Lv.5 クジャク石の服(起)

 隕石によって魔王は倒れ、世界に平和が訪れました。

 『い・ん・せ・き』によって魔王は倒れ、世界に平和が訪れました。

 大切な事ですので、2度言わせてもらいました。

 朝日は明るく輝き、肌寒い中でも鳥達が軽やかに歌っています。

 道行く人々の表情も明るく、通りは活気で溢れています。


「はあ。なんで、隕石なんかが魔王に直撃しちまったんだ……」


 社内の、極めて一部分だけが暗くなってますけど。


 ◆◆◆


 今日は、事務仕事をちょちょいっと片付けた後、マキナさんと一緒に第1号栽培場に来ています。先日依頼した植物の成長具合の確認と、薬草採取のためです。


「この前貰った植物なら、うまくいってるよ。これなら、量産も可能だろうね」


 レテンさんの案内で、植物を確認します。栽培場の中でも、なるべく山に近付けた環境で育成されているようです。マキナさんは単子葉植物の前にしゃがみ込むと、茎に触れたり葉っぱを軽く裏返したりと、細やかに確認していきます。


「自然のものより少し色が薄いけど、茎がしっかりしてるし、状態も良さそうね。蔓の方も問題無さそう。両方とも持ち帰って、計測に掛けてみても良いかしら?」


 素材や製品の計測は企画班が行って、記録を付けています。けれど、植物に関しては、マキナさん自らも記録を取っています。手元に資料を残しておいた方が、後々助かるんだそうです。


「もちろん。うちの育成記録表の写しも持っていくかい?」


 栽培場でも、記録を残す決まりとなっています。マキナさんは、嬉しそうにほほ笑みました。


「ありがとう。助かる」


 マキナさんは怒ると怖いですけど、普段はしっとり美人さんです。冷静で、表情を変えることも、そんなに多くありません。そんな人が、嬉しそうにしているからでしょう。マキナさんを見慣れているはずのレテンさんの顔が、少し赤くなっています。


「いや、いいんだ。それより、薬草の採取もしていくんだろう?」


「ええ。薬剤局から、今日中に持ってくるように依頼が来ていて」


 マキナさんは、次々と薬草の名前を告げていきます。それを聞いて、レテンさんは眉をひそめました。


「痛み止めに抗炎症剤、化膿止めに使われるものばかりだね。魔王は倒れたんじゃなかったのかい?」


「倒れましたよ。あたし達の目の前で」


 正確には、潰されたんですけど。


「お城で、強化訓練が行われるみたい。また、同じようなことが起こった時に、対処できないと困るでしょう?」


「確かになあ」


 レテンさんの指示に従って、栽培場の中を歩きます。素材班であっても、勝手に歩き回ることは許されていません。


「そういえば、魔王が現れてから虫が増えたって言ってましたよね? 今は、どうです?」


「ありがたいことに、害虫が減って助かってるよ。それに」


 レテンさんは近くの葉っぱに触れると、振り返りました。その顔は、良い点数が取れた子供のように嬉しそうです。


「益虫が増えたんだ」


 あたしの目の前に、黒い丸が付いた丸っこい虫を突きつけられました。


「ひっ……」


 悲鳴を最小限に抑えたことと気絶しなかったことを、褒めてもらっても良いと思います。


「この虫は、茎に群がるにっくき虫を食べてくれるんだよ」


 レテンさんは、虫に頬ずりしそうな勢いです。一見しただけではシュウ君と同類に見えますが、愛するのは益虫だけで素材にしようともしないところが違います。

 あたしには、どちらも気違いに見えますけど。

 レテンさんが益虫について熱く語っている間、マキナさんはあたしの背中をずっと擦っていてくれました。


「なんか、どっと疲れました」


 御者台の上で、あたしは大きく息を吐きました。御者台と言っても、馬や牛を操っているわけではありません。この荷馬車には、動物が付けられていません。魔法で操っているんです。


「薬剤局に届け終えたら、おいしいものでも食べに行きましょうか。特別に、おごってあげる」


「ほんとですかっ?」


 あたしは目を輝かせながら、荷台にいるマキナさんを振り返りました。マキナさんは籠の中身を確認する手を止めて、「前、前」と指さします。あたしは慌てて、顔を前に戻しました。


「たまにはね。みんなには、内緒にしておいて」


「わかりましたっ」


 あたしは鼻歌を歌いながら、荷馬車を操ります。荷台から、「ちょっと、あたしちゃん。速いっ」という苦情が飛んできました。


   ◆◆◆


 『さすが、マキナさんが通うお店!』ってくらい、味も見た目も完璧なご飯をいただいた後、あたし達は会社へと戻りました。


「ただいま、戻りまし、た?」


 様子のおかしさに、あたしはつい動きを止めてしまいました。

 廊下の突き当り。薄っすらと開いた戸の隙間から、よく分からない光が漏れています。廊下の突き当りの部屋といえば、個人のお客さんをお通しする応接室だったと思うのですが。


「なんですか、あの光?」


 マキナさんに尋ねますが、今、一緒に帰ってきたんです。分かるはずもなく、「さあ」と首を傾げるばかりです。


「とりあえず、班室に入りましょう。邪魔してもいけないから」


「そうですね」


 あたしとマキナさんは、廊下の右側にある素材班の班室に入りました。

 部屋の中は、閑散としています。シド様は用があるとかで実家に帰ってますし、他のみんなもそれぞれに仕事を抱えていて出払っています。

 魔王が倒れた後も、会社は意外と暇にはなっていません。一時的にでも魔王が現れたことで、みんなの意識が変わったんでしょう。平和になってもなお、武器や防具が売れているんです。


「静かですねー」


「そうね。私達も、1時間もしたら、また出ないといけないけど」


 マキナさんは机の上にある書類の束から、1枚の依頼書を取り出しました。


「次は、紙を受け取りに行くんでしたっけ? その前に、お茶、飲みませんか?」


「そうね。いただこうかしら」


 マキナさんは引き出しから植物の記録帳を取り出すと、書き付け始めました。栽培場で見たことを、忘れないうちに書き留めているんでしょう。

 マキナさんが筆記具を走らせている間に、あたしはお茶の用意をします。素材班の班室に置いてあるお茶は、マキナさんのお手製です。何種類かあるんですが、どれも良い香りがします。


「ここのところ忙しいので、気持ちを落ち着ける香りにしようと思うんですけど?」


「良いわよ」


 マキナさんが顔を上げたところで、部屋の戸が開きました。

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