どこで手に入れたんや、それ?―美尾視点―
「お銀ちゃん、どうしよう?」
「どうしようと言われてもなぁ」
昨日の晩、のどが渇いて台所へ行こうとしたら、義隆とお雪はんが生活費について話をしてんのが聞こえた。かなり負担になってると聞いて驚いたうちは、すぐに半分寝かかってたお銀ちゃんに相談したんや。けど、金目の物を渡したらええってゆうことくらいしか思いつかんかった。
翌朝の今も食器を洗ってからずっとお銀ちゃんと相談してんねんけど、これってゆう案は出てこうへん。食卓でなんか作業をしてる義隆をちらちら見ながら話をしてても時間が過ぎるばかりや。
「なぁ、二人とも、一体何を話してるんや?」
「ただの雑談じゃよ。なぁ、美尾」
「うん、大した話やないよ。気にせんといて」
「そうゆわれてもな。こっちをちらちら盗み見されると気になってしゃーないねん」
義隆が寂しそうにゆうてくる。気は引けるけど、ここはぐっと我慢や。
「困ったのう。わしらには手持ちの銭などないしの」
「誰かに相談した方がええんかなぁ」
「誰かとは誰じゃ?」
「う~ん、そうやなぁ。あ、お婆さまやったらどうやろう?」
「お婆さま? ああ、稲荷山の玉尾殿か。そうじゃの。今頼れるのはあの方だけか」
二人に気づかれんように知恵を借りるんやったら、もうお婆さましかおらんなぁ。よし、そうと決まったら善は急げや!
出かける理由をお銀ちゃんと手早く決めると、うちらはすぐに行くことにした。
「うちらちょっとお外に出てくるわ」
「うむ、取り憑く家の視察じゃ」
「新しい候補が見つかったんか?」
「そうじゃ。また貧乏神に先を越されてはかなわんからな!」
「お昼には帰ってくるし、ご飯は用意しててな~」
微妙な顔をした義隆が見送ってくれる中、うちらは稲荷山目指して歩いた。
うちは久しぶりに稲荷山へと戻ってきた。春に山を下りて以来や。あれから三ヶ月近く経つけど、あんまりそんな気はせぇへんなぁ。
「お婆さま! 美尾です!」
かつて義隆と初めて出会った場所でうちは声を上げる。すると、しばらくして狐の姿をしたお婆さまが姿を現してくれはった。
「おお、美尾か。久しぶりじゃのう」
「お婆さま、ただいま!」
うちも狐の姿に戻ってお婆さまにすり寄る。顔を足にこすりつけたりにおいを嗅いだりしてお婆さまに甘えた。
「ほほほ、いやはや、これほどまでに甘えるとはの。それほど妾が恋しかったかえ?」
「えへへ~。だって久しぶりなんやもん」
「そうか。妾も嬉しいぞ。しかし、客人をいつまでも待たせるわけにはいかぬな」
「あ! ごめん、お銀ちゃん!」
「いや、構わぬ。もうしばらく甘えておってもよいぞ」
優しげな表情でこちらを眺めているお銀ちゃんの元に寄って、うちは二人を紹介する。
「お銀ちゃん、こっちは玉尾お婆さまや。お婆さま、こっちは義隆のお家で一緒に居候してるお銀ちゃんやねん」
「美尾の祖母である玉尾じゃ。知っておると思うが九尾の狐とも呼ばれておる」
「もちろん存じておる。稲荷山の御狐様、伏見御前と言えば有名じゃしの。して、わしは座敷童のお銀じゃ。美尾殿とは仲良くさせてもらっておる」
挨拶が終わると、うちは義隆の家でどんな生活をしているのかを話し始めた。うちら以外に雪女のお雪はんも一緒に暮らしていたり、隣には雨女の亜真女はんが引っ越してきたり、町中で貧乏神と出会ったりしたことや。次に、義隆の家でどんな生活をしているのかも一生懸命に話す。他にも、山を下りてから人里のこともぎょうさん知ったから、それもまとめて話した。たまにお銀ちゃんも口を挟んだけど、大半はうちがしゃべったんやで。
お婆さまはそれを楽しそうに聞いてくれはった。
「ふむ、あれからそれほど多くの見聞を広めたとはのう。義隆に任せたのは正解のようじゃったな」
「それで、今日はその義隆に関することで美尾と相談しに参ったんじゃが、よろしいか?」
「あやつが何かあったのかえ?」
「お婆さま、人里で暮らすには生活費ってゆうのが必要やろ? うちとお銀ちゃんが義隆のお家に居候するとその分だけ生活費が余計にかかるんやけど、そのせいで義隆の生活がかなり苦しいらしいねん」
「そこでわしらも何とかしたいと昨日から知恵を絞っておるのじゃが、なかなか良い案が思い浮かばんでの。玉尾殿の知恵を借りに来たんじゃ」
うちらの話を聞いたお婆さまは、気まずそうに視線を逸らせはった。
「しもうた。支度金を渡すのをすっかり忘れておったわ」
「支度金? なんかあるん?」
「ああ。人里で暮らすのに銭がいることくらいは妾も知っておったのでな、いくらか生活費を工面するつもりじゃった。しかし、すっかり変わり果てた人里を楽しむあまりついうっかり忘れておったんじゃ。美尾、それにお銀、余計な心配をさせてすまぬの」
「なに、構いませぬよ。座敷童のくせに富ますこともせなんだわしにも非がある」
