生活費を稼ぐのじゃ ─お銀視点─

 季節は既に夏真っ盛りじゃ。家の外では蝉が盛んに鳴いておる。日差しは強烈で空調の効いた涼しい室内であっても直射日光を浴びると暑い。梅雨はとうの昔に過ぎ去ったが、湿気の代わりに籠もるような熱気が肌にまとわりついてたまらん。

 そんな中、わしと美尾は居間でくつろぎながら先日のことを振り返っておった。


「ううむ、金の板の件は失敗してしもうたの」

「そやけど、どうにかしたいなぁ」


 両替商ならぬ銀行とやらに持ち込めば換金できるとばかり考えておったが、今の世ではそう簡単にいかんらしい。


「もうお銀ちゃんがこの家に取り憑いたらええんと違うのん?」

「む、まぁの」


 わしは狐姿の美尾から微妙に視線を逸らせて言葉を濁す。


「お銀ちゃん?」

「いやまぁ、もう別に取り憑いてもいいかな、とは思うておるんじゃよ? ただ、今まで他の家に取り憑くことにこだわっておったから、何というか、今更言いにくいんじゃよ」

「そんなん気にせんでもええと思うんやけどなぁ」

「歳を取ると、ついつまらぬ意地を張ってしまうんじゃ。わかっていてもな」


 いや本当に難儀じゃよなぁ。こういうときは、若い奴や柔軟に対応できる奴が羨ましく思うぞ、まったく。


「でも、来月から義隆は働き口がなくなるんやろ? どうすんねやろ?」

「お雪が晩秋までずっと働き続けるようにするとは言っておったの」


 金の板の件があって以来、生活費に関する話にわしと美尾も参加するようになった。また裏で色々とやらかされるのは困るからだそうな。

 それはともかく、以前話し合ったときに、来月からどうするのかということが話題になった。大学や専門学校の授業というものは八月と九月に休みとなるので、義隆は収入がほぼなくなってしまう。そこで、お雪が山に上がる晩秋まで毎日一日中働くことになったんじゃ。もちろん相手のあることじゃからそう都合良く働けるとは限らん。しかし、少なくともできるだけ働くことにはなっておる。


「でも、うちらの面倒をあんまり見んでもようなったんは、二人にとってええことやね」

「わしらに手間を割くとそのまま稼ぎが減ってしまうしの」


 わしはともかく、当初の美尾はさすがに一人で放っておくのは危なっかしかった。しかし、最近はわしもおるということで義隆とお雪の負担は少なくなっておる。よって、今後は二人に存分に働いてもらうことにした。


「あとは、わしら自身が銭を稼げれば言うことはないんじゃがの」

「子供は働いたらあかんねんてなぁ」


 なんと今の人の世では、子供が働くことを禁じておるらしい。一応例外はあるそうじゃが、少なくともわしらは当てはまらぬ。


「見た目は小学生とやらでも、中身は数百年生きた立派な大人じゃというのに。そのわしを子供扱いするとはの」

「うちもや。これでも数十年は生きてるもん。義隆より年上なんやで」


 厄介なのはそれを証明できんということじゃな。まさか妖怪と言うわけにもいかんし、言ったところで誰も信じぬじゃろう。ああ、面倒じゃなぁ!


