第3話 彼女の目覚め

けたたましい音とともに僕は窓から指す光に当てられ、目を覚ます。

また同じようにスマートフォンの目覚ましが起きろと声をあげていた。

僕はゆっくりと起き上がり、スマートフォンの目覚まし機能を止める。

そしてそのまま窓の方に目を向ける。

空は快晴で、雲一つない青空で朝日が綺麗に光っていた。

僕は眠たい目をこすりつつ、働き始めた頭の中で昨日の記憶を思い出し始めた。

そうだ、僕は昨日、彼女を助けた。

自分で思い出し、はぁとため息をついた。

あの公園でコートの女の子が倒れ、判断に困った僕は彼女を背負い自身の家まで歩いていった。

完全にご近所の方に見られたら変な噂を立てられそうなことをしていたが、困っていたため、正直それどころではなかった。

僕は彼女を家まで、運んだのはよかったが、自宅にいた楓姉さんに見られてしまい、厄介なことにいろいろと疑いをかけられそうになったが、なんとか嘘をつき、その場を納めることはできた。

コートの女の子は気を失っていたため、楓姉さんに任せ、状態を見てもらうことにした。

さすがに男の僕が彼女を介抱し、着替えさせたりするのにはなんだか抵抗があった。

なんだかんだで楓姉さんが介抱してくれ、彼女は僕の隣の部屋で寝かせることにした。

楓姉さんはいぶかしむような表情をしていたが、深く事情は聞かず、彼女が目覚めたら病院へ行くようにと釘をさされた。

そのやりとりを終えて、眠ったのは深夜過ぎていたため、さすがに今日は補足授業に出れそうな元気はなかった。

 ふと僕は彼女のことが気になり、そのまま、自身の隣の部屋を見に行くことに決めた。

自宅であるにも関わらず、なんとなく寝ている女の子の姿を見るのに緊張している僕がいた。

変な気持ちがあるわけじゃないけれど、なんとなく気恥ずかしさが勝ってしまうよくわからない心理状況に陥っていた。

僕は自身の部屋を出て、隣の部屋のドアの目の前に立つ。

心臓がバクバクと音を立てる。

一応、ノックをしてみるが当然のごとく反応はない。

当たり前だよなと一人、少し冷静になりつつ、隣の部屋のドアノブに手をかけた。

ガチャリと音をたてドアを開き、おそるおそる中をのぞきこんだ。

元々、寝室ではなく物をしまうための部屋にしていたため、部屋の半分近く物で埋まっていたが、半分はスペースがあいていた。

そこにひいた簡易的な布団にコートの女の子を寝かせていた。

窓からは光が差し込み、明かりをつけていない部屋でも明るくなっていた。

僕は彼女を起こさないようにそろりそろりと部屋の中に入っていく。

楓姉さんがこの姿を見たらめちゃくちゃ怒るだろうなと思いながらも部屋の中に入っていった。

別に彼女に何かをしたいとかそういう訳ではないけれどただ彼女の顔を間近で見てみたいなという感情が生まれてしまった。

起こさないよう僕は寝ている彼女の布団へ忍び足で近づいていく。

彼女はすやすやと寝息をたて、ゆっくりと眠っていた。

 昨日、公園で見た彼女とは全く違う、無防備な状態でいるため、なんとなく不思議な感覚にとらわれ見とれてしまった。

彼女の顔に朝日があたり、ぼろぼろになった服とは対照的に透き通るように白い肌を照らしていた。

吸い込まれそうな血色のいい唇は呼吸を繰り返していて僕は視線がそこにいっていた。

「何を見ている。 変態」

声が聞こえた瞬間、僕は我に返った。

「えっ?」

コートの彼女はすでに目を覚まし、僕のことをすでに見ていた。

認識した瞬間に彼女は布団をはねのけ、僕に向かってきた。

突然のことに反応できず、向かってきた彼女にそのまま床に押し倒される状態になった。

「ぐっ」

僕は突然のことで理解できず、なすがままになり、痛みに変な声を出した。

女の子は僕に馬乗りになり、片手で襟元をつかみ、前腕で首を押さえる形にしつつ、反対の手で錆びたナイフを持ち切っ先を僕に向けていた。

「アンタ、こんなところに私を連れ込んで何をしようとしてたの?」

彼女は一切の感情を排除した冷たい声で僕に向かい言った。

「いい、下手なことしない方がいいわよ。答えなさい。 ここに私を連れ込んで何をしようとしていたの?」

彼女はジッと僕の目をみながら有無を言わさないような表情で言った。

しかし、ここは自分の身の潔白を証明しなければ話にならない。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 僕は別に変なことをしようとしたわけじゃない。 君を助けたんだ」

僕は内心、びびりながらも声を大きくし、彼女に抗議した。

「私を……、助けた?」

「そうだよ。 覚えてないのかい? 昨日の夜、公園で君は突然、気を失って倒れたんだよ」

僕はナイフを向けられながら必死に彼女に弁明する。

「気を失って……」

彼女は何かを思い出そうと考える顔をする。

「そうそう。 君は僕の前で金髪の少女と戦っていた。で、金髪の少女を追い払った後に君はすぐに倒れた」

「あのとき、私は……。確かに。気を失った。その後どうしたんだ?」

「その後に僕は君を自宅に運んだんだ。 介抱しようかと思ったけど、君は……、その…女の子だから、僕は知り合いに頼んでその人に君の介抱をしてもらったんだ。だからそれもそうだよ」

