をむけたままの白い袈裟をきた坊主姿の人が立っていた。
僕とミキは案内係の男性について行きながら祭壇の方へ近づいていく。
近づくにつれて祭壇は以外と大きいことに気がついた。
そしてそばに立つ人物も背が大きく、細身な人物だと思った。
僕とミキは舞台の下のところで止まると案内役の男性はそこに上がり、舞台のようなところに立つ男性に近づき声をかけた。
「教祖、客人が参りました」
案内役の男性が教祖と呼ばれた男に声を駆けると一歩下がりお辞儀をした。
教祖と呼ばれた男性はゆっくりと振り返り、こちらを向いた。
「おお、よくいらした」
男性は両手を開き、皺が多い顔を笑顔にした
彼が武田還流かと僕は思った。
想像していた人物とはかけ離れていた。
案内役の男性も柔和な顔をしていたが目の前に立つ人物は笑顔などつくらずとも穏やかで包み込んでくれそうな雰囲気を纏っていた。武田還流はにこやかにこちらを見るとゆっくりと歩き、舞台から降りてこちらに寄ってきた。
「おお、箱の守人の娘さんではないですか」
武田還流はミキを見るとそう言って嬉しそうに笑い、僕らの目の前で立ち止まった。
「お父様の事は残念でした。 お悔やみ申し上げます」
武田還流は、真顔になるとミキに向かい頭をさげお辞儀をした。
「話が速いですね。 父の事は悔しくてたまりません」
ミキは少し目を伏せたように悲しげな表情をし還流に言った。
「お気持ち察します」
還流は柔らかな声をトーンを落とす。
「お気遣いありがとうございます」
彼女は武田還流に向け軽く会釈をする。
「せっかくおいでいただいて立ち話もなんですから、こちらで」
還流はそういうとなめらかな動作で舞台脇のドアの方向に手の平を向けた。
そう言うと踵を返し、ドアの方向へと歩き出した。
近くにいた案内の男性に何か伝えるとこちらに振り返り、にこやかに笑い、部屋の中へと消えた。
「これって罠じゃない?」
僕はミキに思わず聞いてしまった。
「だとしてもいかない手はない」
ミキは淡々と言うと部屋の方へ向かい歩きだした。
僕はただ彼女に黙ってついて行くしかない。
僕とミキは武田還流が入っていった部屋へと入る。
その部屋は武田還流の個人の事務所なのかドラマなどでみるような大きなソファが二脚とその間に大きなテーブルが置かれていた。
「さぁ、おかけになってください」
還流はソファのほうに手を向け、どうぞと座るように促す。
僕ら二人はおとなしく座る。
ミキは慣れたようにすぐに座るが反対に僕はこういう畏まった場所での経験値は少ないく、そわそわしながら座る。
「今、お茶を用意しますのでお待ちを」
還流がそう言って案内係の男性に伝えようとした時、ミキは口を開いた。
「お気遣いしていただいて申し訳ないのですがご用意は結構です。 長居をさせていただく訳にはいかないので」
彼女ははっきりと言うと武田還流にお辞儀をした。
それを見た還流は一言、「そうですか」と口にすると案内係の男性に手で何かを合図した。すると案内係の男性は一言もしゃべらずに一度、頭を下げるとドアを開け部屋の外へと消えた。
「単刀直入に言います。ここに足を運んだのは……」
「『箱』の在処についてですよね」
武田還流は柔和な笑みを崩さずにミキがいおうとした途中で口を開く。
先に言われたミキは一瞬、驚いたように目を見開くがすぐに平静な表情に戻る。
「そうです。 私は貴方に『箱』の事についてお力を借りたくここに来ました」
彼女は力強い口調で還流に言った。
「しかし、兵頭ミキさん。 貴方は『箱』の守人ではないはずですが? 『箱』の管理者としての権限はまだ完全に決まっているわけではないでしょう?」
「父が亡くなった時点で、自動的に管理者としての権限は私に譲渡された形になります。そのことは貴方も知らないはずでしょう?」二人は見つめ合ったまま沈黙をつくる。
まるで二人はお互いの何か腹の内を探ろうとしているように見えた。
「そうでしたね。 忘れていました。ご指摘ありがとうございます」
還流は目を伏せ、首を横に振り口元に笑みを浮かべたままミキに言った。
「ところでそちらの男性は?」
武田還流は僕の方を向き、ミキに問いかけた。またその質問かよと僕は思いながらミキよりも先に答えることにした。
「僕は彼女の助手みたいなものです」
とにかくここは彼女が案内係の男性に言ったように口裏を合わせるようにしなければと思い答えた。
突然、質問に答えた僕の顔をミキは見る。
やってやったぞと言わんばかりのアイコンタクトを送る。
彼女はすぐに反応し、武田還流に向き直る。
「そうなんです。 彼は私の助手なんです」ミキは焦る事なく反応し、すぐに還流に向かい答えた。
還流はクスリと笑い、口を開いた。
「『箱』の守人の助手ですか。 おもしろいですね」
還流は僕を見ると質問をする。
「貴方のお名前は?」
「僕の名前は北神コウです」
「北神コウさんですか。いい名前ですね」
「ありがとうございます」
「名前にはそれぞれの意味が込められていますから大事ですよ」
還流は穏やかに耳心地のいい声で言うとミキに向き直る。
「では本題に入るとしましょうか」
柔和な笑みを崩すことなく武田還流の雰囲気が一変し、言いしれぬ威圧感というのだろうか有無をいわせないような感覚に似た雰囲気だった。
「兵頭ミキさんとそのお連れの助手の方は『箱』の所在について知りたくて此方に来られたということですね?」
僕とミキは二人、頷いた。
「なぜ私のところへ? 他にも知っていそうな中立派の人間もいたでしょう」
