殺し屋x
@satou9
依頼人k
「お名前は、上林光毅さん。48歳男性。妻の美奈さんとは光毅さんが26歳、美奈さんが23歳のときに結婚。現在は、長女の葵さんと、次女の日向さんの4人で暮らしている____家族構成は、言った通りでよろしいでしょうか」
「はい」ハンカチで、額の汗を拭った。10月だというのに、やけに暑かった。
「続いて、勤務会社の確認に移ります」
遂にきてしまった。上林光毅は、緊張しているような、自分の行いに抵抗を感じているような、複雑な顔を浮かべた。目の前の、自分の個人情報を話している女を見る。整った顔立ちをしていた。黒のスラックスに紺のスーツ姿の彼女は、どことなく塾講師を想像させた。ボブカットだからか、時折目に落ちかかってくる髪の毛を煩わしそうに耳にかけている。先程女から貰った名刺には、芥子菜藍、と書かれていた。
少し奥の、長い足を組んで座っている男を見る。こちらも端正な顔立ちだったが、男の目を見て驚いた。彼の目は琥珀色だった。上林は、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて目を逸らした。黒い髪の毛とは対照的なアンバーの瞳は、奇しくも魅力的なものがあった。
上林と芥子菜は対面するようにして座っていた。少し奥では男が無表情で話を聞いている。部屋は刑事ドラマにでてくる取り調べ室のような作りで、圧迫感があった。机と、その上に乗っているボールペン、そして椅子以外にはなにもない、殺風景な部屋だ。
その後も芥子菜の質問に答えていく。事前に「違いがあれば教えてほしい」と言われていたが、一寸の間違いもないので、ひたすら頷くことしかできなかった。芥子菜が読み終えたプリントをテーブルに置く度、上林は大きく深呼吸をした。契約のときが、近づいている。
「___以上で、本人確認は終了です。間違いがなければ、ここにサインを」
芥子菜が、バインダーと、それに挟まれた紙を渡してきた。バインダーの品質が、日向がよく買ってくる百均の品物とあまり変わらないように感じて、少し疑問に思った。1枚目には、注意事項と、サインを書く欄があった。注意事項には、
・他人にこの場所を話さないこと
・契約を結んだことを周りに伝えないこと
・依頼中の事故について、一切の責任をとらないこと、といったことが書かれていた。
テーブルの上にはボールペンが置かれていた。こちらは黒と金の装飾が施された滑らかな肢体で、一万円は下らないだろうと上林は思った。事項の隣には四角い空欄がある。上林は空欄の全てにチェックマークをしていった。2枚目以降は、芥子菜が先程まで読んでいた自分の個人情報について書いてある。
それらを確認した後、上林はサインを1枚目に書いた。契約の成立に対する喜びと疑問、そして恐怖が頭の中で混ざり合っている___どうして彼女は自分に関する個人情報の全てを知っているのか___だが、考えても無駄だと思い、彼は思考を止めた。
バインダーから顔を上げ、芥子菜は少し微笑んだ。
「契約完了です。1週間後、上林美奈さんの殺害が完了する予定です。遺体はどちらに送りとどけますか?」
「…私の、家にお願いします」また、汗を拭った。今度は、暑さが原因ではなかった。
殺し屋x @satou9
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