Lv.6 魚介祭り(後)

 ルルカさんの部屋を出たあたしは、会社へと向かいました。貝殻は、既に昨日のうちに仕分けして、企画班のミズノさんに預けてあるのだそうです。


「おはようございまーす」


 あたしが企画班の班室に入ると、ミズノさんも「おはようございます」と、落ち着いた声で返してくれました。

 ミズノさんは、大きな丸メガネをかけていて、とてもまじめな女の人です。測定結果も、企画班の中で最も正確だと言われています。


「ルルカさんに言われて来たんですけど」


「ああ、部屋に寄ってきたのね。出社した頃を見計らって、こっちから呼びに行こうと思っていたんだけど」


 ちなみに、ルルカさんはお休みだそうです。あの様子では、仕事になりそうにないですからね。


「こっちの袋に入っている貝殻を、粉にしてほしいんだけど」


「わかりました」


 粉にしてほしい分の貝殻は、あらかじめ強度の高い袋に入れてくれてあるようです。

 あたしは手元に風を発生させると、袋の中に風の渦を投げ込みました。それからすぐに、袋の口を閉めます。

 袋の中で、貝殻がバキバキという、すごい音を立てています。あたしもミズノさんも慣れているので、特に驚いたりはしません。

 やがて音は小さくなり、ザラザラという砂利のような音から、サラサラという砂の音へと変わっていきました。


「できましたよ」


「ありがとうございます」


 ミズノさんは袋を開けると、中身を確認しました。


「うん、さすがね。均等に、粉になってる」


「この粉は、どこかに持っていくんですか?」


「第3栽培場に持っていくのよ。もう、素材班には依頼書を提出してあるから、誰かが持っていってくれると思うんだけど」


「あー、それ。俺とリー坊で持ってきます」


 振り返ると、出入り口にシド様が立っていました。依頼書を、ヒラヒラと振っています。


「そうなの。じゃあ、よろしくね」


「了解です」


 シド様は部屋の中に入ってくると、「よっ」と言って、袋を持ち上げました。粉といっても元は貝殻なので、ちょっと重そうです。


「荷車は、シズルさんが用意しにいってくれてる。行くぞ、リー坊」


「わかりました」


 シド様がいなかったのは、たった数日だけのはずです。それなのに、なんだか組むのが久し振りのように思います。

 シズルさんが用意してくれた荷車に袋を乗せると、第3栽培場へと向かいました。第3栽培場は、街からは少し離れた場所にあります。他の栽培場に比べると面積が小さくて、花を専門に扱っています。

 つまり、虫が多いんです。


「あの、シド様。あたし、外で待ってても良いですよね?」


「ん? まあ、構わねえけど」


 シド様は理由を聞くことなく、了承してくれました。これで、一安心です。


「ところで。シド様は、ご実家で何をされてたんですか?」


 特に興味は無いんですけど、道中ずっと無言というのも微妙なので、話を振ってみます。


「何って。祭りの手伝いだけど」


 特に隠すこともないようで、すんなりと答えてくれました。


「お祭りですか」


「ああ。ご先祖様のな」


「ご先祖様のお祭りですか?」


 それは、珍しいように思います。お祭りを行うのは、神様関係とばかり思っていました。


「うちのご先祖様は、ちょっと特別なんだ」


「それは、古の勇者的なものでしょうか?」


 あたしは、先日会った古の勇者の末裔さんのことを思い出しながら聞いてみました。


「ああ、そんなところだな」


「じゃあ、シド様も興奮すると、光ったりするんですか?」


「なんだそれ?」


 怪訝そうに眉を寄せるシド様に、あたしはラウルさんのことを話しました。シド様は興味津々といったように、時折相槌を打ちながら聞いてくれました。


「へえ。そいつは変わった奴だな。ちょっと会ってみたかったな」


「装備を作りたくなったら、また来ると思いますけどね」


「だと良いな。仲間みたいなもんだし」


「仲間、ですか」


「ああ。俺、古の剣士の末裔だから」


「古のなんちゃらって、その辺にいるものなんですね」


 古のなんちゃらの末裔と聞くと、なんだか凄そうに思うんですけど。これだけ気軽に会ってしまうと、なんだか期待外れというか、価値が下がってしまうというか。


「拍子抜けしちゃいましたけど。まあ、だからシド様は人並み以上に強いんだということは、納得がいきました」


「否定はしないが、俺だって、ちゃんと稽古はしてるんだからな?」


「知ってますよ」


 お休みの日に長距離を走っていたり、剣を振っているところを見かけたことがあります。寮でも、消灯時間までの間、筋肉づくりを欠かさないとシュウ君から聞いたことがあります。


「なら、いい。だいたい、俺が末裔ってことは、姉ちゃん達もみんな末裔ってことになるからな」


「言われてみれば、そうですね。ていうか、お姉さんがいるんですね」


「ああ。姉ちゃん2人と、弟と妹が1人ずつ」


「結構な大家族ですね」


「だな。祭りの時は、夜にかがり火を焚いて剣舞を披露するんだが。村の中で、俺が1番うまいから、毎年帰ってこいって言われるんだよ」


「なるほど」


 シド様の舞いは、見たことがありません。ですが、戦っている時も無駄な動きはないので、きっと所作が綺麗なのでしょう。


「ちょっと見てみたいかもです」


「じゃあ、来年は来るか?」


「行っても良いんですか?」


「べつに、秘密でもなんでもねえし。今年だって、学校の自由研究とかで見学に来てる奴もいたしな」


「それは、海の幸も飽きるほどに食べることができる?」


「そうだな」


 想像しただけで、よだれが止まらなくなりそうです。


「行きます、行きますっ。絶対に行きますから、ちゃんと誘ってくださいよっ」


「わかった、わかった。ちゃんと誘ってやるから、とりあえず落ち着け。着いたぞ」


 気が付くと、既に目の前に第3栽培場がありました。興奮しすぎて、すっかりお仕事のことを忘れてしまっていました。

 この舞い上がる気持ちがあれば、なんでもできそうな気がします。


「今なら、虫も平気だと思いますっ」


「そうか? じゃあ、中入るか」


「はいっ」


 シド様は袋を持って、あたしは依頼書を持って。いざ、第3栽培場に足を踏み入れました。

 勢いだけでは、虫を克服することはできませんでした。

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