ある団欒の一幕

「なぁ、美尾。撫でさせてくれへんか?」

「え?」


 風呂に入って四人で団欒しているとき、不意に感情の赴くまま言葉を口にした。その瞬間、居間が微妙な雰囲気に包まれた気がする。


「また義隆が変なことを言い始めたぞ」

「なんやのん? 急に」


 美尾ちゃんが俺から少し距離をとって座り直した。そうやって態度で示されるとかなり悲しいな。


「義隆さん、最近、何か悩んでいることでもあるんですか?」

「話すだけでも楽になる。ここで打ち明けてみてはどうか」

「え、そうなん?」

「いや待って。ほんまにそうゆうんと違うから」


 三人とも本当に心配な顔をしてこちらに視線を向けてくる。どうも悩みを抱えてるかストレスをため込んでると思われたらしい。大丈夫、そうゆうことはないって。


「そうと違って、狐姿の美尾を触ってみたくなっただけや」

「「「あー」」」


 美尾ちゃんとお銀ちゃんは警戒心丸出しの目でこちらに視線を向けてくる。一方、お雪さんは苦笑いしてた。


「単純に動物をかわいがる感覚なんでしたら、ここまで警戒されなかったんでしょうけどねぇ」

「え、他に何かあるってゆうんです?」

「前にうちの尻尾を狙ってたやんか」

「そうじゃ。はっきり言って視姦じゃぞ、あれは」

「ええ!? なにそれ!」


 どうやらもふもふの件が尾を引いていた模様。そんな馬鹿な。


「けどな、『お銀ちゃんを撫でたい』なんてゆうのと違って全然普通やろ?」

「それは普通に犯罪じゃろ」

「今の発言を録音していたら通報できますよ」

「それやったら、『お雪はんを撫でたい』やったらどうなんの?」

「やっぱり犯罪臭がするな」

「おそらく痴漢扱いになるでしょうね」


 なんか、俺が犯罪者というネタで盛り上がりつつある。おかしいなぁ。そんな変なことゆうたつもりはないのになぁ。


「いやあのな? なんで俺が美尾ちゃんで癒やされたいってゆうたら犯罪者扱いなんや?」

「お雪の裸を覗いたじゃろが」

「だーかーらぁ、あれは事故やってゆうとるやん!」

「もうお嫁に行けなくなってしまいました、ううう」


 どうしよう、なんかだんだんと泥沼になってきた。何とかして話題を変えんと。


「野生の動物は人間に近づくことすらせんから、やっぱり美尾ちゃんも触られるんは嫌なんか」

「お婆さまやったら平気やけど、さすがに義隆は……なぁ」

「体中をなで回されるとの一緒じゃからな。それを想像すると避けたくもなろう」

「好きな人ならいいんですけどね~」

「このお家にいさせてくれるんは嬉しいけど、さすがにそれはなぁ」

「みんなの話を聞いてると、改めて俺が変質者にしか聞こえんぞ」

「ご理解していただけて嬉しいです」

「ぐはっ!?」


 お雪さんの言葉が突き刺さる。緩やかに話題を変えようとしたけど、相変わらず俺への攻撃が止まん。更なる変更が必要か。


「お雪さん、好きな人ならいいってゆいましたけど、昔に好きな人っていたんですか?」

「え? ええ、まぁ」

「ほんまに? うわ、どんな人やったん?」

「それは気になるのう」


 やはりこの手の話の食いつきはええな。美尾ちゃんとお銀ちゃんも乗ってきた。


「そんなに面白い話じゃないですよ? 相手は人で、私は雪女ですし。結局、それが原因で別れちゃいましたから」

「「あー」」


 今の声は俺とお銀ちゃんのや。そうか、人間の男が相手やったんか。こりゃまずったな。美尾ちゃんはわかってないようで首をかしげてる。


「ですから、私じゃなくて、義隆さんの話を聞きましょう」

「ぅえっ!? 俺!?」


 微妙な雰囲気になりそうだったのを変えようとしてくれたお雪さんやけど、なんでよりによって俺に振るかな!?


「ほほう、義隆の話か。これは興味深い」

「義隆が好きになった人ってどんな人なん?」

「いやいやいや、美尾ちゃんやお銀ちゃんの話でもええやん!」

「わしはないぞ。こんな女童に興味を示すなどよっぽどの変わり者じゃし、そもそも人前にそうそう姿を現さんからの」

「うちは、ずっとお婆さまとお山にいたし、そうゆうのはないねん」

「ということで、残るは義隆さんだけですね」


 三人は満面の笑みを俺に向けてきた。


「いやぁ、そんな大した話は俺にもないなぁ」

「大した話やないことやったらあるんやろ?」

「美尾ちゃん、細かいとこ突いてくんな」

「小さなことでもいいんですよ、義隆さん。お話さえしてくれればいいんですから」

「いやぁ、え~」

「さぁ、すべて吐くのじゃ!」


 同じ迫られるのでも、こういうのは遠慮したいなぁ。


「話ってゆうても、振られた話しかないのに」

「まぁ、それで充分じゃありませんか。そのときのことを話してくださいよ」

「うちも聞きたい!」

「なんで自分で古傷を抉らんといかんねん……」


 結局、俺は過去の話をいくつかすることになった。

 一番古いのは中学生のときやったな。別のクラスの女の子を好きになったから手紙で呼び出して告白しようとしたんやけど、結局来てくれんかった。他の人に言いふらされるのが怖くて手紙に名前を書かんかったのがまずかったんかな。

 次が高校生のときで、このときはちゃんと告白した。けど、既に彼氏がいたらしく振られてしもた。例え彼氏がいたことがわかっていても好きになってたんやろうけど、自分の間抜けさに脱力したなぁ。

 他にも大学生のときのことや社会人になってからのことも話す。というか、洗いざらい吐かされた。何で尋問みたいになっとるんや。


「結局全部ゆうてしもたな……」

「うわぁ、連戦連敗やん、義隆って」

「これ、美尾。そこはそっとしておいてやるんじゃ。かわいそうではないか」

「そう言いつつも、全部聞いちゃいましたけどね」


 話しているうちにある程度慣れてきたけど、やっぱり恥ずかしいなぁ。


「けど、俺だけってずるいよなぁ」

「そうはゆうても、ないもんは仕方ないやん」

「そうじゃ。あったら話しておる」

「それ、ないから好きなようにゆえるだけやん」


 それはわかってるんやけどな。不満くらいゆうてもええやろ。


「それにしても不憫ですね。何がいけなかったんでしょうか?」

「大学生以後は普通に振られただけやけど、単純に好みと違うってゆわれたな」

「好みか。そう言われるとどうにもならんのう」

「うち、甲斐性なしやと思てた」

「地味に酷いやんか、美尾ちゃんは」


 実は、社会人で振られた時の理由の中にそれもあるんやけどな。まぁ、ゆわんでええやろ。


「うう、俺は傷ついたからもう寝るぅ」

「ははは、そうかそうか。寝てすべてを忘れるといい」

「思い出させたんはみんなのくせに」

「はいはい。それじゃ今日はお開きにしましょうね」

「は~い、お休み~」


 最後の方はあんまり本気で関わってもらえず、適当にあしらわれながら今日はお開きとなった。なんか、俺が一方的に変態扱いされた上に恥ずかしい話を暴露しただけで終わってしもたな。なんか納得いかん。

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