還流は不思議と言わんばかりの雰囲気を出しながらミキに質問した。
質問されたミキは還流に答えた。
「あなただったら他の組織にも顔が広い。だから一番最初にここに来た。貴方なら何か知っていると」
横で聞いていた僕の耳には彼女の言葉はなんとなく嘘が含まれているような気がした。
「そうですか。 たしかに私は他の中立派の方に比べて話を耳にするのは早いほうだと思います。 今回のお父様の件も元より『箱』の動向について教団の一員に見張らせていた時の事でしたから、予想外でした。 しかし『箱』が持ち去られた後については私にもわかりません。 なので申し訳ないですがお二人の力にはなれません」
還流は柔和な表情は崩さないで目をふせながら首を横にふった。
「そうですか。 では別のことをお伺いしてもよろしいですか?」
ミキはあきらめることなく還流に問いかけた。「何でしょう?」
還流は柔和な笑みを崩してはいないがなんだか怪訝そうな雰囲気を出しているように僕には見えた。
ミキはポケットから一枚の紙を取り出すと、それを広げて還流に向けて見せる。
僕は広げられた紙をのぞき混んだ。
そこには花に似た形をした紋章のような物が描かれていた。
「これが何かご存じで?」
ミキは首をかしげながら還流に向けて言った。「フルール・ド・リスですかね」
還流は顎に手を当てながら言った。
「フルール・ド・リス?」
僕は思わず口に出して聞いていた。
「ヨーロッパの貴族や王家に使われたいわば「マーク」みたいなものですよ。 いろいろな象徴を表していて意味合いも変わってきたりします。 いまでもいろいろなところで使われていますから目にすることは珍しくないのでは?」
還流はミキに向かってそういう風に言う。
「えぇ、確かにこの「フルール・ド・リス」
は使われているのをよく目にするのですが、私も魔法使いの端くれですよ。 何が言いたいかわかりますよね」
ミキは還流に向かって挑発するように言った
「その「フルール・ド・リス」を反対にすると違った意味合いになり、象徴している物も違ってくると言いたいのですか?」
ミキは還流の言葉に無言で頷いていた。
「しかし、それが一体どうしたというのですか?」
「私の父を襲撃し、『箱』を奪った男が着ていた黒いマントの胸にはこの「フルール・ド・リス」が逆さに描かれていた。 可能性として悪魔崇拝をしている人間では?」
「確かに逆さの「フルール・ド・リス」を掲げているのであればそれはあり得ますね」
還流も納得したようにいった。
僕にはさっぱり二人の話がよくわからなかった。
「ねぇ、そのフルール・ド・リスを逆さに掲げているとどういう意味になるの?」
僕はついて行くためにミキに小声で質問した。ミキはそうだったと僕がまだ魔術の事を知らないということを一瞬で思い出し、顔を普段通りに戻る。
「この紋章、「フルール・ド・リス」が反対になっているときに表しているのは魔術の術式によっても違うがだいたいバフォメットという悪魔になる」
「バフォメット?」
「黒い山羊の頭を持った人間の姿をしていて
黒ミサと呼ばれる集会を司った悪魔だ。 詳しいことは省くが、簡単にいえば、黒魔術では存在が不可欠で悪魔崇拝にとってみればメジャーな存在だ」
僕は悪魔と言われなんだか、寒気がした。
「ってことは『箱』を盗んだ人物はそのバフォメットを崇拝しているってこと?」
「いや単純にそういうことではなく、黒ミサという集団行動は悪魔崇拝に深く関係しているんだ。盗んだ奴らはその黒ミサという集団性を利用して、どこかで隙を見て『箱』を開封しようとしているのかもしれない」
ミキはそういうと少し遠くを睨むように言った。
僕は完全に頭がパンクしそうになっていたがなんとかそこはこらえていた。
ミキは還流に向き直ると口を開いた。
「貴方なら『箱』の在処はわからずともこの紋章を掲げている組織をご存じなのでは?」
ミキは還流をまっすぐに見つめる。
還流はミキの言っていることがおかしいのか首を横にふり、口元に笑みを浮かべたまま彼女に言った。
「ミキさん、貴方が言うことは一理あるがこの紋章、『フルール・ド・リス』を掲げる団体や組織はこの世界にごまんといるのは知っておりますでしょう? それにバフォメットを信仰する団体も把握できるほどの数ではありません。私がもし知っているのであれば、貴方にすぐにお教えできますがあいにく私はそこまで全知全能ではありません。 残念ながら今回の件には私はお力添えできません」
還流はそう言うと頭をさげた。
僕とミキは顔を見合わせる。
「わかりました。 此方の質問に答えていただきありがとうございました」
ミキは還流に対して御礼を言うと僕に目配せをした。
僕の方を向いた彼女の顔はここにいる意味はないとでもいいそうな顔をしていた。
「では私たちはこれで失礼させていただきます。 今日は突然、押しかけて申し訳ありませんでした」
ミキは白々しく淡々と還流に、向けていうと立ち上がり、一礼する。
「いえ、気になさらないでください。私もお力添えできずに申し訳ありませんでした」
還流も立ち上がり、ミキに言った。
「こんなことをいうのもおかしいですが、私は神の元についてる身として貴方がたに神の導きがあることを祈っております」
還流は両手を合わせ、僕らに一礼した。
なんだかその言葉に僕はなんとも言えない気持ちがざわつくのを覚えた。
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