第1話 日常

ジリリリと耳をつんざくような音が聞こえた。

目覚ましが、がなりたてるように鳴っている。僕は気怠い体を動かすことはせず、腕をのばし目覚ましのボタンに手をかけた。

目覚ましのベルが停まり、僕はそのまま枕に顔を埋める。

すると次にスマートフォンの時刻アラームがけたたましく鳴り出した。

ここでようやく僕はゆっくりと体を起こし、

机の上においたスマートフォンを止めに動いた。

ぼーっとする頭の中でさっき見ていた夢の断片をリピートしていた。

まるで映画予告の断片を見ているようでよくわからなかった。

ぶっちゃけた話、内容も覚えていない。

なんだか悲しいようなよくわからない感覚だったことだけは確か。

映画や、テレビの見過ぎだろうかと僕は眠たい頭で考えながら、早く起きろと騒ぎ立てているスマートフォンの時刻アラームを止めた。日常なんてそんな簡単に変わる訳じゃない。

なにか壮大な物語のように大きな変化があって、ころころと変わっていくわけじゃない。

そういう性格の人間ならば、そういう人生を送るのだろうけれど、僕は消極的な人間でしかなくルーティンを重ねるに至る。

うらやましいとかそういう気持ちはないけど、そこまで期待をしなくなったところは事実。

僕はなんてどうでもいいことを考えながら、自分の部屋を出て階段を降りていく。

僕の両親はこの家にはいない。

両親はどこか海外、もしくは国内のどこかにいる。

連絡はするけれど、顔を見るのは本当に半年に一回か、二回くらいだ。

だからこの家には僕一人で住んでいる。

 この年でマイホームを持ったような気分になる。

まぁ、気分だけで、実際はそうじゃない訳で。階段を降りると、居間近くのキッチンの方からトントンと包丁を使う音が聞こえてきた。

ふとそちらを向くと一人の女性が料理に励んでいた。

「あっ、コウくん、おはよう」

彼女は気がついたのか、こちらに顔を向け、言った。

「おはよう、楓姉さん」

僕も彼女に挨拶をする。

目の前で料理している女性は島村楓。

彼女は僕が生まれた時から知っている近所のお姉さんだ。

僕の両親と彼女の両親が仲がよく、よくお互いの家を行き来していた。

何かと小さい頃から面倒を見てもらい、僕は愛称を込めて楓姉さんと呼んでいる。

 楓姉さんは何かとこの家に両親が不在なのを知っていて、よくご飯を作りに来てくれている。

僕は両親がいないため、冷凍食品などで済ませてしまうことが多く、楓姉さんはそれをよく思っていないということも作りに来てくれる要因なんだとか。

なにしろ年頃の高校生に料理を作ってくれるのは本当にありがたい。

「あれ? 楓姉さん、仕事じゃないの?」

「今日は夜勤明け。 一仕事終わらせてきたの」

楓姉さんはさわやかに笑うと、手元の鍋を見て、お玉で中身をすくい、自身の口に運ぶ。「うん。 味は大丈夫」

楓姉さんは満足げに頷くとお玉をおき、僕に向き直った。

「コウくん、もうそろそろご飯できるから学校へ行く準備先にしたら?」

「お言葉に甘えてそうさせていただきます」

僕はそう伝え、自分の部屋に戻ることにした。 制服に着替え、居間に戻るとテーブルには焼いた魚に白いご飯と味噌汁というベターでいて定番な料理が並べられていた。

サラダも並べられ、栄養のことも考えてくれてるメニュー内容だと思う。

僕はテーブルに着くとキッチンでまだ洗い物などの片付けをしている楓姉さんに向き直る。「楓姉さん、ありがとう」

「どうしたの礼なんて?」

楓姉さんは口元を緩ませながら言った。

「いや、別になんとなく言っただけ」

僕は少し、気恥ずかしさから言葉を濁した。「そう口にしてくれるのは嬉しいことよ」

楓姉さんは微笑みながら言った。

「そうなの?」

「だって、なかなかいえないことじゃない。

ましてや自分の家族のような人に言われたらね。でも御礼と感謝の言葉って魔法みたいよね。言われて嫌な気分なんてしないし」

楓姉さんはしみじみと言うと洗い物などの片付けを再開した。

言われて見ればその通りだ。

嫌な気持ちがしないし、不思議な感じだ。

「魔法か・・・・・・」

僕はなんとなくつぶやいた。

だがそれ以上気にすることなく目の前にある味噌汁の入ったお椀を手に取りすすった。

楓姉さんが作ってくれた料理を食べながら、テレビのリモコンをとり、テレビをつけると朝のニュースが今日の天気を伝えていた。

学校に向かうまではまだ時間がある。

僕は料理に手を付けながら、ニュースを見ていた。

『では次のニュースです。 昨夜、○○○県◎◎◎町で男性が全身に切り傷があり、出血状態で発見されました。男性は近くを通りかかった住人によって発見され、病院に搬送されましたが、数時間後に死亡が確認されました。病院によると男性は免許などの身元を証明する物の他、所持金などを所持しておらず身元不明とのことです。 男性の身元を調べるとともに事件の疑いがあるとして警察による捜査が始まるとのことです。 では次のニュースです』

