わしとあやつ ─お銀視点─
「ふむ、ここも駄目じゃったの」
とある週末、わしは取り憑く家の候補を調べるために外へと出ておった。今は義隆が教えてくれた家を視察した帰りじゃ。
「お銀ちゃん、残念やったね。でも、また今度別のお家を見に行こな」
「もちろんそのつもりなんじゃがなぁ」
「どうしたん?」
「義隆の教えてくれた家は、さっきので最後なのじゃよ」
義隆には悪いが、わしの眼鏡にかなう家はなかった。悪くはないんじゃが良くもないという微妙な家ばかりなんじゃよな。判断を下すのにちと苦労した。
「じゃ、これからどうするん?」
「この辺り一帯か、もう少し遠出して良さそうな家を探すかのう」
「なぁ、前に貧乏神と会ったことがあるやんか。あんときに義隆の家に取り憑いたらええやんって貧乏神がゆうてたけど、まだ探すん?」
「う~ん、実はちょこっと気持ちが傾いておるんじゃよな」
なかなか思うような家が見つからんというのもあるんじゃが、義隆の家は妙に居心地が良い。それは義隆はもちろんのこと、美尾やお雪がおるからでもある。
「そやったら義隆の家に取り憑いたらどうなん?」
「今日はやたらと義隆を勧めるの」
「前にお雪はんと少し話をしたことがあんねんけど、義隆って稼ぎが少ないらしいから、うちらを食べさせるんは大変なんと違うんかなって思うねん」
「わしが取り憑けば金運には恵まれるしの。そうか、そういえば生活費の問題があったか」
どうも義隆は元々金運が弱いらしく、あまり稼ぎが良くないことはわしも知っておる。しかし、わしと美尾の生活費はほぼ義隆が負担しておるのをすっかり失念しておった。
「じゃが、義隆はいつまでわしらと一緒に住むつもりなんじゃろうな」
「え、どういうこと?」
「お雪は冬が来るまで居候させてもらうと最初からわかっておるが、わしと美尾はいつまでかはっきりわからんじゃろ?」
「お銀ちゃんは取り憑く家が見つかるまでと違うん?」
「いやそうなんじゃがな? そうではなくて、ではいつ見つけられるのかという話じゃよ。来月なのか、来年なのか、更にその先なのか、それによって義隆への負担は大きく変わるじゃろ」
「それやったらうちは……いつまでなんやろう?」
すぐにでも立ち去るというのならば、礼のひとつでも言って済ませれば良いじゃろう。しかし、長居するのであれば相応の礼はするべきではなかろうか。
わしらはしばらく黙って歩きながら考えた。
「お? 座敷童と妖孤やんけ」
二人して考え事をしながら歩いていると、ぼろぼろの黒衣をまとった小さな老人に出会った。
「おお、貧乏神ではないか」
「お久しぶりやなぁ」
「ははは! 久しぶりっちゅーほどやないやろ。ところで、なにしとるんや?」
「前と同じじゃよ。取り憑く家を探しておったんじゃ」
「うちはその付き添いやねん」
「なんや、まだ探しとったんかいな。とりあえずどっか適当なところに取り憑いたらええんとちゃうんか?」
「そんな適当にするわけにもいかんじゃろう。無闇矢鱈に金運を上げてやるほどわしは慈悲深くないぞ」
「わしなら適当に取り憑くこともあるんやけどな」
「うわ、それえらい迷惑やん」
「確かにな。けど、病気はせぇへんようになるんやで」
「なんで? 不幸にするんと違うん?」
「ちゃうちゃう! 不幸にするんやなくて、貧乏にするんや。つまり、わしが取り上げるんは金だけっちゅーこっちゃ。さすがに命までは取らんわ」
結果的に不幸にはなるが、あくまでも金運のみと言うことか。こやつなりに信条というのがあるんじゃな。
「あ、そうや。前会ったときに取り憑いてたお家はどうなったん?」
「あそこか。あの家は破産させたったわ。金には無防備やったさかいにな。大して苦労せんかったで」
「うわぁ、怖いなぁ」
「まぁ、誰も死んどらんからどうにかなるやろ」
「貧乏神よ。今の口ぶりだと、そなたに取り憑かれても貧乏にならぬ方法があるのか?」
「貧乏になりにくいだけやけどな。けど、一旦取り憑いたら結局は貧乏になるで」
そうでなければ貧乏神とは名乗れんか。しかし、取り憑かれた家はたまったものじゃないのう。
「それで、あんたは今何してんの? 取り憑く家を探してるんか?」
「まぁそんなとこかな。今はちょっとぷらぷらしとるところやね。どっか貧乏のさせ甲斐のある家知らへんか?」
「うちはわからへん。お銀ちゃんは?」
「自分のことで精一杯じゃよ」
「ああ。まだ探してるってゆうてたもんな。そや、それやったら別のことを頼みたいんやけど、ええやろか?」
「なんやの?」
「最近ろくなもん食っとらんから、まともな飯を食いたいんや。あんたら人間の家に居候しとるんやろ? そこでなんか食わしてくれへんか?」
