第2話 出会い

 「お疲れさまでした」

僕はバイト先の店長に声を変えると、店を後にした。

時刻はすでに二十二時をゆうに過ぎていた。

夏といえど繁華街はきらびやかに明かりがともっているが、空は真っ黒に染まっていた。

バイト先から家までは距離があり、できればバスで帰ろうとしたのだが、最悪なことに最終のバスはすでに行ってしまっていた。

バイト先の同級生としゃべっていたら、時間を過ぎてしまうというミスをしてしまった。

この場所から歩いて帰れない距離ではないが、なかなかの距離は覚悟だ。

腕時計を見て帰る頃には夜の二十三時を超えることになるなと頭で想像しつつ、しょうがないと僕は思いながら、渋々、歩いて帰ることに決めた。

 僕の家がある住宅街までは坂を上らなければならず、その途中には大きな公園があり、そこを通らなければいけなかった。

繁華街から夜道を一人歩き続ける。

 歩くことは嫌ではないし、一人何か、思考にふけるには最高の時間だと思っている。

たぶん他の人が僕の頭の中をのぞけるとしたら、何、無駄なことを考えているんだと突っ込まれそうなこと延々と頭の中で考えている。 読んだ本や、今後のこと、自分はなんなのかとか、思春期を越えているが、頭の中では混沌状態と化している。

僕はなんてことを考えながら、ボーッと歩いて行く。

意識するとなんだかんだで住宅街まであと半分と来ていた。

そこの半分を越える際に通らなければいけない公園。

 拍坂公園があった。

この公園はとても大きく、歩いて一周すると意外と時間がかかり、ランニングを趣味としている人たちが休日、コースとして使用しているのを目にする。

公園内には人工池にちいさなアスレチック、外周にはたくさんの木々が植えられていた。街頭は少なく、薄暗い雰囲気があたりを包む。木々の間からは五星ウォーターフロントのシンボルであるセントラルタワーの頂上部分が明かりを照らし、顔をのぞかしている。

人影は少なく、公園の入り口からでもなかなか入るのに勇気がいるようだった。

この公園は住宅街が近いだけあって治安は悪くなく、不審者や不良と呼ばれてたむろする人たちもいない。

けれどこの薄暗く街灯の少ない状態でもいくら男の僕といえど不安になる。

普段はここを避け、迂回ルートをとるのだけれど、この日は早く帰りたいと思っていたため、そこを通ることに決めた。

昼間の公園はよく通っているが、夜は久しぶりに通る。

僕が小学生の頃、夏休みに友人たちとふざけて肝試しを決行した。

それくらいこの公園は夜になると怪しく、不気味な雰囲気を醸し出してしまう。

僕はびびりつつも、拍坂公園に足を踏み入れ、歩き出した。

まぁ、入ってしまえばルートはわかるため、先を急げばいいだけの話で、僕はなるべく歩く速度をあげた。

僕はなんとなく歩きながら自意識過剰だし、女々しいやつだなと思いながらふと自身の情けなさに笑ってしまった。

気が紛れ、あたりを見るだけの余裕が出てきていた。

僕はふとあたりを見まわした。

公園内でも一番広い場所である原っぱのところにいつの間にか出てきていた。

何気なく上を向いてみる。

 街灯が少ない分、この街の空であるにも関わらず少しだけ、違って見えた。

「おぉ、すごいな」

なんとなくでも光っている星が見えて僕は一人でつぶやいてしまった。

この時代、度重なる戦争や工業の発達で空気が濁り、星が見えにくくなっていると、小さい頃に一度、一緒に天体観測をした時に父が言っていた。

見えにくくなっていると言っても一応空では輝いているため、見えることには見えるのだ。でも日常で空を見ることなんて少ない。

だから気がつきにくい。

視点を変えればもしかしたらすぐそばにあることの方が多いのでは?

そう考えていた瞬間だった。

金属と金属がぶつかり合うようなキンという甲高い音が耳に入ってきた。

「えっ?」

僕はすぐに我に帰り、あたりを見まわす。

この公園に人がいたのだろうか?

