おかゆおいしそう ─美尾視点─

 今朝起きたら義隆が風邪をひいてて驚いた。けど、お雪はんのゆうとおりに世話したおかげで、とりあえず義隆は落ち着いて寝てる。

 うちらは遅めの朝ご飯を食べた後、掃除とかいつもの仕事をした。普段なら楽しいお手伝いも今はあんまり楽しくない。


「ふぅ、終わったぁ。お銀ちゃん、そっちはどう?」

「もう終わるぞ。先に戻るといい」


 下駄箱の掃除を終えて靴を戻してるお銀ちゃんを置いて、うちは食卓へと向かう。


「あら、終わりました? お疲れ様です」

「ありがとう。あ、お銀ちゃんはもう来るしな」


 差し出された湯飲みを両手に抱えて、うちは中に入ってるお茶を飲む。やっぱり働いた後の一杯はおいしいなぁ。

 その後に洗面所経由でこちらにやって来たお銀ちゃんも、お雪はんからお茶を受け取って飲んだ。


「こりゃ、美尾。そなた、手を洗わんか」

「あ!」


 今になって気づいたうちは慌てて脱衣所にある洗面所へと向かった。お雪はんも最初にゆうてくれたらよかったのに。

 急いで手を洗って食卓に戻ってくると、お銀ちゃんとお雪はんは義隆のことを話してた。


「もう少ししてから義隆さんをお医者様のところへ連れて行きます。布団の敷布は用意しておきますから、取り替えておいてくださいね」

「おう、任せておけ!」

「なぁ、お雪はん。お昼ご飯はどうすんの? 義隆はまたなんも食べへんねやろか?」

「さすがに二食連続で抜くのは良くありませんから、おかゆを作ることにします」

「おかゆかぁ」


 確か雑炊みたいなんやったな。あんなんで足りるんやろか?


「今の義隆じゃと胃腸も弱っとるからちょうど良いな。ついでに卵も付けてやれば精もつくじゃろ」

「そうですね。それじゃそうしましょう」


 おかゆかぁ。後でどんなんかインターネットで調べてみよっと。




「それじゃ、行ってきますね」

「……行ってきます」


 咳き込む義隆と寄り添うお雪はんが玄関から外へ出た。ぱたんってゆう音がして扉が閉まると、うちはお銀ちゃんに顔を向けた。


「行ったな」

「行ったの。それでは始めるとするか」


 お銀ちゃんはそう宣言すると、うちと替えの敷布が置いてある脱衣所へと向かった。


「うちが敷布を持つさかい、お銀ちゃんは掛け布団の覆いを持ってって」

「わかった。階段でこけるなよ」

「こけへんもん!」


 前にこけそうになったんはたまたまや! そんなんいつまでもゆわんといてーな!

 口をとがらせたうちを先頭にうちらは義隆の部屋へと向かう。お銀ちゃんがにやにや笑ってるのが腹立たしいなぁ。


「よし、それじゃ敷布と上布団の覆いを取り替えるぞ」

「うん。これやね」


 義隆の部屋に入って持ってた敷布を畳の上に下ろすと、うちは義隆の布団に手をかける。

 敷布を触ると、ほのかな熱としめった感覚が伝わってきた。それをうちは布団か剥ぎ取る。そうして両手一杯に使用済みの敷布を抱えると、自然と顔を敷布に埋めるようになってしまう。


「……義隆のにおいがする」

「言葉だけを聞くと危ないぞ」

「なんでなん? 義隆の敷布から義隆のにおいがすんのは当たり前やんか」

「まるで義隆が好きなあまりにおいを嗅いで悦に入っておるみたいに見えるんじゃよ」

「うちそんな変態ちゃうもん!」


 お銀ちゃんはなんてゆうことゆうんや! 酷いやん!

 うちは思わず剥ぎ取った敷布を畳みに叩きつけた。お銀ちゃんはそんなうちを見てにやにやと笑ってる!


「まぁ、そなたは妖孤じゃから鼻が敏感なのは仕方ないんじゃろうがの。どうした美尾、顔が赤いぞ?」

「赤くないもん! そんなんゆうたら、お銀ちゃんかて義隆に告白したやん! 『わしだけを見てほしい』って!」

「まだ言うか!? あれは誤解じゃと説明したじゃろが!」

「うわぁ、お銀ちゃんの顔があかぁい」


 最早当初の目的も忘れてうちらは言い争いを始めてしもた。せめて敷布を取り替えてから喧嘩すればよかったんやけどなぁ。結局、義隆とお雪はんが帰ってくるまで、うちらは義隆の部屋でお互いの恥ずかしいことを言い争ってた。