僕は目線を下に移した。

コートの女の子は薄いブルーのかわいらしい動物がたくさんプリントされたパジャマを着ていた。

「な、なんだこれは?」

目の前の彼女は驚き、僕から離れると自身の姿をまじまじと見た。

「それもその介抱してくれた人が、君に着させたんだ。 もちろんその人は女性だから安心して」

僕は起き上がり、両手を彼女に見せながら危害は与えませんよーといった風に彼女に説明する。

「答えとしては単純に君を助けた。 それだけじゃ納得いかないかな?」

僕は彼女に向かって言った。

女の子は疑うような目でみつつ、僕に錆びたナイフを向けていたが、何かを頭で整理しているのか徐々に向けていたナイフを構えるのをやめた。

「わかったわ」

彼女はそう言うと、ナイフをどこからともなく手品のように出現させた鞘にしまう。

彼女は姿勢を直し、正座をすると僕にしっかりとむきなおる。

「助けてもらったのに失礼なことをしてごめんなさい」

武士が礼をするように床に両手をつき頭を下げた。

「い、いや気にしないでよ。 そんなにかしこまられても困るし、ただ助けたかっただけだし」

僕はなんとなくこういうのは苦手なので、取り繕うように彼女に言った。

「でも、私は……」

彼女は困惑した表情をする。

「いや、本当にいいんだ。僕も昨日、君に助けられたわけだし」

昨日助けてもらわなければ、あそこで死んでいた可能性があると考えるとゾッとするし、助けてもらってその場から消えるのは人としてないなと思ったからだった。

「そうか……。だが、本当に申し訳ないことをした」

彼女はもう一度、頭を下げた。

「いや、気にしないでよ」

頑なに謝罪を述べようとする彼女の姿になんとなく笑みがこぼれてしまった。

「な、なんで笑っている?」

「ご、ごめん。 馬鹿にしてる訳じゃないけど真面目なところが可愛いなと思って」

「か、かわいいってお前、何を言っている?私はただ父の教えを守ろうとしただけだ」

彼女は少し顔を赤めながら口をぱくぱくさせながら言った。

「別に変な意味じゃないよ。 ごめん」

僕がそう言うと彼女はあきらめたように真剣な表情を崩すと笑った。

僕と彼女は視線があう。

やっぱり綺麗な瞳だなと思った。

一瞬だけでも目が奪われてしまう。

「そういえば名乗ってなかったな」

彼女は姿勢をただし、真剣な表情に戻り口を開いた。

「私の名前は兵頭ミキというものだ」

「ミキ……」

僕の頭の中で、なんだか引っかかるような感覚が生まれたがなんだかわからなかった。

「僕の名前は北神コウ」

「北神コウか。いい名前だね」

「ありがとう。 そんな風に初対面の人に言われたのは初めてだよ」

「そうか。 名前には意味が込められているからね。 大切にしなきゃ」

彼女はそういうと自分の胸に手をあてる。

そして真顔に戻り、口を開いた。

「助けてくれてありがとう。 本当に感謝してる。 私はこれから行かなければいけないところがあるの」

彼女は急に、布団から立ち上がろうとした。

しかし、急に彼女は身体を前のめりに倒れそうになる。

「あっ、危ない」

僕は慌てて両手を伸ばし、彼女を前から抱きかかえる形になる。

「だ、大丈夫?」

僕は彼女を抱きかかえながら聞いた。

「だ、大丈夫だ。す、すまない」

彼女は咄嗟に身体を起こし、しっかりと立つ。「ちょっとだけ、立ちくらみがしただけだから」

そう言うと彼女は僕の心配が見てとれたのか、手を僕の前にだし、大丈夫というサインを見せる。

「私は大丈夫だから、かまわないで」

「でも、大丈夫じゃないだろ!」

「私にはやることがあるのよ。 邪魔しないで!」

彼女は声を荒げ、僕をにらみつける。

しかし、僕も男だから黙っている訳にはいかない。

僕は彼女の目の前に立つ。

「どきなさい」

彼女は有無を言わさないような声色で威嚇する。

「どかないよ」

僕は歯をくいしばり、彼女と相対する。

僕と彼女の間に緊張が走り、彼女が動こうとしたそのときだった。

ぐうぅぅぅとくぐもった音が突然、どこからともなく聞こえ、部屋中に響いた。

「…………?」

僕はその音の発信源が目の前の彼女だということに気がついた。

僕と彼女は相対してジッとにらみ合うような形だったが、僕の目の前の彼女は真面目な顔をしながら顔を段々とゆでた蛸のように赤く染めていく。

僕はまさかなと思いながら目の前の兵頭ミキに聞いた。

「おなか、すいたの?」

たぶん彼女は恥ずかしいのか顔を赤くし、泣きそうになりながらこくりと首を縦に頷いた。僕はその様子がおかしく思わず笑ってしまった。

「笑うな!」

兵頭ミキは瞳に涙を浮かべながら怒った。

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