清潔にはしていますよ? ─お雪視点─

 義隆さんの家に居候させてもらって早一ヶ月が過ぎました。義隆さんのお家に四人で住むことにもすっかり慣れて、今では家族のように生活しています。


「お雪はん、皿洗い終わったで~」

「美尾よ、次は掃除じゃ」

「俺は居間と台所を掃除するわ」


 今日は週末なので全員が揃ってます。特に外出する予定もないですので、みんなで家の掃除をすることになりました。


「私は洗濯物を干してから二階の掃除をしますね。美尾ちゃんとお銀ちゃんは廊下をお願いします」

「うん、ほな行こ、お銀ちゃん」

「ふははは、鏡のようにきれいにしてやるぞ」

「そんじゃ、掃除機はそっちが最初に使って。次は俺が使うし」


 以前にも何度か手分けして掃除をしたことがあるので、みんな慣れたものです。三人は雑巾とはたきを手に持ち場へと向かいました。私も脱衣所にある洗濯機へと足を向けます。


「♪~」


 お気に入りの歌謡曲を口ずさみながら、既に洗い終わっている洗濯物を洗濯機から籠へと移します。美尾ちゃんを除いた三人分ですからそれほど多くはありません。

 籠へと移し終えますと、それを持って二階の物干し場へと向かいます。廊下や居間ではお三方がはたきを持って埃を落としている最中です。


「あんまり強くはたくと物が傷むんで気をつけてね」

「は~い」

「わかっとる。見よ、この絶妙なはたき方を!」

「お銀ちゃん、それ強すぎるんと違う?」

「なんじゃと!?」


 二人に声をかけつつ軽快に二階へと上がった私は、そのまま物干し場へと出ました。

 籠を物干し場の床に置いて見上げますと、ほとんど雲のない青空が広がっています。


「ん~、今日もいい天気ですね~」


 私は目を細めてそれをしばらく眺めていました。それから洗濯物をひとつずつハンガーに掛けて物干し竿に引っ掛けてゆきます。

 しばらくすると、下から掃除機の駆動音が聞こえてきました。美尾ちゃんかお銀ちゃんが使っているんでしょう。時折、美尾ちゃんの笑い声やお銀ちゃんの叫び声が聞こえてきますけど、何をしているんでしょうね。


「はい、おしまい」


 少し騒がしい下の様子を想像しながら洗濯物を干し終わると、少しのびをしつつ風に揺られている洗濯物を眺めます。この様子でしたら、昼下がりにはほとんど乾いているでしょう。


「さて、それじゃ私も掃除をしますか」


 満足げに頷いた私は籠を持つと脱衣所へと向かいました。その後はまた二階に戻って掃除です。




 掃除を終えますと全員が食卓へと集まりました。労働の後の一服です。お茶とお茶菓子を用意して席に座ると、皆さん思い思いにくつろぎ始めました。


「ふぅ、労働の後の一杯は格別じゃのう」

「年寄りみたいやな、お銀ちゃん」

「歳だけ見たら年寄りどころとちゃうんやけどな」

「でも、それゆうたらうちも結構なもんと違うかなぁ」

「実は義隆さんが一番年下だったりするんですよね」

「えっ、ほんまに!?」


 義隆さんが意外そうに美尾ちゃんを見ています。私とお銀ちゃんはもちろんのこと、美尾ちゃんも成長が遅いだけで何十年と生きているはずですからね。


「ははは、そなたなどわしらに比べたら小童も同然じゃ」

「あはは、小童ぁ~」

「うわ、なんか無性に悔しいな」


 渋い顔をした義隆さんが、自分をからかっている美尾ちゃんに視線を向けています。何か言い返せばいいと思うんですが黙ったままですね。


「しかし、やはり家は常にきれいにしておくべきじゃの。中にいて気持ちがいいわい」

「ほんまやね。それに、毎日掃除してるからあんまり疲れへんし」

「二人にはとても助けられてますよ」

「俺とお雪さんは働きに出てるからなぁ」

「なに、そなたらは外でしっかり稼いでくるのが仕事なんじゃ。平日のことは任せておけ」

「そうそう、うちらも皿洗いと掃除はできるし。でも、背丈がもっとあったら、洗濯物もといれられるんやけどなぁ」


 美尾ちゃんが右手を上に上げて残念そうに言います。ふふふ、それはもっと大きくなってからですね。


「あ、そうや。お雪さんに聞きたいことがあるんやけど」

「はい? なんですか?」

「街にいるときは風呂に入ってるんでしょうけど、冬に山へ入ったらどうやって体を洗ってるんですか? あと、洗濯なんかもせんといかんでしょう?」

「ええ、もちろんきれいにしてますよ?」

「そう言えばわしも知らんの。少し気になる」

「うちやお婆さまやったら水浴びしておしまいやけどなぁ」

「そりゃ狐の姿ならばな。水浴びした後に、いつも風呂場でやっとるように体を震わせるだけでいいものな」

「それ、楽でいいですよね~」

「えっと、あの、お雪さん」


 あらいけない。話が逸れてしまいました。


「ごめんなさいね。それで、冬の山にいるときはどうしているのかってことですよね。雪で体を洗ってるんです。こうやってこするんですよ」


 そのときの様子を実際に演じて見せながら、私は皆さんに説明をしました。私の話を聞いた三人の反応はとても薄いです。意外性も何もありませんから当然ですけど。


「あ~なるほど。雪なら周囲にいくらでもあるもんな」

「そっか、お雪はんは冷たいの平気やからできるんやね」

「そうじゃな。さすがにその方法で体を洗いたいとは思わんのう」

「それで、服はどうするんです? あ、山にいるときは着物でしたっけ」

「ええ、白装束ですよ。それで、小川が流れていますからそこで洗います。洗った後、なかなか乾いてくれないのが難点ですけどね」

「そうなると、変身の度に着物がきれいになる美尾ちゃんは便利やな。いくら汚れても変身し直すだけでええんやろ?」

「ううん。変身を解いた後でも汚れ自体はなくならへんよ。うちの毛にそのまま残んねん」

「つまり、あの着物は毛皮を変化させておったのか」

「うん」


 意外な事実を知って私達は驚きました。道理で着物を手放せないはずです。


「それやと、いくら洗っても落ちん汚れなんて最悪やな」

「そうゆうときは、毛が生え替わるまで待たんといかんねん」

「さすがに万能というわけにはいかないんですね」

「そうみたいじゃな」


 なるほど、何事にも長所と短所があるというわけですか。


「まぁともかく、私の場合ですと、季節が冬ですからほとんど汗なんてかきませんし、汚れることもあまりありませんから、一週間くらい洗わなくても平気なんですよ」

「夏やと大変なことになってそうやなぁ」

「その分着物の乾きも早いでしょうけど」

「義隆はそういうのも平気ではないのか?」

「え? どうゆうことなん?」

「ほら、汗のにおいにやたらと反応する性癖が――」

「君は何を根拠にそんなことを言うのかね!?」

「やたらと美尾の尻尾にこだわるんじゃから、他に特殊な趣味があってもおかしくはなかろう?」

「うわぁ」


 おや、なにやら話が面白い方向に逸れてゆきますね。ふふふ、私も便乗しましょうか。


「それでしたら、これから暑くなりますし、私の使い終わった下着をいでみますか?」

「そんな提案はいらんですよ、お雪さん!」

「ほんまは嬉しいんと違うの~?」


 ふふふ、火に油を注いだおかげで、いい感じに美尾ちゃんとお銀ちゃんが乗ってきましたね。義隆さんに新たな疑惑が増えてしまいましたが、面白かったので良しとしましょう。

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