Lv.1 花の髪飾り(後)

「て、ことがあったんです」


「なるほどね。とりあえず、布包みの正体は分かった」


 馬車に揺られながら説明すると、マキナさんは頷きました。

 あたし達は今、マキナさんが持ち帰った依頼をこなすため、モズ山を目指しているところです。なんでも、薬剤局で化膿止めと解熱剤に使う薬草が不足してしまったんだとか。平和な時代であっても薬剤局だけは変わらず大忙しです。


「出掛けついでに、これを置いてもらえる店を探して来いってことね。相変わらず、人使いが荒いんだから」


 マキナさんは、ふうっと息を吐きました。あたしが皆まで言わなくても、ちゃんとルルカさんの本心を見抜いています。さすがは同期、といったところでしょうか。


「とりあえず、薬草を採取する方が先。山なんかに店なんて無いんだから、遠回りしないと」


 何だかんだ、ルルカさんの望みも叶えてくれるようです。


「なあ、マキナさん。なんで、山なんだ? 栽培場には無かったのか?」


「まあね。山に行けば、ついでに他の薬草も摘めるかもしれないし」


 きっと、後者が本心なんでしょう。そのために後輩2人と御者を連れてくるんですから、ルルカさんとは似た者同士って感じです。

 心なしかわくわくして見えるマキナさんと、あたし達を乗せて、荷馬車は山道を進みます。あまり乗り心地は良くないんですが、配属されて2年も経つと慣れてくるものです。

 ただ、空模様が気になります。山の天気は変わりやすいので、尚のことです。


「曇ってきちゃいましたね」


「そうね。早めに切り上げた方が良いかも」


 マキナさんの答えもむなしく、大雨に降られてしまいました。もっとも、『早め』という言葉とは裏腹に、それはもう、しっかりじっくり丁寧に。マキナさんは薬草を採取していましたけど。

 全身びしょ濡れになってしまったあたし達は、シズルさんの記憶を頼りに、温泉宿に立ち寄ることにしました。


「ふわー。さっぱりしました」


 体が冷えてましたから、ぽかぽかの温泉は身に染みました。ヤギの乳を一気飲み。うん、おいしいです。ついでに、背も伸びてくれると良いんですけど。


「良かったですね。シズルさんの記憶の通りに温泉宿があって」


「本当に。おかげで助かったわ」


 山の中の温泉宿は、ちょっと暗いですけど静かで落ち着くところです。魔王がいた時代は冒険者さんで溢れていたそうなんですが、今は都会に住む人々が静けさを求めて泊まりにくるのだそうです。


「今日は、あたし達以外にお客さんはいないんですか?」


 器を回収しに来てくれた女の子に尋ねます。女の子は、肩をびくりと震わせました。


「は、はい。おきゃくさまだけです」


「そうなんですか。ところで、さっきから、これ、見てますよね?」


 あたしは笑顔で、髪飾りを指さしました。女の子は慌てて頭を下げます。


「す、すいません。かわいくて、つい」


「うんうん。かわいいですよね? あげましょうか?」


「えっ?」


 目を丸くする女の子に、あたしが付けていた髪飾りを差し出しました。


「お部屋に戻ればまだあるので、新しい方が良ければ後でお渡ししますけど」


「いえ、これでいいです。や、じゃなくて、いいんですか?」


「はい。これ、実は、これから売り出すところなんです。あなたが髪飾りを付けて、一所懸命にお客さんの相手をしてくれれば良い宣伝にもなりますので」


 女の子は10歳前後ってところですが、商売人の娘さんなので意味は分かるでしょう。「そういうことでしたら」と、彼女は頷きました。


「ありがとうございます。がんばって、はたらきますね」


 器を回収した女の子は、嬉しそうに小走りで廊下を戻っていきました。


「やるじゃない、あたしちゃん」


 マキナさんに褒められて、あたしもご満悦ってもんです。ちなみに、マキナさんの呼び方は独特なものがあって、誰にでもこんな感じで悪気はありません。


「さて、汗を流した後は、ご飯ね。何が出るのか、楽しみね」


「お魚が出たら嬉しいです。新鮮であれば川魚でも構いません」


 魚料理を想像して、心はわくわくうきうきです。そんな幸せ気分をぶっ壊す輩が現れるとは、思いもよりませんでした。

 派手に壊れる音。上がる悲鳴。間違いなく、非常事態です。


「行ってみましょう」


 マキナさんが走り出すので、あたしも魔法で浮いて後を追いかけます。走るの苦手なので。


「バッタ君。何が、あったの?」


 現場には既に、シド様が到着していました。お風呂上りのためか、丸腰です。


「魔物が現れた」


「魔物?」


 ここは、人が住む世界。魔物の巣は、もっと山の奥の奥のはずです。ですが、女の子を片手に抱えるその姿は、まごうことなき魔物でした。クマと狼を掛け合わせたような、そんな魔物です。


「なんで、こんなとこにいるんです? ていうか、シド様、剣は?」


「今、シズルさんが取りに行ってくれてる」


 シド様は凄腕の剣士ですが、剣が無ければ運動神経が良いただの人です。マキナさんは弓が扱えますが、今日は持ってきていません。

 今も、女の子は大泣きし、宿屋のご主人も泣き叫んでいます。ここは、唯一攻撃手段を持つ、あたしの出番です。


「ご主人さん、すいません。危ないので、どいてください」


 魔法に巻き込むわけにもいきません。でも、冷静さを欠いているご主人がどいてくれる気配はありません。その間にも、時間は過ぎていきます。

 仕方がありません。ご主人も巻き込みましょう。

 そう決意したのですが時遅く、魔物は無情にも女の子の頭に、人の頭以上に大きな拳を振り下ろしました。


「あ、やりすぎたかも」


 あたしがそう呟いた瞬間に、女の子の頭に挿された髪飾りが砕け散りました。と同時に、魔物も塵となって消えてしまいました。支えを失った女の子は地に落ちようとしましたが、間一髪のところでシド様が受け止めることに成功しました。


「おまえの魔法は、えぐ過ぎる」


 髪飾りには、おまじない以上の魔法が掛かってしまっていたのです。装備とするなら申し分ないんですけど。

 宿屋のご主人も、「これのおかげで助かったから」と受付の一角に髪飾りを置いてくれることになりましたし。結果的には良かったってことで。


「魔物の巣以外のところに、魔物が現れるだなんて」


 マキナさんが、ため息混じりに呟きます。そっちの方が、大問題です。


「偶然なら良いんですけどね」


「そういえば、社長がまた神頼みしに行ったらしいぞ? 『魔王が現れ、世の中が荒れますように』って」


「……全力で阻止しに行きましょう」


 あたし達は、帰りに最強と言われる神社に寄ることにしました。

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