どこで手に入れたんや、それ?―お雪視点―

 いつも通り起きて身支度を整えた後に自室から台所まで行こうとしますと、食卓で義隆さんが金色に光る板のような物を持って難しい顔をしていました。どうしたんでしょう?


「あら、今朝はお早いですね」

「おはようございます。いや、便所に行きたかっただけです。また寝ますよ。それよりお雪さん、これ何やわかります?」

「はい? これは……金ですか?」

「みたいに俺も見えたんですけど、実際のところはどうなんやろなぁ」

「しっかりと鑑定してもらわないといけないですけど、たぶんこれ本物ですよ? 私、以前見たことがあるんで」


 あんまり大きな声で言えないような事情で見たことがあるんですけど、あのときのあれと似てるんですよね。実際のところはどうなのかわかりませんが。


「なんでうちの食卓にそんな大層なもんがあるんです?」

「さぁ、そこまでは私にもわからないですよ」

「それと、その金の延べ棒の下に書き置きがあったんやけど……」

「これって、お銀ちゃんの字ですか?」

「問いただした方がいいんでしょうね」

「さすがに本物となりますと、どこから手に入れたのかも気になりますからね」

「そうゆうたら昨日からなんやこそこそとしとったなぁ」


 渡すなら直接渡せばいいと思うんですけど、一体どうしたんでしょうか。美尾ちゃんはともかく、お銀ちゃんらしくありませんね。


「とりあえず、あの二人が起きてくるまで待ちましょう。私達だけで考えていても何も思いつかないですから」

「そうですねぇ。一体何を考えてこんなことをしたんやろ」

「ふふふ、案外義隆さんの生活が苦しいことを察したのかもしれませんよ」


 どのみち朝ご飯のときに集まりますから、急いで起こす必要はないでしょう。さて、どんな話が聞けるんでしょうか。




 義隆さんが二度寝されて再び起きてこられてしばらくすると、美尾ちゃんとお銀ちゃんも食卓にやって来ました。昨日とは打って変わってとても機嫌がいいみたいです。


「おお~、今朝はハムエッグか。少し醤油を垂らして食べるのがうまいんじゃよな」

「え~、かけるんなら胡椒やん!」


 毎回作るご飯をおいしく食べてくれるのはとても嬉しいです。作った甲斐がありますからね。これで何もなければ良かったんですけど。

 私は義隆さんに視線を向けます。すると、すぐにこちらに気付いてくれて頷いてもらえました。


「あ~、二人ともちょっと話があるんやけど」

「なんじゃ?」

「え、うちも?」

「二人とも、何か俺に隠し事しとらへんか?」


 義隆さんの言葉を聞いた瞬間に、それまで和気あいあいと朝ご飯を楽しんでいた二人がぴたりと動きを止めてしまいました。隠し事が苦手っぽい二人ですけど、これはわかりやすいですね。


