Lv.5 クジャク石の服(結)

 魔物と戦いつつ麻袋いっぱいに石を集めて馬車に戻る頃には、夜が明けていました。洞穴の中も明るかったんですけど、やっぱり朝日は眩しいです。


「お帰り。朝ごはん、食べるかい?」


 シズルさんが、神様に見えます。


「やったー。食べます、食べます」


 お仕事の後のシズルさんのご飯は、いつも身に沁みます。贈り物は、ちょっと値の張る物にしないと罰が当たるってもんです。

 鳥の香草焼きを頬張るあたしを、アルトさんは信じられないものを見るような目で見てきます。


「徹夜……しかも、あれだけ魔物と戦った後で、よく食べられるね」


「慣れてますんで。アルトさんだって、鉱脈によく行くんですから慣れてますよね?」


「僕達は、なるべく戦闘は避けてるよ? なんで自ら進んで、魔物に突っ込んでいくんだか」


 アルトさんは、あたしと同じように肉にかじりついているラウルさんを見ました。


「それには同感ですが、回復するには食べるのが1番ですよ? 食は、体力と魔力の資本ですから」


「その通りね。ところで、この香草、良いものを使っているのね」


 マキナさんは、シズルさんと香草談義に入ってしまいました。


「僕は、先に寝かせてもらうよ」


 そう言うと、アルトさんはあくびをしながら荷台に入っていってしまいました。

 残されたアルトさんの分の香草焼きを物欲しげに眺めていると、笑い声が聞こえてきました。振り返ると、ラウルさんが笑いながら香草焼きを差し出しています。


「そんなに欲しいなら、僕のを一つ分けてあげるよ」


「ほんとですか? ありがとうございます」


 遠慮なんてしません。素直に香草焼きに手を伸ばすと、大口でかじりつきました。


「小柄なのに、よく食べるね。それだけ魔力を消費してるってことだろうけど。君は、魔法を使う時に、いっさい詠唱を行わないよね?」


「そうですね。あたしには必要ないので」


「君こそ、何者だい?」


「ただの会社員ですよ」


 あたしは、にんまりと笑いました。ラウルさんは、肩をすくめます。


「まあ、そういうことにしておいてあげようかな」


 朝食を終えたあたし達は、会社へと帰ることにしました。あたしとラウルさんは仮眠を取るために荷台に乗りましたが、マキナさんは香草談義の続きをするために御者台に座ることにしたみたいです。

 眠りに落ちるまで、マキナさんとシズルさんの声が、ぼそぼそと聞こえていました。


   ◆◆◆


 会社に着くと、既にルルカさんとミナイさんが、応接室で待っていました。服飾部門の責任者であるミナイさんがいることで、今回は服を作るのだということが分かります。

 ミナイさんは麻袋の中身を確認すると、満足そうに頷きました。


「染料にするんですか?」


「ううん。今回は、繊維に絡めようと思ってるのよ」


「繊維に絡める?」


「そう。リオンちゃんのケープは、紅玉と黄玉を染料にして染め上げているの。これでも十分に抗魔法の効果はあるんだけど、石の粒子がより多く残っている方が効果も上がるんじゃないかって、ラウルさんから提案されたのよ」


「あなた達が洞穴に行っている間に、うちの班とミナイで試作品をいくつか作ってみたの。結果から言うと、うまくいきそうだわ。今から早速、作業に取り掛かるから、あなた達は寮に戻って休んできてちょうだい。ラウルさんも、部屋を用意したので、よろしければどうぞ」


 ルルカさんが鍵を差し出すと、ラウルさんは笑顔で受け取りました。


「ありがたく使わせてもらうよ。ところで、その布のことなんだけど、同時にリボンを作ることはできないかな?」


「厚手になってしまいますが、構いませんか? それに、追加料金をいただくことになりますけど」


 ミナイさんの問いに、ラウルさんは頷きました。


「良い品であれば、喜んで払うさ。僕は、太古の勇者の末裔だからね」


 やっぱりラウルさんは、太古の勇者の末裔と言えばなんでも通ると思っているようです。「はあ、そうですか」と応じたミナイさんは、ちょっと引き気味です。


「それでは、ラウルさん。お部屋まで、ご案内いたします」


 ルルカさんとラウルさんは、応接室を出ていきました。


「じゃあ、僕も休ませてもらおうかな」


「わたしは一旦、家に帰るよ」


 アルトさんとシズルさんも、出ていってしまいました。シズルさんの奥さんの機嫌が、ちょっと心配です。


「それじゃ、私達も休みましょうか」


「そうですね」


 マキナさんに続いて出ていこうとするあたしの服を、ミナイさんが引っ張って止めました。


「待って、リオンちゃん。寮に戻る前に、これ粉々にしていって」


 あたしは、麻袋を見下ろしました。


「はい。わかりました」


 きっとあたしは、みんなから便利道具と思われているに違いありません。平和な方向に魔力を使う分には、一向に構わないんですけどね。

 あたしはミナイさんが納得いく大きさまで石を割ってから、寮へと戻りました。それはもう、ぐっすりと寝ましたとも。慣れているからといって、疲れないわけではありませんからね。

 依頼の品が完成したのは、2日後のことでした。ミナイさん達は2日間、ほぼ徹夜だったようです。やつれた顔で、完成品を机の上に広げました。


「染色したものより色が薄くて分かりづらいですが、全体的にクジャク石を繊維に絡めてあります。襟や折り返し袖には染色した糸を使い、ご依頼通りの図面を織っています」


 あたしは襟を見て、目を丸くしました。


「これって、図面というより」


「そう。古の言葉だよ。ひたすら聖霊達を言祝ぐ内容になっているんだ。こうすることで、あらゆる加護を受けることができるからね。それから、これ」


 ラウルさんは追加で依頼したリボンを、あたしに差し出しました。


「お近付きになれた印に、君にあげるよ。杖に結んでおけば、更に魔力が高まるはずだ」


 ルルカさんは「あらあら」と言って、ニヤニヤと笑っています。でも、そういった類のお近付きとは違う気がします。


「ありがとうございます。と言っても、お返しできるものがありませんが」


「いいよ。次に依頼に来た時に、また付き合ってもらえれば、ね」


 ラウルさんは人差し指で、あたしの鼻の頭をちょんっと触りました。


「それじゃあ、僕は、これで。助かったよ。ありがとう」


 あたしにイラっとさせて、ラウルさんは去っていきました。


「できることなら、もう来ないで欲しいです」


「うーん。でも、あいつ上客なのよね」


 いったい、いくら払っていったのか。気にはなるものの、考えないことにしました。

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