「あれ、そうゆうたら、お隣の亜真女はんはどうやって生活費を稼いではるんやろ?」

「亜真女か? 皆と同じように毎日外へ出て……む、確かに。亜真女は外へ出ると雨が降るから、そう気軽に外出はできんかったはず」

「そうやろう? みんなと同じように外へ出てるんやったら、毎日梅雨になってしまうやん」

「しかしそうはなっておらぬ。現に今日もずっと良い天気じゃ」

「とゆうことは、お家にいてもできる仕事をやってるんと違うかな?」

「確かに! 美尾、そなた冴えておるのう!」


 狐姿の美尾が嬉しそうに尻尾をぴんと立てる。そうか、亜真女は盲点じゃったな。


「なぁ、今から亜真女はんに話を聞きに行かへん?」

「うむ、行こうか。善は急げじゃ!」


 煮詰まっておるわしらがいつまで考えておっても良い知恵は湧いてこぬ。こういうときは、他人に意見を聞いて心機一転するのが一番じゃ。

 わしらは思い立ったが吉日とばかりに亜真女の家へと押しかけていった。




 突然訪問したとしても、ひょっとしたら亜真女は外出中では、などと思う必要はない。亜真女に限って言えば、天気が晴れの場合は必ず家にいると断言できるからじゃ。


「い、いらっしゃい。こ、これどうぞ」


 いつものようにどもりながらもわしらを迎え入れてくれた亜真女は、居間で応対してくれるようじゃ。ソファという椅子に座ったわしと美尾は、目の前の小さな机に紅茶と茶菓子を差し出してもらった。一方、亜真女はクッションと呼ばれる枕のようなものに座っておる。

 わしはそのままで、美尾は砂糖とミルクを思い切り入れて紅茶を飲む。美尾よ、ミルクティーにしてもそれは入れすぎではないか?


「そ、それで、わ、私の仕事について聞きたいってことだけど、な、何を聞きたいのかな?」

「ふむ、実はの、わしと美尾も外に出て働いて生活費を稼ぎたいのじゃが、人の世ではそれも難しいということを先日知った。そこで、普段家におる亜真女はどうやって生活費を稼いでおるのか聞きに来たんじゃ」

「あー」


 亜真女は、苦笑い、あるいは引きつったかのような顔で曖昧な声を発しおった。


「ど、どこまで参考になるかなぁ」

「うちら、少しでも義隆の負担を減らしたいんや。だから教えてほしいねん」

「ひ、独り立ちしたいんじゃなくて、せ、生活の足しになる程度でいいってこと?」

「そうやねん」

「そ、それなら参考になるかなぁ」

「教えられる範囲でよい。わしらは藁にもすがる思いなんじゃよ」

「え、えっとね。さ、最初に言うと、わ、私って資産家なの。い、言い換えるとお金持ち。だ、だからあんまり働かなくてもいいの」

「え、そうやったん!?」


 わしらは揃って驚く。亜真女の家の事情など聞いたことがなかったから初耳なのは当然じゃが、まさか金持ちじゃったとはな。


「そ、それでね、ふ、普段の生活費は大体これで賄えるの。でも、ぜ、全部じゃないから少しは働かないといけないの。だ、だからそういう意味では、ふ、二人の境遇に近いのかもしれない」

「大半の生活費を他の誰かが稼いでおって、自分は少し働けばいいという意味でか?」

「そう、そ、その通り」

「それで、亜真女はんはどんな仕事をしてんの?」

「ざ、雑誌に載せる記事を書いてるの。ラ、ライターって言うんだけどね」

「ほほう、記者みたいなものか」

「こ、これなら電話やメールを使えば相手と連絡がとれるから、ほ、ほとんど外に出なくてもいいのよ」


 なるほど、家の中で仕事ができるのか。内職に近いようにも思えるのう。


「ただ、あ、相手の編集者に認めてもらわないといけないけど」

「そうじゃろうな。して、それは相手と一度も会わずにできる仕事なのか?」

「ううん、さ、さすがにたまには会うわよ」

「そうなると、やっぱりうちらの幼い姿が引っかかりそうやなぁ」

「まず無理じゃのう」


 せっかく解決の糸口になりそうじゃったのに、やはりこの姿が引っかかりそうか。う~む、どうしたものか。


「だったら、わ、私の手伝いをする? わ、私の報酬からいくらか出せるし、あ、相手との交渉次第で協力者への報酬が期待できるかもしれないから」

「ほう、それはまことか」

「うちらでもやれることがあるんや!」

「さ、最近はどこも厳しいから、で、出たとしてもそんなに多くはないでしょうけど」

「それは覚悟の上じゃ! のう、美尾」

「あんまり低すぎると考えんとあかんけどな」

「意外に冷静じゃな、そなた」


 美尾の意外にしっかりとした面に驚きつつも、わしらは仕事ができる伝手がようやくできて喜んだ。


「わ、私からも相手に提案するつもりだから、そ、そのときは協力してね」

「おう、任せよ!」

「うん、絶対呼んでや!」


 これで生活費の話はどうにかなりそうじゃ。やっと義隆の負担を減らせる。わしらは意気揚々と自宅に戻った。早く亜真女から話が来んかな。

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