けれど見まわしても人の影すら動く者などいない。

またすぐにさっきと同じように金属と金属をぶつけるような音がした。

また僕はあたりを見まわすがしかし、人の影なんてありはしない。

どこからしてるんだと耳を澄まし、よく注意して聞くようにした。

またすぐに同じ音がした。

しかも二回以上続けてだった。

僕はあたりを見まわし、音がしたと思われる方へと視線を向けるとすぐにまた同じ音が連続して耳に入る。

僕は気になってしまい、ゆっくりとそっちの方へ一歩一歩、向かってみる。

暗闇に近い状態のなか、音がした木々が生えている方に視線をむけたまま、歩いて行く。人影は見えない。

それなのに近くで金属の音がするという不可解なことが起き、僕は一人の心ぼそさと恐怖心よりも好奇心が上回ってしまった。

怖いけれども目が離せない。

まるで怖いホラー映画を目の前で流れているのにそれに釘付けになっているかのよう。

木々の間から聞こえるそれは何度も何度も、音がし、段々と激しくなったり、小さくなったりしていた。

僕は震える足で進んでいく。

変な緊張感がじわりと背中に汗をかかせる。

近づくにつれ、金属同士がぶつかりあうような音は大きくなる。

僕は暗闇に目をこらしてみた。

するとそこには一人だけ、暗闇の中にシルエットが見えた。

その人物はキョロキョロと上やすべてを見まわし、手には何か長い棒のような物を手にしていた。

なんだと僕は思いつつ、できる限りその人物の方へと近づく。

ある程度の距離を保っているため、向こうからは見えないが、僕は警戒されるのを恐れ、姿勢を低くする。

さらに目をこらしてみるとその長い棒を手にしていたのは僕と年が変わらなそうな女の子だった。

髪の毛はかなりボサボサになり、茶色く長いロングコートを着ていた。

しかし、詳しく表情が見えない。

突然、女の子が声をあげた。

「出てこい!」

僕は心臓が飛び出そうなくらい驚いた。

彼女は自分に気がついたのだろうかと思った。 実際は違っていた。

突如、彼女の頭上からナイフを手にした人が降ってきた。

顔は狐の仮面で覆われ素顔がわからないが金色の髪の毛だということは目視できた。

「死ね!」

声を発したのはナイフを握る人物と気がついた時には棒を手にした女の子めがけナイフを逆手に持ち、そのまま落ちていく。

僕が危ないと思った時には下にいたコートを着た女の子は勢いよく。体を動かすと、落ちてきた人物に棒の先を勢いよく突き出した。

棒の先が急に光りに包まれると、槍の先みたく鋭くなった。

突き出した切っ先はすでにナイフを落ちてきた人物の体をとらえていた。

予想に反し、落ちてきた人物は空中で猫のように体勢を変え、一回転し、槍のようになった先をかわす。

そして地面に着地すると、地面を一回転し、素早く起き上がり、コートを着た女の子に向かい、ナイフを逆手に持ちつつ突進した。

女の子はそれに槍のようになった棒を構え、迎撃の対処にはかろうとする。

僕でも動きは知っていた。

槍術とかってやつだ。

突進してきた人物に思いっきり、突きを繰り出す女の子。

挑発するようにナイフを手にした人物は槍の当たる寸前でかわすと、一気に女の子と間合いを詰める。

そしてそのまま、フックパンチを繰り出すように、コートの女の子ののど元めがけ、ナイフの軌道を描く。

やばい!

