わ、悪いことばかりじゃないんですよ? ─亜真女視点─

 今日も部屋から外を見るといい天気ね。朝の仕事を終えてそろそろお昼ご飯なんだけど、今日はどうしようかな。私は部屋から出て階段を下りて台所へと向かう。


「今日は何にしようかな……あ、お総菜がほとんどないんだっけ」


 昨日ほとんど食べちゃったことを今になって思い出す。あ~しまった。やっちゃった。


「どうしよう。買いに行こうかな? でも、雨降っちゃうしなぁ」


 炊飯器の中を見ると、こちらはまだ大丈夫。そうなると、後はおかずだけ。


「う~ん、しょうがない。御前さんに頼っちゃおう」


 次第に考えるのが面倒になった私は、お隣さんである御前さんの家へ電話をかけた。


「はい、御前です」

「あ、お、お雪さん? あ、亜真女です。ちょ、ちょっとお願いがあるんですけどぉ」


 ひとりだったときは普通にしゃべれていたくせに、人と会話をするとなると急にどもってしまう。対人恐怖症だった昔に比べると格段の進歩だけど、まだ人並みに会話をするのは難しい。


「もしかしてお昼ご飯を一緒に食べたいんですか?」

「っ!? よ、よくわかりましたね!」

「お昼頃に電話をかけてこられるときは、必ずそうでしたから」

「うっ、あうう……」


 鈴が鳴るようなきれいな声でお雪さんは私に事実を告げてくる。まだそんなにお世話にはなってないはずなのに。


「いいですよ。今日は八宝菜を作ってありますから、たくさん食べてくださいね」

「あ、ありがとうございます」


 お待ちしていますというお雪さんの言葉にろくな返しもできないまま、電話が切れてしまう。後で謝んなきゃ。




「お、お邪魔しま~す」

「よう来たね、亜真女はん。もうごはんできてるよ」

「今日も総菜を切らしてしまったのか?」


 玄関から入ると出迎えてくれたのは美尾ちゃんとお銀ちゃんだ。いつ見ても明るくてきれいな子たちね。

 ここに引っ越してきて初めての時に雨女だと指摘されたけど、それ以来、御前さんのお家とは仲良くしている。どうやら私はご先祖様の血のせいで、雨を呼び込む妖気が特別強いらしいことも教えてもらった。雨女の言い伝えが本当だと知ったときは驚いたな。

 そして、御前さんの家に居候している三人が本物の妖怪だと知ってもっと驚いた。美尾ちゃんが狐の姿になってしゃべったときは驚いたし、お銀ちゃんが何百年も生きている座敷童と知ってあの口調にも納得できた。そして、お雪さんが雪女だということも凍えるような思いをして理解させられた。


「いらっしゃい、亜真女さん」

「あ、ご、ごちそうになります」

「さぁ、昼餉じゃ昼餉!」

「えへへ~、いいにおいがするなぁ」


 鍋をかき回す手を休めたお雪さんがほほえみながら出迎えてくれた。同性でもときめく笑顔っていうのは反則だと思う。


「それじゃよそいますから、座って待っててくださいね」

「は、はい」

「わしは大盛りじゃぞ」

「うちはちょっと冷めてる方がええなぁ」


 お雪さんが八宝菜を盛っている間に、美尾ちゃんとお銀ちゃんがご飯をよそう。あ、私も手伝えばよかった。

 準備が整うと、四人一斉にいただきますと声を出してからご飯をいただく。


「ああ、や、やっぱりお雪さんのご飯はおいしいです」

「ふふふ、ありがとう」

「お、御前さんは今日仕事なんですか?」

「ええ。戻ってこられるのは夕方ですよ」


 学校で非常勤講師をしているという御前さんは、出勤と退勤の時間が毎日一定しない。だから、こうやって平日にごちそうになっても会ったり会わなかったりする。人が良さそうなので私に悪い印象はない。


