夏風邪 ─美尾視点─

 もうすぐ夏になるっていうある日の朝、うちは部屋の真ん中に敷いてある座布団に狐の姿に戻ってくるまってた。

 この部屋は義隆から借りてんねんけど、うちには自分の持ち物なんてないからすっきりしたもんや。


「ん……ん~」


 うちはいつものように起きると思い切り体を伸ばした。そして人の姿へと変身する。これにもだいぶ慣れたなぁ。

 いつまでもじっとしてても仕方ないから一階の居間へと向かった。既にお雪はんとお銀ちゃんは起きてて、それぞれ料理をしてたりテレビを見てたりしてる。


「おはよう」

「美尾か。おはよう」

「あら、おはようございます」


 いつも通りの朝やね。後は義隆が起きてくるだけや。

 うちは食卓にある椅子に座って朝ご飯を待つ。今日は義隆が朝から仕事に出かける日やから、そろそろ起きてくるはずやな。


「美尾、そなた、着物は浴衣ばかりになったの」

「だってこっちの方が涼しいんやもん」


 わざわざ暑苦しい方を選ぶ必要なんてないもんね。


「相変わらず、変化の術は便利じゃの」

「うん、最近は『インターネット』で見た着物を色々試してんねん」


 義隆にノートPCの使い方を教えてもらってから、うちとお銀ちゃんはいろんな物を検索してる。うちは主に何かいい着物はないか探してるんや。

 そうやってお銀ちゃんと雑談をしているうちに、お雪はんが朝ご飯を運んできてくれはる。四人分揃うとお雪さんも椅子に座るんやけど、空いてる席に目を向けて困った顔をしはった。


「義隆さん、遅いですね」

「あやつまだ寝ておるのか。珍しい。このままじゃと寝坊するぞ」

「うちが起こしてくる!」


 そうゆうて、うちは席から降りると義隆の部屋に向かって小走りした。もう、せっかくの朝ご飯が冷めてしまうやんか!




「義隆ぁ、朝やで~。早う起きや~」


 うちは義隆の部屋の扉越しに声をかけた。けど、返事がない。どうしたんやろ?

 もう一回呼ぼうと息を吸って声を上げようとしたんやけど、なんか部屋の中から咳きみたいなんが聞こえた。


「義隆?」


 不思議に思ったうちは扉を開けて中に入る。カーテンってゆう布がまだ広がってるから中は薄暗い。それと、なにやら涼しい。なんやこれ?

 部屋の真ん中に布団があるからこの中で義隆が寝てるんやけど、なんや様子が変や。


「義隆、どうしたん?」

「ごほっ、ごほっ!」


 その顔をのぞき込んだら、なんやむちゃくちゃ苦しそうやん!


「えっ、何? どうしたん!?」

「ごほっ、美尾ちゃん?」


 声がいつもと全然違う! 何でこんなになったんや!? 昨日までどうもなかったのに!


「義隆、あんたなんかおかしいで!? 病気なんか!?」

「風邪ひいたって、お雪さんにゆっといて。ごほっ!」

「風邪? あの冬にひく風邪なん?」


 義隆は苦しそうに頷いた。なんで今風邪なんかひいてるんかわからんけど、とりあえずお雪はんに知らせんと。


「わかった。ちょっと待っときや」


 もう一回義隆が頷くのを見ると、うちは急いで食卓へと向かった。




 うちの知らせを聞いたお雪はんはすぐに義隆の部屋に向かった。もちろん様子が気になったうちとお銀ちゃんもや。

 お雪はんは義隆の様子を見たり話を聞くと、すぐに準備のために一旦台所まで戻る。


「なぁ、義隆の様子はどうなん?」

「たぶん風邪なんでしょうね。一度お医者様に診ていただかないといけませんけど、とりあえずは安静にしてもらわないといけません」

「寝てるだけでええんか?」

「体温を計って熱がどのくらい酷いか確認しないといけないですね。お薬も飲んでもらわないといけません。あ、食欲があるならおかゆでも作りましょう」


 お雪はんについてきたうちらは話を聞く。この様子やとそんなに酷くないんかもしれんねんな。


「うちらって何かできる?」

「そうですねぇ。それじゃ、体温計を持って行って体温を計ってもらって、お薬も飲ませてあげてください。それと、食欲があるか聞いておいてくれますか。私は先に氷枕を作っておきますから」

「よし、任せるのじゃ!」


 うちはお薬と水、お銀は体温計を持って義隆の部屋へと向かう。相変わらず義隆は苦しそうや。


「義隆、お薬もってきたで」

「ありがと……」


 声出しにくそうやな。ともかく、義隆はうちが差し出したお薬を水で胃に流し込んだ。


「ほれ、次は体温を計るぞ。ああ、しゃべらんでいい」


 お銀ちゃんが差し出した体温計を義隆は脇に差し込む。そしてそのまま横になった。


「そうや、義隆、何か食べたい?」

「いらんか。まぁそうじゃろうの」


 首を横に振った義隆を見てお銀ちゃんが呟いた。どう見ても食欲なさそうやもんな。

 体温計が小さくて軽快な音を出す。数字を見ると結構熱があるなぁ。


「とりあえずやれることはやった。一旦お雪のところへ戻るぞ」

「そうやね、それじゃ、また後でな」


 義隆が布団の中に潜り込んだのを見てから、うちらは台所へと向かった。




 それからしばらくして、義隆にやらんといかんことは終わったから、うちらはいつもより少し遅い朝ご飯を食べ始めた。


「まさか義隆が風邪ひいてるなんて思わんかったなぁ」

「そうですよね。昨日までは何ともなかったように見えたんですけど」

「まさか空調の温度設定を間違えて冷やしすぎたとはのう。何とも間抜けな話じゃ」

「義隆って今日仕事なんやろ? 休んでもええんかな?」

「連絡は入れたそうですよ。とりあえず今日と明日は休むそうです」

「医者にはいつ行くんじゃ?」

「お昼前だそうですよ。しばらくは寝ていたいそうですから」

「なんかかなり苦しそうやったもんなぁ」


 声も全然違ったし、あれやったらしばらく寝てた方がええな。


「それにしても、お雪の氷枕の作り方は豪快じゃったの。雪女ならではじゃ」

「えっと確か、水を桶に入れてそれを妖気で凍らせてから砕いたんやったっけ?」

「暑い時期ですから少し疲れますけど、あれくらいでしたら大したことはありませんわ」

「なら冬じゃとどうなる?」

「小川くらいでしたらすぐにでも凍らせてみせますよ」

「すごいなぁ、お雪はん」

「ふふふ、ありがとう」

「そうじゃ、義隆が医者に行くときじゃが、ひとりで大丈夫なのか?」

「それでしたら私が付き添います。熱がそう簡単に引くとも思えないですし。ひとりは危ないですよ」

「それやったら、うちらはその間に何してたらええんかな?」

「義隆さんの布団の敷布を取り替えておいてもらえますか。汗で濡れているはずですから新しいのと交換しておいた方がいいでしょう」

「そんで洗濯機に入れといたらええんやね」


 お雪はんがうちの言葉に頷く。これでやらなあかんことはわかった。後はそのときが来るのを待つだけや。

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