僕はそう思った瞬間、ロングコートの女のこは一瞬で、後ろに体勢を崩し、ナイフの軌道からのど元を外す。

そのまま後ろに倒れるようにしてバック転をしつつ、仮面の人物のナイフを握った手を蹴り上げた。

仮面の人物の手に女の子の足先があたり、手からナイフは横に離れ、空中に舞い上がる。

コートの女の子はすぐに着地すると、そのまま仮面の人物の顔めがけ、槍の先を繰り出した。

仮面の人物は体勢をかがめ、槍の先をかわすと人間とは思えない速さでコートの女の子から方向転換し、ナイフが飛んでいった方向にダッシュした。

飛び込むように落ちていたナイフへ、頭から、突っ込むとナイフを手にし、前転する。

すばやく起き上がるとナイフを構え、コートを着た少女に向き直る。

「すばしっこいやつめ」

コートを着た女の子はそう言うと器用に槍になった棒を操り、仮面の人物向けて構える。

今度はコートを着た女の子が先手を打つように地面を蹴り、駆けだした。

そのまま槍を一回転させ遠心力をつけながら、仮面の人物の顔めがけ振り下ろす。

槍の先は仮面の人物の頬のあたりをとらえていたが、すっと身をかがめ、地面に手をつきながらかわす仮面の人物。

体勢をたて直すと待っていたと言わんばかりに、ナイフをコートの女の子めがけ、投擲する。

ナイフはコートの女の子の心臓めがけ、飛んでいく。

 コートの女の子は体を半分にひねり半身にすると飛んできたナイフをかわし、一気に、仮面の人物と間合いをつめながら、槍を仮面の人物の顔にめがけ、突き出した。

反応した仮面の人物は回避しようと体勢を変ながら半身にするが間に合わずコートの女の子が槍の先端は鼻先に当たる。

当たった瞬間、仮面が吹き飛び、素顔が暴かれた。

目の前にいたのは、金髪の中学生くらいの碧眼の女子。

「あっ!」

僕は思わずあんな子があれだけの激しい動きをしていたなんてと知り、声をあげてしまった。

まずいと思った瞬間、ナイフを持った碧眼の女子がこちらを向いた。

僕は隠れるように身をかがめようとしたが遅かった。

 すでに碧眼金髪少女はコートの女の子から僕に向かい、標的を変えていた。

バッと勢いよく駆け出すとこちらにとんでもない速さで向かってくる。

もう完全にバレていた。

僕はすぐさま逃げようと体を起こし、駆け出そうとした。

横目で碧眼の少女を見た瞬間、彼女はすでに僕の後ろにいた。

そう認識したときには遅く、視界が反転し、地面に後ろから倒されていた。

地面にもろにぶつけた背中が痛いと感じた瞬間には碧眼の少女は僕の腹に馬乗りになり、ナイフを思いっきり振り上げ笑っていた。

こ、殺される。

一言、頭に一瞬よぎり、人生ここまでと思った時だった。

急に、視界の端からコートの女の子が現れ、碧眼の少女の顔に跳び蹴りを食らわせた。

 コートの女の子の足が直で顔にあたり、横に思いっきり吹き飛んでいった。

僕は唖然としながらその光景を見ていた。

コートの女の子は碧眼の少女が吹き飛び、地面を転がるのを確認すると、すぐに僕の方に向き直った。

彼女はジロリと僕を見る。

僕は一瞬、たじろぐ。

彼女はにらみを効かせた表情をすると、口を開いた。

「早く立って!」

「は、はい」

僕は言われるがまま、すぐにたち上がった。

「早く逃げて!」

「えっ?」

「ここから速く逃げて」

彼女はそう叫び、僕の肩を押す。

僕は一瞬よろけながら、彼女のほうを見る。

「さっさとにげなさいって」

コートの女の子は僕に合図をする。

「あっ!」

そのとき僕は彼女の後ろを見て驚いた。

吹っ飛んだ碧眼の少女がゆっくりと身体をゆらゆらさせながら、立ち上がる。

それをみたコートの女の子は眉間に皺を寄せながら言った。

「本当にしつこいやつね」

彼女はすぐに碧眼の少女の方に向き直ると槍を構える。

