第5話 開始
事は早いほうがいいと思い、僕とミキは家を後にし、街へ出ることにした。
ただまずどこからあたるのか僕にはさっぱりとわからなかった為、外へ出てすぐに彼女の後を追うようになる。
「なぁ、これからどこへ向かうんだ?」
僕は速く脚を進ませる彼女の後を追いながら問いかけた。
「これから中立の人間のところに会いにいく」
「中立?」
「お前にはまだ話してなかったけ」
ミキは表情を変えずに歩きながら言った。
「この魔術の世界には巨大な勢力がいくらでも組織されている。
ただその中でも箱を巡って三つの派閥が名乗りを上げている。
箱を開けて力を利用しようとしている者。
箱の開封を阻止しようとする者。
そしてそのどちらにもつかない中立を保つ者。この三派閥がいて、とても一筋縄ではいかない状況になっている」
ミキは少しだけ困ったような表情をし、僕に向き直る。
「でもミキは箱を管理する人だから箱の開封を阻止しようとしてるんだろう」
「確かに私はそうだが、私の立場はなんともいえない状態なんだ。説明が難しいんだ」
彼女はそう言って前へ向き直り、手にした地図に目線を落とす。
なんでも一言で説明するのは大変らしい。
僕はそれ以上聞かないことにし、これから会う人物の事を聞こうと考えた。
「ところでこれから会う、その中立の人はどんな人なの?」
「彼は宗教団体の教祖だ」
「宗教団体の教祖!?」
僕は思わず叫んでしまった。
「そんなに驚くなよ」
ミキは少しうるさそうに言うと前を見て歩き続ける。
「表向きの顔は宗教団体の教祖だが魔術界の中でも力のある存在で有名人だ。だが彼はどちらにもつかないと言われている」
彼女は感情のこもらない声で言った。
ふと僕は疑問に思った。
「なんでその人に会いに行くの?」
「理由としては彼はどっちにもつかないため、『パンドラの箱』を開けたがっている奴らともどこかで関わりがあるはずなんだ。 何か情報がないか聞きに行く」
ミキの言葉は強い意思のこもったように聞こえた。
「でもその人には確実に会えるの?」
「その保証はないよ」
ミキは淡々と答えたが、僕はそのことに驚き、言葉に詰まる。
「じゃあ、どうするつもりなんだい?」
「まぁ、どうなるかはわからない黙ってついてくればわかるよ」
ミキは僕をちらりと一瞥するだけですぐに地図に向き直り、足を進ませる。
僕はとため息をつきながら彼女の後をついて行くことにした。
ミキと二人で五星市と隣の市の境にある山を目指す。
今回、ミキと僕が会う中立派の人間、宗教団体の教祖にあたる人物がいるとされる施設がそこにはあった。
幸いなことにそこまではバスでいけるというそこまで労力をさかずにいけることには感謝だった。
僕とミキは五星市の中で一番、大きなバスターミナルからバスに乗り目的地を目指すことにした。
バスに乗り込むと僕とミキは会話をすることなく、席に隣同士に座る。
バスターミナルから目的地までは三十分はかかる。
正直言うと会話なしに席で三十分以上、女子と二人っきりというのは緊張するものある。
僕が気が動転しているのをはたから見たら気持ち悪いとしか言いようがないなと思いつつ平静を装いながら隣で静かに座っていた。
バスは街道を走り、隣の市の方面へと向かう。流れていく景色は街並みから住宅街へと変わり、徐々に自然が多くなり、人気も少なくなってきていた。
途中、ミキの横顔をちらりとのぞいたが彼女は表情を変えることなく窓の外の流れる景色を見ていた。
何か思うことがあるのだろう。
でも僕は彼女にそれを聞くこともなく、彼女
には彼女の思うところがあるのだろうと思っていた。
僕は僕でこれから行く先への一抹の不安を抱きながらバスに揺られるだけだった。
不安を抱きながらもバスは止まることなく、施設近くのバス停にたどり着く。
バスを降りると車は通れない坂道が近くにあり、そこをあがったところに施設はあった。「ここがミキが言った宗教団体の施設か」
僕とミキは宗教団体施設の門の前で建物を見ながら立っていた。
「ここに彼がいるはずだ」
「本当にいるのかい?」
僕はなんとなくミキに疑いの目を向けた。
「ついてくると言ったのはお前だ。 引き返すなら今のうちだぞ」
ミキは微笑を浮かべながら僕を見る。
「別に引き返すとは言ってないぞ」
僕は不安と緊張で少し声がうわずっていた。
「なら黙ってついてくることだな」
ミキは淡々というと施設の方を再度見る。
僕も視線を施設の方へと向ける。
施設の門は分厚い鉄のような素材でできており、かなりの重厚感があり、宗教団体の施設の門と言うよりまるでバリケードのようにも見えた。
さらに施設は外壁は白に塗られ、門の方からは窓一つ無く、施設の名称さえ、掲げられてはいなかった。
門の横の壁には監視カメラが設置され、たたずむ僕らを見下ろしていた。
「施設というより要塞みたいだ」
僕はぽつりと言った。
「お前の言うとおりその方がしっくりくる」ミキは施設を眺めながら言った。
「そうだ」
ミキは何か思い出したかのように僕を見た。
「お前に渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
「あの監視カメラに背を向けるから同じようにしてくれないか?」
「へ?」
「いいから」
戸惑う僕にミキは指示をしながら門に背を向けるようにする。
「手を出せ」
「わ、わかった」
僕はミキに言われるがまま、右手を差し出す。するとミキは右手を僕の右の手の平に近づけると何かつぶやいた。
すると僕の手には彼女が朝、使っていた錆びたナイフが出現した。
「わっ!」