どうやら隣街で起きた事件らしく、何度か通りかかったところが映し出されていた。

身元不明だから男性の顔写真は当然、映し出されなかった。

「あ、今のニュースの男性、うちの病院に運ばれてきたわよ」

洗い物を終えた楓姉さんは手に自分で入れたコーヒーを持ちながら椅子に腰かける。

「本当に?」

僕は思わず驚いて、吹き出しかけた。

「うん。 あそこの近くの病院だと緊急事態に対応できる設備が乏しいから重傷はうちに運ばれてくるんだけど。 私は直接見た訳じゃないけど、緊急治療室にいる同期の子に聞いたらひどい感じだったみたいよ」

「ひどいって?」

「ニュースでも言ってたけど全身、切り傷だらけで、もう顔とかもわからないくらいズタズタで出血もかなりひどいようだったみたい」

楓姉さんは体を身震いさせる。

「それにその男性、運ばれた時は生きてたんだって。 かなり出血してたのに息してるのが不思議なくらいだって」

「どうして助からなかったの?」

「結局、出血多量で亡くなったみたい。 後ちょっと早ければ助かったかもしれないのにね。 あと、なんでも意味不明な言葉をつぶやいてたらしいわよ」

「意味不明な言葉?」

「なんでも『パンドラの箱を開けさせるな』って」

「パンドラの箱? それって神話に登場するこの世のすべての災いが詰まった箱ってやつじゃなかったかな」

「私も詳しくは知らないわよ。でもその男性はうわごとのように死ぬまで言ってたみたい。後、『ミキ』って誰かの名前もつぶやいていたみたい」

「『ミキ』…………」

僕はその名前を反復していた。

なにか引っかかるような感覚にとらわれ、まるで魔術にかけられたように思考がそれに関して興味を惹かれていく。

けどそれは時間がたてば徐々に消えていく。

気にしないように僕は心がける。

「友達によれば、こういう人が運び込まれてくるのは日常茶飯事だから気にかける程度でもないらしいけど」

「すごいね、その友達」

僕は感嘆として楓姉さんに言った。

楓姉さんがこうして作りに来てくれているおかげで一人、寂しくしなくてすんでいる。

それはとてもありがたいことだった。

僕は楓姉さんが作ってくれた朝ご飯をすべて平らげ、使用した食器をキッチンに運び、学校へといく準備をした。

 時刻はすでに七時を過ぎていた。

「じゃあ、行ってくるね」

僕は鞄を持つと居間のソファでくつろぐ楓姉さんに言った。

「うん、いってらっしゃい」

楓姉さんは手をあげて微笑むと言った。

僕は玄関へと向かい、靴をローファーを履く。何も言わずにドアを開け、外に出る。

鍵は持っているが、楓姉さんが僕の自宅にいるときは鍵はあえてかけないようにしている。不用心と言われればそれまでだけど、楓姉さんを信頼しているからだ。

 家を出てバス停へと向かう。

僕の家は山岳の中腹に作られた住宅街にある。そこからは山よりも巨大なタワービルがいくつも立ち並ぶのが見える。

この街の名前は「五星市」と呼ばれ、海岸線にそって元々、街があったが、土地を拡張するにあたり海上に土地を作った。

なんでも外国の街を模して造ったらしい。

そこには街が創られ、ビルが建てられた。

この街を別名、五星ウォーターフロントと呼ぶらしい。

これもすべて小学生の時にならったこの街の歴史。

僕はぼんやりと思い出しながら、バス停へととぼとぼと歩いていく。

「よっ、コウ!」

声がしたと同時に僕の肩に重みがかかる。

振り返るとそこには石垣タケルがいた。

彼は中学からの友人で、きっかけはわからないがなんだが馬が合うやつだった。

「タケル、びっくりしたよ」

「ごめんごめん。 なんだかボーッとしてたからさ」

タケルは屈託のない笑顔で答えた。

「しかし、暑いよな。 こんな熱い中、登校しなきゃならないのは最悪だよ」

タケルは空を見ながら言った。

今の季節は夏で本来、高校は休みなのだが、学力をあげたい希望の一年生に向けて授業とは別に補習授業を行っていた。

 僕と彼はそれにこれから参加しようとしていた。

「暑いのがなけりゃ、文句はないけどさ」

「確かにね」

僕は彼に答え、空を仰ぐ。

青い空には入道雲が浮かぶ。

「今朝のニュースみたか?」

「もしかしてあのズタズタに傷をつけた男性の話?」

「違う、違う。 それじゃなくてセントラルタワーの話」

「セントラルタワーはわかるけど、それがどうしたの?」