コートの女の子は振り返ることなく僕に向かって言った。

「ボサッとしてないで逃げて。 今のうちよ」

「あっ、ああ」

僕は一瞬、反応しづらく答えに戸惑ってしまったが、すぐにその場を離れ、走りだそうとした瞬間、後から声が聞こえた。

「この場所を見た奴を逃がすかよ」

僕はビクッとなり、振り返る。

 言葉を発したのはどうやら碧眼の少女だったらしく。

彼女は僕のほうを見ながら、笑っていた。

僕は思わずゾッとした。

純粋な殺意とでもいうのだろうか。

そんなものに当てられ、膝が震えていた。

そう自覚した瞬間、碧眼の少女は駆け出していた。

しかし、それを遮るようにコートの女の子が槍を碧眼の少女に向け振りかぶっていた。

「お前の相手は私だろう!」

「知ったことか、両方とも殺してやる」

碧眼の少女はコートの女の子の妨害にも動じることなく、血走った目をしながら言った。

コートの女の子は碧眼の少女の殺意に動じることなく、間合いを詰め、振り下ろす。

碧眼の少女はどこからともなく、ナイフを出現させ槍をそれで受け流し、コートの女の子に向かい蹴りを繰り出した。

蹴りはコートの女の子のみぞおちにあたり、女の子は後ずさりする。

ひるむことなくコートの女の子は痛みをこらえながら、槍の先を碧眼の少女に向けて突き出した。

碧眼の少女はバック転でヒラリとかわし、すぐに間合いを詰め、少女の心臓めがけ、ナイフを一閃。

しかし、コートの女の子はすぐに槍をうまく利用し、持ち手の近くで碧眼の少女を殴打する。

持ち手のところが、顔にあたり、後ろにのけぞるようになる碧眼の少女。

そのままコートの女の子は片手で少女の頭をつかむと跳躍し、顔に膝蹴りを入れる。

ゴキッと生々しい音が聞こえると少女は空中に浮き上がる。

コートの女の子はそのまま踏み込み、槍を少女の腹に突き刺した。

碧眼の少女はグッとうめき声を漏らしながら、後ろに吹き飛んだ。

地面を転がり、後ろに一回転すると起き上がり、コートの女の子をにらむ。

少女は手で腹を抑えると痛みを我慢した顔をしながら、どこから出したのかわからない野球のボールのような物を取り出し、地面にたたきつけた。

するとその煙が巻きがあり、あたりが真っ白な煙に包まれる。

「な、なんだこれ?」

僕は思わず素っ頓狂な声をあげた。

「ゴホッ、何、これ?」

コートの少女の声らしきものが聞こえた。

煙で視界が悪い中、僕は視界が晴れるのをまちその場から動かないようにした。

思ったよりもすぐに煙りが薄くなり、あたりの視界も開けてくる。

そこにはコートの少女しかおらず、どうやら碧眼の少女は逃げたようだった。

「逃げられたか……」

コートの少女は悔しそうにつぶやくと、あたりを見まわした。

 そして彼女はため息をつくとその場に前のめりに崩れ落ちた。

そしてそのまま地面に顔を付けたまま動かなくなった。

「お、おいっ……」

僕は思わず駆け出し、動かなくなった彼女の近くに寄り、膝をつく。

僕はコートの女の子の肩をつかみ仰向けにし抱きかかえる。

さっきまであれだけ素早い動きをしていたのが信じられないくらいの細さで軽かった。

「おい、大丈夫?」

僕は彼女の肩をつかみ、揺さぶって見るが目をつぶったまま反応がない。

僕は彼女の口元に耳を近づける。

彼女は息をしており、呼吸が聞こえた。

「気絶してるだけかな?」

僕はつぶやき、彼女の顔をまじまじと見た。ボサボサの髪で幼さを残しつつも意思のはっきりとしていそうな感じで、綺麗な顔をしていた。

クラスにいたらきっと人気が出るような感じ。性格はわからないけど。

僕は彼女を抱えたまま、あたりを見まわした。これからどうすればいいのだろうか?

僕は一人盛大にため息をついた。

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