Lv.6 魚介祭り(前)

 実家から、シド様が戻ってきました。

 お土産に、大量の海の幸を持って。

 素材班も、周りの部署も目を輝かせました。

 もちろん、あたしも大喜びです。

 さっそく火をつけて、魚介祭りが開催されました。


「毎週、実家に帰ってくれねえかなあ」


 入社して初めて、社長と意見が合いました。


 ◆◆◆


「海のお魚は、おいしいですねえ」


 口いっぱいに焼き魚を頬張って、あたしはご満悦です。川魚もおいしいんですけど、海のお魚は歯ごたえも味も、また違うんですよね。


「そう言って、さっきから魚と貝しか食ってねえじゃねえか。エビは良いのか?」


 シド様はトングで尾頭付きのエビを挟むと、あたしに突きつけてきました。あたしは途端に、1歩後ろに下がります。


「大丈夫です。遠慮しておきます」


「まさか、これもダメなのか?」


 シド様はエビの足を摘まむと、伸ばしたり曲げたりを繰り返します。あたしの背中に、ゾゾゾッと何かが走っていきました。


「あし、むり、です」


 消え入りそうな声で答えると、シド様はエビを網の上に戻してくれました。


「うまいのにな。じゃあ、これなら良いだろ?」


 そう言って、シド様はあたしのお皿にタコの足を乗せてくれました。


「ありがとうございます」


「ん。せっかく持ってきたんだから、満足するまで食えよ」


 あたしが頷くと、シド様は再びエビを掴んで、シュウ君のところへ行ってしまいました。


「タコ、おいしい」


 シド様は、海産物は実家で食べ飽きたとかで、今日は焼き係に徹するんだそうです。食べ飽きたとか、なんという贅沢者なんでしょう。


「毎日、食べたい」


 でも、シド様がいないのは、やっぱりちょっと寂しいかもしれません。なので、実家に帰ってもらうのは1ヵ月に1回でも良いかな、とか思います。


「幸せだな。これなら、毎日でも良いな」


 あたしと同じような感想を漏らしているのは、アルトさんです。アルトさんも鉱山近くの山間部出身なので、海産物は珍しいのかもしれません。

 アルトさんと2人で幸せを嚙みしめていると、散々シュウ君の世話を焼いてきたシド様が戻ってきました。


「アルトさん、食ってるか?」


「ああ、もちろん。ありがたく頂戴してるよ」


「アルトさんには、特別にもう1個、土産があるんすよ」


 シド様はポケットから、小箱を取り出しました。手のひらに乗っても余裕があるほど小さな箱です。受け取ったアルトさんは、さっそく小箱を開きました。


「おっ、こりゃまた上質な真珠じゃないか。良いのか?」


「アルトさんなら、役立ててくれるでしょ」


「ああ、任せとけ。これぞって客の装備にしてやるよ」


 アルトさんは小箱をポケットにしまうと、エビの殻を捨てにいきました。ごみ箱は、貝殻とその他のもので区分けされています。


「どうして、貝殻だけ別なんでしょうか?」


「さあな。ルルカさんの指示でそうなってるらしいが。あんな調子じゃ、聞いたところで、まともな返事は聞けそうにねえな」


 シド様の目線を追ってみると、その先にルルカさんとマキナさんがいました。マキナさんは、いつもと変わらないように見えます。対して、ルルカさんは、すっかりできあがっているようです。大きな樽型の器を片手に、大笑いをしています。


「意外と酒癖悪いんだよな、ルルカさん」


 ルルカさんは器を机の上に置くと、シュウ君を抱え込んで、頭を撫で始めました。顔を真っ赤にしたシュウ君は、幸せそうに見えます。

 しかし、そう見えたのも束の間の事でした。徐々に、苦悶の表情へと変わっていきます。


「いたっ。痛いですっ。そんな力入れたら、はげちゃいますよっ」


 ルルカさんの撫でる力は、相当強いみたいです。マキナさんは助ける気が無いようで、さっさとシズルさんの近くに移動してしまいました。


「シド様も、やられたことがあるんですか?」


「歓迎会でな。あれ以来、飲み会の席じゃ、なるべく近づかないようにしてる。俺は、シュウみたいな性癖持ち合わせてないからな」


 

 悲鳴を上げているシュウ君は、苦しそうに顔を歪めながらも、口は笑っているように見えます。


「本気で嫌がってりゃ、さすがにマキナさんも助けに入るが。幸せそうなんだよな、あいつ」


「ですね」


 シュウ君の心は、私達にはとても理解しがたいもののようです。

 翌日になってから、あたしは寮にあるルルカさんの部屋を訪ねました。


「貝殻の使い道? あ、いたたた」


 ルルカさんは頭を抱えながらも、あたしを部屋に入れてくれました。ルルカさんの部屋は意外にも、『乙女の部屋』と呼ぶのがふさわしいような、そんな内装をしています。


「あの。やっぱり、出直しますけど」


 あたしの申し出に、桃色のソファに気だるげに身を預けたルルカさんは、手を振って否定しました。


「いい、いい。ただの二日酔いだから、気にしないで。お願いしたいこともあるし」


「お願い?」


「そう。とりあえず、座って」


 あたしは勧められるがままに、ルルカさんと向かい合わせに座りました。

 黄色のレースのカーテンに、細かいガラスがいくつも垂れ下がった照明。お薬を飲んだのでしょう。ローテーブルの上に、頭痛薬の袋とグラスに入った水が置かれています。グラスには、赤や黄色の丸が、下から上へと浮き上がる気泡のように描かれています。

 そんな中で、部屋の角に置かれた奇妙な木彫りの置物だけが、異彩を放っています。遠い島国の部族の男を模したもので、マキナさんのお土産なんだそうです。


「貝殻の使い道って、色々あるのよ。削ってボタンにしたり、螺鈿細工といって、あの箱みたいに装飾したりね」


 ルルカさんの指さす先には、サイドテーブルがあります。黒い小箱が置いてあって、その側面は光を弾く何かで覆われているようです。


「帰る時に、角度を変えながら見てみると良いわ。結構、綺麗なのよ」


 ルルカさんは水を飲むと、ふうっと息を吐きました。


「水質改善にも使えるし、粉にして土壌改善や肥料にも使えるの」


「粉、ですか」


 ルルカさんのお願いが何か、分かりました。


「私がやるんですね」


「そういうことね。理解が速くて、助かるわ」


 ルルカさんは、にっこりと笑いました。

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