「い、いつもありがとうございます。お、お総菜また切らせちゃって」

「わしの予想は当たっておったか」

「けど、その理由以外なんて今までなかったやん」

「そんなに長持ちするわけじゃないですから、あんまりたくさん買えませんものね」

「きょ、今日でちょうどなくなるはずだったんですけどね」


 どうして足りなくなったんだろう? と、考えたところで思い出した。昨晩、晩ご飯の後の晩酌で肴にしたんだっけ。


「でも、なくなったんやったら、スーパーマーケットで買ってきたらええやん」

「いや、亜真女は雨女じゃから、外出することで雨が降るのを避けたかったんじゃろう」

「そ、そうなんです。で、でも、さ、最後は考えるのが面倒になったからなんですけど」


 そう告げるとみんなが苦笑した。


「あれ? それやったら亜真女はんって、必要な物はどうやって買いに行ってるん?」

「ネ、ネット通販が多いわね。た、食べ物以外ならこれでほとんど揃うから」

「食べ物はどうしておるんじゃ?」

「か、買いに行くときは、で、できるだけ雨が降る日に決めてるの。ど、どうしても駄目な場合は、い、一時間以内で済ませられるように努力してる」

「う~ん、やっぱり不便ですよねぇ」

「た、確かにそうだけど、が、外出の度に天候を変えていては世間様に申し訳ないし。ほら、え、遠足とか雨で中止にとかなると悲しいじゃない」

「「「あー」」」


 学校に通っていたときはそうだった。雨女だということは隠していたから面と向かって言われることはなかったけど、「雨女のせいだ!」なんていう言葉を聞くのは悲しかった。


「そ、そうだ。お、お雪さんは学校に行ったことないんですよね?」

「ええ。私が生まれた頃にはそもそもそんな制度がありませんでしたから」

「で、ですよね。だ、だったら、ア、アルバイトするときの履歴書ってどうしてるんですか?」


 美尾ちゃんやお銀ちゃんと違って、お雪さんは生活のために働いてるって聞いたことがある。でも、学校なんて行ったことはないだろうし、履歴書は一体どうしてるんだろう?


「ふふふ」

「……」


 けど、答えは返ってこなかった。こ、これは深入りしない方がいいわね。


「けど、外に出る度に雨が降るんかぁ。お出かけできひんから可哀想やなぁ」

「雨が降っていいことは、なんぞないのか?」

「ん~、こ、個人的にはないですね。あ、で、でも、よ、世の中としてはいいことがある場合もありますよ」

「どんなことなん?」

「な、夏に日照りが続いたときに外出するんです。そ、そうしたら必ず雨がふるでしょう?」

「なら、琵琶湖の水位が下がったときなんかは、琵琶湖のほとりで何日か過ごすと――」

「び、琵琶湖が満たされるんじゃないでしょうか。や、やったことはないですけど」


 ここに引っ越してきて間もないからまだそういった機会はないけど、断水や節水をしないといけなくなりそうだったら試してみるつもりだ。


「なるほど。わしの場合は家を豊かにするが、亜真女は世の中の渇きを癒やせるのじゃな。いや、大したものではないか」

「あ、で、でも、ま、まだやったことないですし」

「う~、うちはまだなんもできんなぁ。お雪はんはなんかできんの?」

「そうですねぇ。基本的に冬限定ですから、せいぜいスキー場に雪を積もらせるくらいかしら」

「じゃぁ、ほんまになんもできひんのはうちだけなんか」

「あ、み、美尾ちゃんはまだ幼いんだから、し、仕方ないと思うよ?」

「そなたの妖術は極めれば何でもできるんじゃから、気にする必要はないぞ」

「わ、私もそう思う」


 たまたまそういった使い道があるっていうだけで、そんな風に使おうと思ったことなんてないし。


「あ、ご、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「はい、お粗末様でした」

「よし、それじゃ亜真女よ、わしらが皿洗いを終わった後は一緒に遊ぶぞ!」

「たまには亜真女はんとも遊びたい!」

「う、うん。わ、わかった」


 私はお雪さんが入れてくれたお茶を飲みながら、流しで二人が食器を洗うのを見ていた。さて、何して遊ぶんだろうな。

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