Lv.5 クジャク石の服(転)
結局、あたし達は馬車に乗って、常緑洞穴に向かうことになりました。
ちなみに今日は、御者台に座っているシズルさんの奥さんの誕生日なんだそうです。帰りは、奥さんの好きなものを買っていこうと考えていたっていうんですから、とんだ災難です。
「後で、私達からも何か送りましょうか」
「そうですね」
マキナさんの提案に、あたしも賛同しました。馬を操るシズルさんの両肩は下がってしまっていて、見ていて、とてもかわいそうです。
あたしが魔法で馬車を操れたら良かったんですが、魔力温存を言い渡されてしまいました。それに、洞穴は狭くて馬車が入れないので、あたし達が中にいる間の留守番役も必要だったんです。
思わず、諸悪の根源を見てしまいました。
「なんだい?」
諸悪の根源は、倉庫の奥にしまわれていた毛織物の絨毯や綿の入った敷布を荷台の一部に敷き詰めて、優雅に寝そべっています。おかげで、あたし達は荷物に囲まれて窮屈ったらないです。今回は野営になりそうなので、荷物を下ろすわけにもいきません。
「いえ、べつに」
魔力温存を言い渡されていなければ今頃、空を飛んでいるのに。
魔物の巣そのもの、と言われる洞穴は本来、一般市民は立ち入り禁止と定められています。あたし達は、会社が国から許可を得ているため、立ち入ることが可能です。諸悪の根源は一般市民ですが、あたし達が護衛を務めることで特別に立ち入ることができるんです。
もっとも、見張りがいるわけではないので、誰でも立ち入ろうと思えば立ち入れるんですけど。
「おおっ。本当に、すべてが緑色なんだねっ」
洞穴に入るなり、諸悪の根源は興奮のあまり、発光しています。魔物に見つかりやすそうなので、できれば止めてほしいものです。体質なんで、止めようがないんでしょうけど。
「ここは、クジャク石の大鉱脈なんです。周囲の岩も、その影響を受けて緑がかっています。そこにヒカリゴケが付き、常時、緑色に輝いている、というわけです」
「魔法石は、魔法使いの助けにもなりますが、魔物の好物でもあります。そのため、魔法石の鉱脈には魔物が住み着きやすいんです」
「なるほどねー」
アルトさんとあたしの説明に、諸悪の根源は適当に相槌を打ちながら岩壁を触っています。
「ちゃんと聞いてます? 奥に行けば行くほど、強い魔物がいるんですよ? お城の研究者さん達でさえ、最奥までは調べることができていないんです」
「だーいじょうぶ。ちゃんと聞いてるし、今回はそんなに奥まで入るつもりはないよ。みんなの力量は把握できているつもりだし、無理だってしない。僕は、太古の勇者の末裔だからねっ」
振り向いた諸悪の根源は、あたしに向かって片目を瞑ります。太古の勇者の末裔と言えば、なんでも通ると思っているんでしょうか。
アルトさんは思案気に眉を寄せると、足元の石を拾いました。
「そうは言っても、狙う結晶の大きさによっては、奥まで行く必要がありますよ? 入り口近くは比較的安全なので、ほぼ掘り尽くしてしまいましたし。ほら、こんな屑石しか残されていないんです」
アルトさんの手のひらに乗っているのは、小指の爪くらいの大きさの緑色の石です。割って見せてくれた中身は、更に鮮やかな緑の輝きを放っています。
「ああ。今回は、実験的なものだから。それくらいの大きさで構わないよ。ただし、この麻袋1枚分の量が要るそうなんだ」
そう言って諸悪の根源が取り出したのは、頭がすっぽり入ってしまいそうなほど大きな袋でした。
「結構な大きさですね」
「それくらい集めようと思うと、もう少し奥に行った方が良いでしょうね」
アルトさんの助言に、あたし達は更に奥へと入っていきます。奥へ入れば入るほど、洞穴は狭くなっていきます。といっても、1人ずつ縦に並べば楽に歩ける程の幅と高さはあるんですけど。
「へえ。思っていた以上に大きな洞穴だね」
諸悪の根源も、感心したように声を漏らしています。
「大昔は、水が流れていたんですって」
マキナさんが教えてくれますが、本人は洞穴よりもクジャク石よりもヒカリゴケが気になっているみたいです。たまに苔に触れたり、名残惜しそうに通り過ぎた壁を振り返り見たりしています。
「それは、ものすごい大河だったのだろうね……おっと」
魔物が現れました。ウサギのような愛らしい外見をしていますが、口を開ければ牙がびっしりと生えています。しかも、数が多いです。1匹であれば小物なんですけど。
「これはまた、結構な群れだね」
諸悪の根源は、ゆかいそうに魔物の群れを眺めています。
「いや。感心してないで、後ろに下がっていてもらえますか? 邪魔なんで」
マキナさんと位置を入れ替わり、杖を構えるあたしの前に、諸悪の根源が腕を出して制止してきます。
「見物するのも良いけど。ここは、僕に任せてもらえないだろうか」
「諸悪の根源さんに?」
つい、口が滑ってしまいました。慌てて口を塞ぎますが、もう遅いです。
当の本人は、嫌な顔一つしていませんが。
「それ、僕のこと? それも愉快な呼び方で良いけど、一応『ラウル』っていう輝かしい名前があるんだよ。覚えてくれると嬉しいな」
ラウルさんは片目を瞑ると、改めて魔物の群れと向き合いました。
「僕は、太古の勇者の末裔だからね。これくらいなら造作も無いよ」
そう言うと、ラウルさんは左手を自身の棟に当てて、右手は緩やかに上げました。
そして、なんと歌いだしたんです。
「う、歌?」
最後尾から、アルトさんの戸惑い混じりの声が聞こえてきます。
あたしは、歌うという行為よりも、歌詞に驚いていました。現代に生きる人の多くが忘れ去ってしまった言葉だったんです。
歌うラウルさんを中心に、いくつもの光の波紋ができあがり、広がっていきます。波紋に振れた魔物達は、次々に塵となって消えていったのです。
「なんだか、浄化されているように見える」
マキナさんが、ぽつりと呟きました。
歌が終わると光の波紋も生まれることがなくなり、辺りは静かな緑色の洞穴へと姿を戻していきました。
「どうだい、僕の歌は? なかなかに、すごいだろう?」
ラウルさんは、あたし達を見て誇らしげに笑いました。
「あの歌詞……あなた、何者なんですか?」
真っ直ぐに見上げると、ラウルさんはくすりと笑って、人差し指であたしの花の頭をちょんっと触りました。
「だから、何度も言ってるじゃないか。太古の勇者の末裔、だよ」
イラっとしました。
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