トッテンカン工房ーあなたの装備、お作りしますー

朝羽岬

Lv.1 花の髪飾り(前)

 たとえば今、あなたの目の前に魔物が現れたとしたら?

 武器があれば、戦うことができるでしょう。

 防具があれば、攻撃を防ぐことができるかもしれません。

 でも、そんなもの、誰が作っているのかって?

 おまかせください! トッテンカン工房が、冒険者さん達の安心安全をお届けしますよ。


「あーあ。魔王の1人や2人、現れてくれねーかなー」


 ま、まあ、社長は、おかしなことを言う人ですけど。


 ◆◆◆


 ノノトリの第2都市・シジュウカラの郊外に、トッテンカン工房はあります。

 特注品は、職人さんが腕に寄りをかけ、素材もこだわり抜いたものを。量産品は、まあ、それなりに。

 鋼の武器を打つ時に、『トッテンカン』って聞こえることが会社名の由来です。

 冒険者さん用の武器や防具、道具を主に作っていて、国内生産の約7割から8割を占めているという、ちょっとすごい会社……だったんですが。

 今は平和な時代。人と魔物は住み分けされ、武器や防具はあまり売れません。なので職人さん達も、ナイフや鉈、かばんや靴を作って生計を立てています。

 あたし達、素材班は、その名の通り素材を準備することが仕事です。


「ハルカ鹿の皮、3頭分」


「あるぞ」


 あたしが読み上げると、馬車の上からシド様の返事が返ってきます。シド様はあたしの先輩です。なんでシド『様』かと言えば、配属されて早々に「シド様と呼べ」と寒いことを言ったからです。


「角と骨、1頭分ずつ」


「おう」


「ルタ猪の牙、2頭分」


「それも、あるぞ」


「よし。全部、揃っていますね。それでは、出発しましょう。シズルさん、お願いします」


「はいよ」


 シズルさんも、あたしの大先輩です。荷馬車の御者や整備を任されています。シズルさんが旅先で作ってくれるご飯は、最高においしいんですよ。

 あたしが荷台に飛び乗ると、荷馬車はゆっくりと動き出しました。


「ありがとうございましたー」


 あたしが第2養殖場のマチ主任に大きく手を振ると、マチ主任も振り返してくれました。


「いやー、今日ものどかですね」


「そうだな。眠くなってきた」


 シド様は、器用に荷物を避けて横になりました。

 徐々に遠ざかる、動物達の鳴き声。風に揺れる草や葉のさざめき。隣りから聞こえるシド様の寝息。シズルさんの調子っぱずれの鼻歌。

 就職したての時こそ、聞いていた話とかけ離れていて驚きましたけど。嫌いじゃないです。こういう、のんびりしてるの。


「あたしも眠くなっちゃいました」


 大きなあくびを一つ。シド様が邪魔で横にはなれないので、荷物を背もたれ代わりに。

 シズルさんが起こしてくれるまで、うとうとして。寝ぼけ眼で、職人さんに素材を引き渡して。素材班の班室に帰るんです。これで給料を貰えるんですから、最高ですよね。


「ただいま、戻りました……て、あれ?」


「なんで、ルルカさんが?」


 班室に戻ると、待っていたのは素材班の人達ではありませんでした。


「おかえりなさーい」


 笑顔で手を振っているのは、企画班のルルカさんです。まあ、企画班の班室は廊下を挟んで向かい側ですし、ルルカさんがこっちの室内にいること自体は珍しくないんですけど。いつもは大抵、素材班の誰かがいます。


「ずーっと待ってたのよ、リオンちゃんを」


「あたしですか?」


 珍しいこともあるものです。ルルカさんが来る時は、同期のマキナさんに用があることがほとんどですから。


「そう。ちょっと、これを見てくれる?」


 そう言って、広げられた布包みから出てきたものに、あたしは目を輝かせました。きらきらと輝く大輪の花だったんです。


「綺麗ですっ」


「でしょう? 本物の花を、樹脂で加工してみたのよ」


 持ち上げて見てみると、なるほど。透明で艶やかな膜で、花びらが覆われています。


「これにね、魔法をかけて欲しいの」


「魔法、ですか?」


「そう。がっちがちの装備品は売れないけど、おまじないが掛けられた装飾品だったら女の子受けするかなーと思って。宝石でも考えたんだけど、物によっては値が張っちゃうからね。うちの栽培場で賄えるものにしてみたってわけ」


 企画班は、製品を考えるのが主な仕事です。測定なんかもやってます。社長も呪詛を吐いちゃうような時代の中、売れる物を発案していかなければならない大変な部署なんです。


「良いと思いますよ。私も好きです。こういうの」


「ふふっ。良かった。でね。簡単な魔法を掛けて欲しいのよ。まだ試作の段階だし、何でも良いわ」


「何でもですかー」


 正直に言うと、何でも良いというのが1番困ります。あたしが得意な魔法は攻撃系ばかりなので余計にです。

 それに、ルルカさんのことです。何でも良いと言いつつも、ちゃんと装備にも使える方向で話を持っていくに違いありません。『なるべく死なせない』が、ルルカさんとマキナさんの根っこにありますから。

 うーん、と考えること数分。一つ、故郷にあった物を思い出しました。


「では、こういうのはどうですか?」


 あたしは魔法をちょちょいと組み合わせて、花の一つに掛けました。


「シド様。これを持ってみてもらえます?」


「いいぞ。こうか?」


 誰も、頭に挿せとは言ってないのですが。顔は良い方のはずですが、あまりの似合わなさに逆に驚きです。


「そこから動かないでくださいね?」


 あたしは目の前に、人の頭ほどもある氷のつぶてを作り出しました。


「おいっ。何する気だっ?」


「動かないっ」


「……はい」


 顔を引きつらせながらも直立不動になったシド様に、氷の礫を魔法の力で押し出します。氷はシド様に当たる前に、塵となって消えました。と同時に、シド様の頭に挿してあった花飾りも、ぱんっという音と共に散ってしまいました。


「どうです?」


「身代わり守り?」


 ルルカさんの問いに、「その通りです」と頷きます。


「持ち主に危機が迫った時に、一度だけ身代わりとなって禍を引き受けてくれるんです。立派な装備品にもなりますし、散ってしまったら、また買ってくれますよ?」


 あたしの言葉に、ルルカさんは感心したように笑いました。


「なるほどね。採用するわ。でも、よく思いついたわね」


「あたしの故郷に、身代わり人形ってお人形があるんですよ。それは、禍を引き受けると首が落ちるんですけど」


「な、なんだか独特な人形ね……」


 なぜか、シド様もルルカさんも口元を引きつらせています。あたしは、首を傾げました。

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