Lv.5 クジャク石の服(承)

「ただいま、戻った……ああ、まだマキナとリー坊しか戻ってないのか」


「ねえ、奥の光って何だか知ってる?」


 帰ってきたのは、シズルさんとアルトさんです。アルトさんは眼鏡をくいっと上げながら、廊下を振り返っています。


「気になりますよね? あたし達も今、戻ってきたばっかりなんで知らないんですよ。シズルさんとアルトさんも、お茶飲みますか?」


「ああ、頼む」


「お願いするよ」


 2人は、それぞれ自分の席に座りました。シズルさんは、ふうっと息を吐いて、肩をほぐしています。アルトさんは机の上に、手のひら大の石を置きました。


「綺麗な石ですね。これも、魔法石ですか?」


 あたしはシズルさんとマキナさんにお茶を出した後、アルトさんにも出しながら声を掛けました。


「そう。紅玉の亜種だね」


 赤い宝石は透明度がものすごく高くて、覗き込んでいると飲み込まれる錯覚に陥るほどです。不純物を一切含んでいません。


「依頼主は、碧玉の方が相性が良かったみたいでね。こっちは不要だから、あげるって」


「それはまた、太っ腹な依頼主さんですね」


 魔法石も、買えば高いんです。純度が高ければ高い程、お値段も上がります。もっとも、魔法使いでなければ用が無いものですし、魔法使いであっても石との相性があるんですけど。


「まあ、その代わりに碧玉の値段を下げたんだけどね。で、これをどうしようかと思ってたんだけど。割るのも、もったいないし。リオンちゃんは、使えそう?」


「うーん。あたしは、地元の水晶が1番相性が良いんで」


 あたしは、自分の杖を見ました。杖には、紫色の水晶が付いています。地元の山で採れた石です。村の人達はみんな、この石を使います。


「ああ。地元のものが良いって言う人は、少なくないからね。まあ、おいおい考えようかな」


 アルトさんは、引き出しに魔法石をしまってしまいました。この部屋では、貴重な物であっても、とりあえず引き出しに入れてしまう人が多いんです。


「アルトさんは、今日はもう外には出ないんですか?」


「今日はね。明日は、朝早くから研磨の視察に……」


 急に、勢いよく戸が開いて、アルトさんの言葉が途切れました。


「ちょうど良かった。アルトッ」


 入ってきたのはルルカさんと、謎の光です。


「ええと、何か用ですか?」


 くいっと眼鏡を上げるアルトさんは、ぱっと見ただけなら冷静に見えます。でも、傍でよく見ると、目が泳いでいます。嫌な予感しかしていないんでしょう。


「用なら、大ありよ。こいつ……いや、この人を常緑洞穴に案内してほしいの」


「あ、この光、人だったんですね」


「おや? これは失礼。興奮のあまり、つい発光してしまったようだ」


 男性の声と共に、徐々に光が薄れていきます。中から現れたのは、いかにも気取ってますって感じの優男でした。


「僕は、太古の勇者の末裔でね。先祖返りのおかげで、興奮すると光ってしまうんだよ」


「それはまた、特異な体質ですね」


 どういう体質だ、と思いますが、魔法も魔物も存在する世の中です。おかしな体質の一つや二つ、あっても不思議ではありません。


「ところで、常緑洞穴って言いました?」


「ああ、言ったとも。この女性がね」


 自称太古の勇者の末裔さんが、ルルカさんを指さします。ルルカさんは頭を押さえて、ため息を吐きました。


「常緑洞穴は、魔物の巣そのものですよ? 人が気軽に入って良い所ではありません」


 たとえ魔王がいなくなったとしても、完全に魔物が消えるわけではありません。街中やその周辺では魔物を見なくなるので、多くの人達が勘違いしているだけです。ただ、生息地が極端に狭くなるというだけなんです。

 魔王との闘い。魔物との縄張り争い、と言い換えても良いかもしれません。


「そんな怖い顔をしないで、許してあげておくれよ。僕が依頼したために、仕方なく言ったことなんだ」


「んなこた、分かってるっつうんですよ」


「あたしちゃん。この人、一応、お客さん」


 イライラしているあたしをマキナさんが宥めてくれますが、マキナさんの言い方も大概です。


「常緑洞穴というと、欲しい素材はクジャク石、ですか?」


「その通りっ」


 言い当てたアルトさんを、一応お客はその場で回転してから大振りで指さします。


「数ある魔法石の中でも、クジャク石は最高位にほど近いと言われているじゃないか。僕を飾るには、ぴったりだと思わないかい?」


「どんなに石が良くても、相性ってもんがあるんですけど」


 あたしの言葉に、一応お客は「ちっ、ちっ」と指を横に振りました。


「心配ご無用さ。なんて言っても、僕は太古の勇者の末裔だからね。似合わない石なんて無いの……」


「てことだから、みんなで行ってきてくれる?」


 さり気なく一応お客の言葉を切ったルルカさんに対して、マキナさんが顔をしかめました。


「私達、まだ行くところがあるんだけど」


「それは、代わりに誰かに行かせるから。ご・え・い。よろしくね」


 ルルカさんは、片目を瞑りました。特に、あたしの方を見ている気がします。

 お客さんの中には素材にこだわりを持つ人がいて、自分で見つけに行きたいという人が一定数います。その時、あたし達はお客さんの護衛として、素材探しのお手伝いをするんです……するんですけど。

 今、ここに、盾がいないんです。シド様という盾が。


「お客さんを護衛すること自体は珍しくないですけど。シド様いないのに魔物の巣に行くなんて無理ですよ」


 見回してみても、接近戦をできそうな人がいません。

 ルルカさんは、アルトさんを見て首を傾げました。


「鉱脈は魔物の巣でもあるんでしょ? アルトなら、慣れてるんじゃないの?」


「いつもは、もうちょっと多い人数で向かいますよ。僕自身は、こん棒で殴るくらいしかできません」


「うん。それで良いから、とにかく行ってきて」


 アルトさんの頼りにならない発言に、有無を言わさないルルカさん。


『シド様、早く帰ってきて』


 そう、割と本気で願いました。

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