僕はその話がわからず、タケルに聞き返した。セントラルタワーは五星ウォーターフロントの真ん中にたっている一番、大きいビル。

高層三百近くあり、この国でも有数の高層ビルだ。

「セントラルタワーの中に、あの有名な六菱って企業が入るらしいぜ」

「へぇ、六菱って有名なの?」

僕はまたここでタケルに聞いた。

彼はそういう金が動くことに興味があるらしく、高校生にしてビジネスなど情報に関して敏感だった。

「六菱って言ったら、すごいところじゃないか。 俺たちの使う日用品とか、車、工業関係、医療関係いろいろと取り扱う会社だぜ。 それに社長の六菱憲二郞はこの国の出身なのに世界でも超がつくほどの有名人で一代で会社を立ち上げて、わずか数年で他の会社を買って、世界進出できるくらい大きくしたんだぜ。 コウ、テレビとかで見たことあるだろ」

「うーん、基本的にあんまり僕はテレビを見ないからな……」

話を聞いてる限りではすごく強欲な人物なんだろうと勝手に想像してしまった。

「マジかよ! じゃあ、普段、お前何してるの?」

「えっ? 本読んでるけど」

「紙の本か?」

「そうだよ」

タケルは歩きながら額に手を当て、信じられないと首を横にふる。

「なんてアナログな。他の生徒もネットにつなげた拡張現実で資料やら本、読んでるぜ。今時、本物の本を読んでいるやつなんて珍しいぜ」

タケルは僕を見ながら言った。

「そうかな。 電子書籍だと読んだ気がしないんだよ」

「お前、本当に変わってるよな」

タケルはそう言うとクツクツと笑った。

無邪気に笑いながら話すのは彼の専売特許と言ってもいいだろう。

彼と話す時間はなんとなく面白い。

 僕と彼は時間があればしょっちゅう話している。

平凡かもしれないが、この変わらない日常が続けばいいと僕はささやかに思っている。

そんな中身のない会話を楽しみながらバス停につくと先に停留していたバスに二人、乗り込んだ。

このバスも古く、今では珍しいガソリンを使ったバスで、僕や僕の父が生まれる前から走っているそうだ。

バスに揺られ、高校へと向かっていると、窓からは五星ウォーターフロントに立ち並ぶ、巨大なビルたちの頭が次々と、見えてくる。その中でもやはりセントラルタワーは目を見張るほどかなりの大きさだった。

何百枚ものガラスが表面にあり、夏の太陽の日差しを反射させていた。

まるでそれはこの街を見下ろし番人をしている無口な巨人のように僕は思えた。

 なんてことをタケルが話す横で考えていた。 僕の通う高校はこの五星市のなかでも一番古いみたいで、校舎も最近のような建物ではなく、古いデザインの校舎で山の上の方にあるため、景色は最高なのだが、何せ不便だった。

補習授業は午前中で終わるため、そのためだけに来るのは少し骨が折れることだった。

「あー、終わった」

タケルは気怠そうに、背伸びをすると隣に座る僕のほうを見る。

補習授業が終わり、他の生徒が教室を後にしているなか、僕とタケルは残っていた。

「なぁ、コウ。この後はバイトか?」

「うん。 僕はこれからバイトだよ。タケルはどこか遊びにでも行くのかい?」

僕はこの街の本屋でバイトをしていた。

通う高校の校則はそこまで厳しくなく、割と自由な感じだった。

「なんだ。 暇だったら、一緒に『リコリーズ』に行こうと思ってたのに」

タケルは残念そうに顔をゆがめる。

『リコリーズ』は街の商店街の外れにある、寂れたカフェだった。

チェーン店のコーヒーショップに比べ、寂れた外装とは裏腹に安い値段で本格的なコーヒーが飲めるため、人気の店だった。

学生には少し、高いがおしゃれということで利用する生徒は他校にもいた。

「ごめんよ。 今度また誘ってよ。 夏休み中なら時間はあるからさ」

「そうだな。 補習がある期間は会うからな。あとは連絡を入れておくよ」

僕は席を立つと教室を後にしようとする。

「じゃあ、また明日な」

タケルはひらひらと手を振る。

「ああ。 じゃあ、また明日」

僕は手をあげ、タケルに手を振り、教室を後にした。

夏でも顔を併せているため、なんだか不思議な感覚ではあるが、二学期も変わらないのだろう。

僕はこの他愛もない日常が続くことが何より

の願いだった。

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