意外な頼みごとにわしも美尾も面食らった。ただ、考えてみたらおかしな話ではない。わしらも何か食わねば力が出んしの。
「普段何食べてんの?」
「いつもか? いつもはごみ箱ん中漁っとるな。夏は痛みやすいからこれからの時期は大変やな」
「美尾、気持ちはわかるが聞いておいて引くのは失礼じゃろ」
「そやからうちんところでご飯が食べたいんか」
「そうゆうこっちゃ」
「わしらは家主ではないからな。安易に承知はできんが相談はしてみよう」
「そうか、助かるわ!」
ということで、わしと美尾は道端で再会した貧乏神を義隆の家へと案内した。厄介者を引き入れるようで少し気が引けるが、まぁ取り憑かれなければどうということはないじゃろう。
今日は休みということで義隆は家におる。そこへわしらが貧乏神を連れてきたんじゃから当然最初は驚いておった。が、夕餉を食わせてやりたいと話をするとすんなり受け入れてくれた。
「へぇ、貧乏神なんて初めて見たなぁ」
「普段は姿を隠しとるさかいな。人の目には入らんやろ」
「で、何を食べさせるんや?」
「何って、俺らとおんなじもんやん。総菜やけど」
義隆も料理は一応できるんじゃが、お雪が来てからは総菜ばかりになったのう。まぁ、用意すらせんわしに言われとうないじゃろうがな。
今はお雪が働きに出ておるから夕餉の支度はわしらだけでやった。その間の貧乏神はえらく上機嫌じゃ。
「おお、久しぶりのまともな飯じゃのう」
「最後のまともな飯っていつ食べたんです?」
「そんなんもう忘れたわ、ははは!」
「それじゃ食べよか」
義隆の合図と共にわしらは夕餉を食べ始める。お雪は帰りが遅くなるからあとでぼっち飯じゃ。
「それにしても、こんなにあっさりと飯を食わせてもらえるなんて思わんかったわ。わしが貧乏神やって知ってて家に入れるなんて、あんた変わってんなぁ」
「取り憑かれへんねやったらどうもないってお銀ちゃんがゆうてたからです。さすがにこれ以上貧乏になるのは嫌ですわ」
「ご飯食べられへんようになってしまうのは嫌やな」
「そうゆうたら、お銀ちゃん、今日下見に行った家はどうやったん?」
「駄目じゃな。中の雰囲気が悪すぎる」
やはり同じ取り憑くにしても一家の仲は良くないとな。ぎすぎすした関係など目の当たりにしても居づらいだけじゃし。
「なぁなぁ、義隆のお家って貧乏神としては取り憑きたいと思えるん?」
「う~ん、残念やけどここは取り憑き甲斐はないなぁ。そもそも銭のにおいがせぇへんもんなぁ。兄ちゃん、生活ぎりぎりとちゃうか?」
「そんなことわかるんや……」
「金のにおいがするかどうかしかわからんけどな。それでも結構当たるんやで」
貧乏神に貧乏と太鼓判を押された義隆はがっくりとしておる。あやつめ、飯を食わせてもらいながら酷いことを言うの。
「なんか収入が増える方法ってないん?」
「あるやんけ。そこの座敷童が取り憑いたらええだけやん」
「わしか?」
「あーでも、この家には何人か妖怪が居着いておるんやったっけ?」
「えっと、そこのお銀ちゃんの他やったら、美尾ちゃんに雪女のお雪さんもいるから、全員で三人かな?」
「お隣さんには雨女の亜真女さんもいるやん」
「あんた、女ばっかりやんけ」
「いや、別に意識して集めたわけやないんですけど」
「なんや。金運はのうても女運は盛りだくさんやんけ! こりゃぁ座敷童が焼き餅焼くわけやなぁ、ははは!」
「なっ!?」
何を言うとるんじゃ、こやつは!?
「どうゆうことです?」
「前聞いたときにな、この家に取り憑かん理由が、自分だけを見てくれんからって聞いたんや」
「ぶほっ!?」
「うわ! お銀ちゃん汚い!」
思わずお茶を吹いてしもうたではないか! 貧乏神め、説明をごっそりと省きおって!
「こりゃ、貧乏神! 誤解を招くようなことを言うな!」
「え、違ったん?」
「美尾!? そなたまで!」
「あんなふうにゆうたら、そうとしか聞こえへんで?」
「ほらみてみぃ。わしだけとちゃうやんか」
義隆の方に視線を向けると、じっとこっちに目を向けたまま固まっておる。くっ、恥ずかしい。
「お銀ちゃん、顔赤いよ?」
「だまらっしゃい! 言われんでもわかっとるわ! 義隆、まずはわしの話を落ち着いて聞くのじゃ。あの二人の話に惑わされてはならぬ!」
「まずはお銀ちゃんが落ち着くべきやと思う」
ええい、黙れ黙れ! わしは落ち着いておるわ!
こうしてわしは夕餉の後半を使って誤解を解かねばならんかった。まさか美尾に背中を刺されるとは。油断ならぬ!
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