「それなら今から支度金ってゆうのを渡したらええやん!」
「ふむ、ならばこれを持ってゆくがよい」
お婆さまが前足で地面をぽんっと叩くと、そこから竹の子のように金色の板がひとつにょきっと出てきた。
「なんやこれ?」
「金じゃな」
「金じゃよ」
「これが支度金なん? 人の使う銭の方がええんと違うのん?」
「あいにく銭は持っておらんのじゃ。しかし、その金の板は人にとって価値のあるものじゃから、銭と交換すればよかろう。それで当面の生活費は賄えるぞ」
「確かにそうじゃな。充分じゃろう」
お銀ちゃんがそうゆうんやったら大丈夫なんやろう。その金の板ってゆうのをお銀ちゃんに取ってもらうと、うちはお婆さまにお礼をゆうた。
「お婆さま、おおきに」
「助かりました。玉尾殿」
「なに、大したことではない」
「それじゃ、また義隆んところに行くな、お婆さま」
「おう。近々そちらに寄ろうかと思う。また会おう」
「では失礼する、玉尾殿」
うちらは問題が片付いて意気揚々と義隆のお家へと向かった。さすがお婆さま、相談して良かったわ。
「「ただいまぁ!」」
うちとお銀ちゃんは出かける前にゆった通り、昼前に帰ってきた。いつもなら洗面所へ行って手を洗うんやけど、今はそれどころやない。
「おかえり。何かええことでもあったんか?」
「え? ううん、そんな大したことはないよ?」
「下見をした家はわしの眼鏡にかなわんかったが、散歩したと思えばよかろう」
義隆に話しかけられたけど、適当にごまかしてうちらはそのまま二階へと上がった。
お銀ちゃんの部屋に入ったうちらは、とりあえず義隆に気付かれへんかったことに安堵した。
「よし、ここまではうまくいったの。問題はどうやって義隆にこれを渡すのかじゃが」
「そのまま支度金やゆうて渡したらええのと違うのん?」
「あやつは妙に意固地なところがあるから、素直に受け取ってくれるとは思えん」
「あー」
確かにそうやなぁ。子供が生活費のことなんか気にせんでええって言いそうやもんなぁ。うちらの方がずっと年上やのに。見た目だけで判断したらあかんと思うねん。
「そんなら、お婆さまから渡すようにゆわれたって伝えたらどうやろ?」
「それであやつが受け取るのか?」
「うちがこのお家に居候できるようになったんは、お婆さまが義隆に頼んだからやし、受け取ってくれるんやないかな」
「ちなみに、玉尾殿はどうやって頼まれたんじゃ?」
「えっと、確か『呪う』ってゆうてたな」
「それは脅してるのではないか!?」
お銀ちゃんは顔を引きつらせて体をのけぞらせてる。まぁ、うちもおかしいとは思うてたけど。
「義隆が不憫に思えてきたわ。しかし、そうなると玉尾殿の名は出せぬな。わしとしてはあくまでも感謝の念を込めて渡したい。無理矢理受け取らせるのはどうかと思う」
「う、うちかて無理矢理はようないと思うよ? でも、それやったらどうやって渡すんや?」
うちらはうんうんと唸りながら知恵を絞る。あと少しなんやけどなぁ。
「直接手渡すのが無理となると、間接的にということになるが、お雪から渡してもらうしかないか?」
「それは無理やと思う。昨日の晩に聞いてた話やと、お雪はんから銭をもらうのも渋ってたもん。もうお家の前に置いとくしかないんと違う?」
「それじゃと誰かに取られてしまうかもしれん」
「それやったら、もう食卓の上に置いといたらどうやろう? これやったらほっとくわけにもいかんし、受け取るしかないんと違うかな?」
「確かにの。更に一筆添えてあれば、受け取りを拒むこともあるまい」
「一筆書くって何書くん?」
「あまり仰々しいのも良くないじゃろうから、軽めの一文でよかろう。『ご自由にお使いください』でどうじゃ?」
うちは悪くないと思ったからお銀ちゃんに頷いた。
お銀ちゃんはすぐに紙と鉛筆を取り出すと大きめの字で一文を書いた。きれいな字やな。
「これでよかろう」
「名前は書かんでええの?」
「わしらからの贈り物と気付いたら返すやもしれんから、名前はなしにする。こんな物がいきなり食卓に置いてあるのを見つけたら怪しむじゃろうが、さすがに捨てはせんじゃろう」
「そうやね。そうなると、これを置くのは夜中やね。うち起きてられるかなぁ」
「一番遅い義隆でも日付が変わる頃までには床に着くと聞いておる。それならわしは起きていられるから、美尾は寝ておってもよいぞ」
「うん、わかった。それじゃお願いするな」
そんな遅くまで起きてる自信がなかったうちは、最後の仕上げをお銀ちゃんに任せることにした。
翌朝、うちは目が覚めるとすぐにお銀ちゃんの部屋に入った。それでどうなったかと聞くと、首尾良く置き手紙と一緒に金の板を食卓へと置けたらしい。うちはその話を聞いて喜んだ。
これで義隆の生活はずっと楽になるやろう。よかった!
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