「隠し事とは、何のことを指しておる?」

「今朝な、食卓の上にこれが置いてあったんや」


 そう言って、椅子の脇にかけてあった巾着袋から、義隆さんは金の板を取り出して食卓に置きました。更には四つ折りにしてあった書き置きの紙を隣に添えます。


「この書き置きと一緒に金が置いてあったんやけど、これ、二人がやったんと違うか?」

「この文字はお銀ちゃんの字ですよね?」


 気まずそうにしていた美尾ちゃんとお銀ちゃんは自然とお互いに顔を向け合いました。この時点で既に犯人は確定なんですけど、どうせなら自分で名乗り出てほしいですよね。


「何でわかったのじゃ?」

「わざわざ家の中に侵入して金の板を食卓に置いてく物好きな奴なんておらんし、お雪さんはこんなことはせん。そうなると、消去法で二人しかおらんやろ?」

「あの置き手紙は余計でしたね。筆跡からわかってしまいましたよ。どうせなら他の人に書いてもらえばよかったでしょうに」

「「あー」」


 二人はすっかりしょげかえってしまいました。ただ、悪いことをしたわけではありませんから怒る気にはなれませんけどね。


「けど、なんでこんなことしたんや?」

「義隆の生活が苦しいってわかったから、何とかしようと思たんや。そやから、お婆さまに相談したらこれを持って行けってゆわれてん」

「玉尾殿の話じゃと、どうやら最初から渡す気じゃったようでの。わしらにとっても渡りに船じゃったんじゃよ」

「確か支度金ってゆうてたよな」


 さすがに美尾ちゃんのお婆さんは、人里での生活にお金が欠かせないことは知っていらっしゃったようですね。それを金の板でというのは驚きですが。


「あ~玉尾さんかぁ」

「義隆さん、どうされました」

「いや、そんな大したことやないですよ。単に断りづらいってゆうだけですわ」

「下手をすると呪われるしの」

「……お銀ちゃん、この金の板を渡されたときになんかゆわれたんか?」


 そう言えば、私がこの家にやって来たときには、既に美尾ちゃんと義隆さんは一緒に暮らしていました。ですから、二人の馴れ初めを知りません。


「呪うとはどう言うことですか?」

「ああ、簡単にゆうと、玉尾さんの頼み事を断ったら呪うってゆわれてただけです。冗談なんでしょうけどね」

「ああ、そういうことですか。納得しました」


 お銀ちゃんが「冗談かの?」と呟いていましたが、突っ込まない方がいいでしょう。それよりも本題の話を進めるべきです。


「義隆、わしらとしてもただ世話になるのは心苦しい。じゃから、その金の板を受け取ってくれんじゃろうか」

「元々生活にあんまり余裕がないんやろ? うちらのせいで生活できひんようになるんは嫌や」

「座敷童なのに貧乏神みたいになるのはわしも嫌じゃ」


 どうやら一方的に世話になるのが心苦しいだけではなくて、重荷になっているのが嫌ということですか。そういうことでしたら受け取ってもいいとは思うんですけど、義隆さんはどうされるんでしょう?


「なるほどなぁ。そうゆうことなら受け取ってもええんやけど、これは使えんと思う」

「使えぬ? なぜじゃ?」

「出所が怪しすぎるからや」

「出所が怪しいって、それはお婆さまからもらった金の板やん」

「違う違う、俺らにとって怪しいんやなくて、換金してくれる店にとって怪しいんや」

「どういうことですか?」

「今の日本やとな、金ってゆうのは売買するところが決まってる。そしてそうゆうところでは、金は延べ棒にしたり板にしたりして、店の名前や番号が刻まれとるらしいんや」

「「「ええ!?」」」


 それは初耳です。今まで金なんて使う機会がありませんでしたから気にもしていませんでしたけど、そこまでしているとは驚きです。


「そやから、何も刻まれてない金の板なんて持ち込んだら、怪しまれてしまう可能性が高いと思うねん。そもそも、九尾の狐にもらいましたなんてゆえんやろ? そうなると、どこから手に入れたんかって説明できひんやん」

「なんと、そうであったか」

「うわぁ、厳しいなぁ」

「まぁそうゆうことやから、気持ちだけ受け取っとくわ」


 苦笑いしながら義隆さんは二人にそう伝えました。換金できないんでしたら、どうにもできませんものね。


「まさかそんな理由で受け取ってもらえへんなんて思わんかったわ」

「わしもじゃよ。人の世とは随分厄介になっておるんじゃのう」

「そうですよね。私もだんだん面倒になってきていると思います」


 以前に比べて厄介になってきているのは確実ですよね。この様子ですと、今後は更に厳しくなるのかもしれません。


「美尾ちゃん、この金の板やけど、玉尾さんに返しといてくれるか?」

「あ、近いうちにここへ来るそうやさかいに、そんときに義隆から返したらええやん」

「え? 玉尾さんいつ来るん?」

「はっきりとは聞いておらなんだの。ただ近いうちにとしかな」

「どうされたんです?」

「いやぁ、苦手なんや、あの人は」


 義隆さんの顔が引きつっています。そう言えば、私はまだ玉尾さんに会ったことはないですね。どのような方なんでしょうか。今から会うのが楽しみです。

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