 うちとお銀ちゃんはお雪さんに怒られた後、急いで義隆の布団を整えた。さすがに病人をほったらかしにするんはまずいもんな。


「二人とも、喧嘩はやることをやってからにしてくださいね」

「「はぁい」」


 しょんぼりとしたうちらを見ていたお雪はんは、部屋に戻っていく義隆を見送ると台所へ向かう。時計を見るともうとっくの昔にお昼の時間が過ぎてた。


「先に義隆さんのご飯を用意しますから、二人はそれまで待っててくださいね」

「おかゆを作るんやったっけ?」

「卵入りじゃよな」

「なぁ、作ってるところ見たいんやけど、ええか?」

「いいですよ。あんまりやることはないですけどね」

「わしも見るぞ!」


 お雪はんの許可が出たから、うちらは隣でどんなもんなのかじっと見ることにした。

 まず最初にお雪はんが出してきたんが土鍋やった。あんまり大きくないやつ。それを簡単に水洗いしてポットからお湯を入れると、そのまま火をかけはった。勢いはかなり強い。次に冷蔵庫から、卵をひとつとみじん切りされた葱を入れた小箱を取り出してきはった。


「美尾ちゃん、お盆を用意してください。お銀ちゃんは土鍋の湯が沸くかどうか見ておいてくださいね」

「うん」

「わかった」


 うちらがゆわれた通りに動いているうちに、お雪はんは取り出した小皿に葱を入れはる。


「お雪、沸いたぞ」

「はいはい」


 湯気と泡を吹き出す土鍋のお湯を見ながら、お雪はんは弱火にしはった。そして、お雪はんが使ってるお茶碗にご飯をよそうと、それをそのまま土鍋のお湯に移さはる。軽く菜箸でほぐすようにかき混ぜるとその場を離れた。


「お銀ちゃん、土鍋に蓋をしてください」

「よしきた」


 その間にお雪はんは、卵を割ってさっきご飯を入れた茶碗に入れてかき混ぜはる。


「後はしばらく待ってから卵を入れて完成です」

「そんで義隆んところに持って行くんやな」

「はい。美尾ちゃん、お匙とお茶碗をお盆に乗せておいてくださいね」

「はぁい」

「こうやってじっと見ておると、なぜかうまそうに見えるんじゃよな」

「つまみ食いしちゃ駄目ですよ?」

「子供でもないのにするわけがなかろう」

「なんでうちの方を見んの?」


 う~、お銀ちゃんがまたうちをからかおうとする! もう酷いなぁ!

 でもそのすぐ後に、お雪はんに怒られてた。ふふん、いい気味や。




 お雪はんが作ったおかゆを持ってうちらは義隆の部屋に入った。相変わらず義隆は咳きをようしてんなぁ。


「義隆さん、おかゆを持ってきましたよ」

「ありがとう」


 畳の上に置いた土鍋の蓋を開けると、白いおかゆの中に半熟の黄色い卵が入り乱れているのが見えた。それをお雪はんが茶碗によそう。


「はいどうぞ」

「義隆、葱がここにあるさかい、好きなだけ入れや」


 お雪さんが義隆におかゆを渡すと間髪入れずにうちもしゃべる。


「おお、うまそうやん」

「熱いですからゆっくり食べてくださいね。何でしたら私が冷やして差し上げますよ」

「いや、さすがにそれは」


 苦笑いしつつ、義隆はお匙で一掬いしたおかゆに息を吹きかけて口に入れた。


「うまいな」

「義隆、葱は?」

「あ、忘れてた」


 うちの勧めた葱を軽くひとつかみするとおかゆの中に入れて、義隆は再び食べる。


「こうしてみると、うまそうじゃのう」

「うん。うちも食べてみたい」

「はいはいわかりました。後で作ってあげますから」


 うちとお銀ちゃんは諸手を挙げて喜んだ。おかゆってまだ食べたことないもんな。

 うちらがそうやってはしゃいでる間にも義隆は少しずつおかゆを食べていく。そして、いつもより時間をかけておかゆを全部食べた。


「ごちそうさんです。ありがとう、みんな」

「ふふふ、いいですよ」

「困ったときはお互い様じゃ!」

「えへへ~、いつでも頼ってええよ」


 なんか面と向かってお礼をゆわれると照れるなぁ。


「それではこれで失礼しますね。義隆さんはしっかり寝てください」

「水と薬はここに置いておくぞ」

「なんかあったらゆうてな~」


 うちらはそれぞれ声をかけて義隆の部屋を出た。

 これからお雪はんが作ってくれるおかゆってどんな味がするんかな。

 あ、ちなみに、義隆の風邪が完治したのは四日後やったよ。

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