Lv.2 草の鎧(後)
炭と鉄を乗せた荷車は重いようです。シド様は、ひいひい言いながら荷車を引いています。
「だから、手伝いましょうか? って聞いたんですよ」
これも修行になるからって断られたんですけど。
「すいませんでしたって言ったら、手伝ってあげなくもないで」
「すいませんでした」
「早っ」
自尊心は、どこへ行ってしまったのでしょう。いや、最初から無いのかもしれません。仕方が無いので荷物が軽くなる魔法を掛けると、「おお、軽い、軽い」と足取りが軽やかになりました。
製鉄所は、炭の製作場の近所にあるので、大荷物を引いたまま街中を突っ切らなければなりません。素材班が通るのはいつものことなので、街の人達もいちいち注目したりはしませんけど。
通りすがりの公園では、鍋を頭に被った人達が竹槍を持って「やあ、やあ」と騒いでいました。
「何してるんでしょう?」
「訓練だろ」
「訓練?」
「魔物退治の」
「あれでですかっ!?」
よく見ても、頭に被っているのは鍋です。武器は、竹槍を持った人と包丁を持った人が半々くらい。包丁を持った人は、逆の手に鍋の蓋を持っています。
「いやいやいや。あんな装備じゃ、いくら訓練したところで死んじゃいますって」
「それでも、戦わなきゃいけない理由があるんだろ。いや、違うな。守りたいものがあるんだ」
「でも、死んじゃったら守れませんよ?」
「だから、俺達がなるべく死なない装備を作るんだろ」
「そう、ですね」
入社して2年。あたしは、肝心なことが分かっていなかったかもしれません。
事務所に戻っても、まだ話し合いは続いていました。進展していないわけじゃなくて、これから測定に入るようです。いくつかある候補の中から、より良いものを選び出す作業で、これも企画班の仕事の一つとなっています。
「私も手伝ってくるけど、みんなはもう帰って。測定が終わってからが、あなた達の出番だから。今のうちに、ゆっくり休んでおいて」
マキナさんの言葉で、素材班は解散となりました。
あたしは、会社の敷地内にある食堂へと向かいました。片手でも食べられるものを何品か作ってもらうと、事務所に戻ってシュウ君に声を掛けました。
「これ、夜食です。みんなで食べてください。頭回らないと効率下がりますから」
「うん。ありがとう」
シュウ君は、既に疲れた顔をしています。
「大変ですね」
「うん。でも、楽しくもあるんだ。正直、社長があんなだから、入ったこと後悔してたんだけど。今は、やりがいを感じてる」
「そうですか。がんばってくださいね」
「リオンちゃんこそ。素材集め、がんばって」
あたしはシュウ君と別れると、食堂でご飯を食べてから、真っ直ぐ寮へと帰りました。今はゆっくり休んで、いつでも動ける状態にしておくことも仕事の一つです。
それから経つこと2日。素材班に仕事が回ってきました。集めるものは、草。草。そして、草です。
「マキナさんは休んでてください」
「いいえ。行く。私が見極めたいの」
明らかに寝不足のマキナさんは、ふらつきながらも素材集めに参加することになりました。責任とか色々あるのでしょうが、1番には植物への情熱でしょう。
「これが終わったら、植物に詳しい人、もう1人入れた方が良いと思いますけど」
「同感だが、社長がなんて言うかねぇ」
あたしとシズルさんが小声で話している間にも、マキナさんは先頭を切って出発しようとします。とりあえず、マキナさんには馬車の荷台で仮眠を取ってもらうことにしました。現場に着いたら起こさないと、絶対に雷が落ちるやつです。
「今回は草だけじゃなくて、種も取るのか?」
今日のシド様は、馬に乗っています。行きだけでも、荷台をマキナさん1人で使ってもらおうという配慮です。
「はい。栽培場で育てられないか検討してみるそうですよ。成功して量産体制に入ることができれば、安価に幅広く売ることができますから」
「そりゃ、良いな。胴周りを守れるだけでも違う」
公園で訓練している人達を見て以来、ずっと気に掛けているみたいです。あたしも、栽培が成功したら良いな、と思いながら飛び続けました。
今回の採取場所は、シジュウカラにほど近い北の森の中です。他の場所にも、数人ずつに班分けされた素材班達が向かっているはずです。目的地に着くと、さっそくマキナさんを起こしました。まだ、ちょっと眠そうです。
「まず、見本の草を刈るから、ちょっと待ってね」
指示する時は、あくび混じり。草を刈る時も、ふらついています。それでも、なんとか採取ができたみたいです。
「はい、これが見本。蔓は、つなぎ目に。幅の広い単子葉植物は、表面に。細いのは裏側に。樹液は、表面の補強に使う予定」
「分かりました。全力で集めてきます。それが、素材班の仕事ですから」
「よく言った。行くぞ、リー坊。マキナさんは、休み休みにしてください」
「ありがとう」
シド様は、背負い籠を背負って。あたしは、浮かせて。
さあ、行こうって時に限って、邪魔者は現れます。
「なんなんですか。お呼びじゃないんですけど」
邪魔者は、体が亀。頭は蛇。手足は熊。異形の魔物です。
「あなたのおうちは、もっと奥でしょう? お帰りなさい?」
やっぱり眠いんでしょう。マキナさんは、魔物相手に説得を始めました。当然のことながら、聞くわけがありません。「ウガーッ」と吠えるだけです。
「マキナさんは、下がっててください」
あたしはマキナさんの前に出ると、杖の頭を魔物に向けました。
「邪魔だっつうんですよっ」
杖につけられた魔法石が、金色に輝きます。バリッという弾ける音がしたかと思うと、魔物の頭上に太い稲妻が大きな音と共に落ちました。魔物は崩れ落ち、手足は痺れ、指先が何度も跳ねています。
「シド様っ」
「おうよ」
シド様は一気に魔物との距離を詰めると、脳天に剣を振り下ろしました。一撃を受けた魔物は、塵となって消えてしまいます。どういう原理なのか分かりませんが、死んだ魔物の形が残ることはありません。
「魔物の巣より、かなり手前ですよね? やっぱり、魔王が現れた影響でしょうか?」
「かもしれねーな。街の方まで来なきゃいいが」
「思ったより早く、量産体制を築く必要がありそうね」
あたし達は顔を見合わせると、神妙な面持ちで頷きました。
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