思わずのことで僕は変に驚いてしまった。
包丁やカッターなどは持ったことがあるが本格的な刃物を手にしたことは初めてだった。
僕は錆びたナイフを握ったまま、どうしていいのかわからず彼女を見た。
「護身用だ。 好きに使ってくれ」
ミキは自分の顔を僕の顔に近づけ、ひっそりと言った。
その瞬間、彼女の吐息が僕にかかりびっくりして心臓の鼓動が速まっていたのにさらに速まり、うるさく鳴っている気がした。
ミキはすぐに顔を離し、僕の方を離れ施設の方を向く。
僕は自身の手の平に握られた錆び付いたナイフを見た。
刃のところは酸化し、茶色に変色しているが、所々、金属特有の鈍く輝くのが目に入る。
持ち手のところはシンプルな作りになっていてそこには装飾など一つもされていなかった。僕はふと我に返り、ミキを呼んだ。
「これ、どうやってしまうんだ?」
彼女はどこからともなくこのナイフを出していたが、僕にはしまうところがない。
街中でも出していたらヤバいのに、これから入るところはもっての他だと思った。
「ああ」とミキは忘れていたと言わんばかりに僕に向きおると、再度、こちらに近づき、右手を握られたナイフに近づける。
そして僕の顔に再度、自身の顔を近づける。
「お前に一つだけ魔法を教える」
彼女は一差し指を立て、流し目で僕を見る。
その仕草に僕は再度、心臓の鼓動が速くなった。
「まず大きく息を吸い、このナイフをしまえそうな鞘をイメージをしてくれ」
「わ、わかった」
僕は平静を保つように意識しながら彼女に言われたように頭の中で自身の鞘のイメージを形作る。
「次のナイフをその中に仕舞うイメージをするんだ。 そしたら右手にほんの少しだけ力を込めてみてくれ」
彼女の言葉がすっと耳の中に入ってくる。
僕はミキが言ったようにやってみる。
すると右手に力を込めて視線を外さず見ていた時、握られたナイフの輪郭が淡く光り、一瞬で僕の手のひらから消えた。
僕は驚嘆し、彼女の顔を思わずみてしまう。
「魔法使いじゃないけど、できた」
なんともいえない高揚感と不思議な感覚だった。
「逆にナイフを出すにはどうしたらいい?」
僕は彼女に問いかけた。
「さっき伝えた順序を逆からやればいい。そうすれば、できると思う」
彼女は僕の目をまっすぐに見ながら言った。
「でもこれは僕ができたってことじゃないよね」
僕はなんとなく聞いてみた。
「そうだな。 今回はお前に渡したナイフの力が大きいな」
「そうだよね」
僕の反応をみていた彼女は微笑し、言った。
「まぁ、気にするな。 しかし、魔法に触れない生活をしていたのにそこまでできるのはすごいことだし、今回は私の補助がありながらもちゃんとできた。 普通に魔法を会得するのにはかなりの訓練が必要なんだがな」
ミキはたいしたもんだよと言った。
ふと彼女が言った魔法というのは僕が目撃した戦闘で使用したもの以外はどんなものがあるのか気になってしまった。
それに彼女が言っているこの魔法使いたちの社会とはどうなっているのかなどが疑問に浮かんだ。
しかし、今はそんなことを気にかけている場合ではないなと自分で余計な思考をシャットダウンする。
「ありがとう、ミキ。 大切に使わせてもらうよ」
僕は彼女に礼を言うことにした。
すると彼女は少し顔を赤め、答えた。
「べ、別にきにするな。 私がしたいようにしたまでだ」
ミキはそう言って恥ずかしさをごまかすかのように施設の方へと顔をそらした。
「じゅ、準備が整ったからいくぞ」
ミキはそういい、門の近くへと歩き出した。近づくと門の片方の塀にはインターホンが取り付けられていた。
僕とミキはそこまで歩き近づいて行く。
「ちなみにその今日、会おうとしている教祖の名前は?」
僕は肝心なところを聞いていなかったと思い直前で彼女に問いかけた。
「名前は武田還流という男だ。中立派だが食えない男でもあるから気を抜かないでいく」
ミキの表情からは余裕の感じが消えていた。僕はそれに当てられ、口を閉じ、歯を食いしばった。
ミキと僕はインターフォンの前に立つ。
彼女に目配せをし、僕がインターフォンを押す。
数秒後、電子音のノイズが走り、返答が来た。『はい、何かご用でしょうか?』
女性の声はまるで事務的な感じで、感情の見られない淡々としたものだった。
ミキはすぐに口を開き、答えた。
「そちらの教祖に会いたい。 武田還流という人物だ」
ミキはただ淡々と相手に要求を言った。
『教祖に何のご用でしょうか? 教祖様でしたらこちらの支部にはいらしていませんが』
インターフォンの向こう側の人物は声こそ事務的な声色だけれど、言っている言葉の内容は警戒心丸出しな感じだった。
僕はミキを見て言った。
「いないって言ってるよ?」
彼女は僕の言葉を無視してインターフォンに向かい言った。
「そんな嘘はいらない。 あの監視カメラで見ているんだろう。 まぁ、見なくてもわかるはず。 彼に伝えて、『箱の番人』が来たと」
彼女はひるむことなくインターフォンの向こう側の人物につげた。
するとインターフォンの向こう側は無言になり、数秒後、通信が切れた。
「切られた」
「そんなことはわかってるわ」
ミキは動揺することなく、何かを待つように団体の門の方を見ていた。
するとインターフォンがプッという小さい機械音を立てつながった。
「お入りください」
ただ一言、声がするとインターフォンは切れ、要塞のような分厚い鉄の門が動き始めた。
僕はびっくりしてミキの方を見ると彼女は口角を少しあげ微笑していた。
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