脱衣所での事故 ─お雪視点─

 いつの頃からかはもうはっきりと覚えていませんが、冬は山で、それ以外の季節は人里でという生活をして随分と経ちます。

 人里で生活を始めてからは何をするにしてもお金が必要ですので働いていますが、一年以上続けられないのが辛いところですね。そして、それは住むところも同じなんですが、今回は嬉しい誤算があったので住む場所に困っていません。妖孤の美尾ちゃんを養っている御前義隆さんのお家に居候させてもらっているからです。


「皆さん、夕飯の支度ができましたよ~」


 今日は美尾ちゃんとお銀ちゃんに手伝ってもらって、ハンバーグを作ってみました。手間がかかるので大変ですけど、三人でするとお話をしながらできるので楽しいです。


「お、今日はハンバーグなんですか。それにしても、いろんな形があるな」

「うちらも作るん手伝ったんやで!」

「そうじゃ、団子をこねるみたいで面白かったぞ」

「ああ、そやからちっさいのや丸こいのがあるんか」

「でもどれもおいしいですよ」


 できあがったハンバーグをひとつ、味見と称して三人で食べたのは義隆さんには内緒です。


「それじゃ、いただきまぁす」

「「「いただきます!」」」


 義隆さんの言葉に続けて私達も唱和します。

 そういえば、こちらに居候させてもらうまでは何もかもひとりでしていました。けれど、今では何をするにしても美尾ちゃんやお銀ちゃん、それに義隆さんがいます。随分と境遇が変わったものです。




 夕飯が終わると後片付けをしないといけないんですが、これは主に美尾ちゃんとお銀ちゃんがやってくれます。何もしないのは心苦しいということで、掃除と食器洗いは手伝ってくれるんですよ。

 掃除はともかく、食器洗いにそれほど人は必要ありません。そこで私はお風呂の準備をします。


「それじゃ、先に入りますね」

「あーはいはい。どうぞ」

「覗くくらいでしたらかまいませんよ?」

「しませんって!」

「ああ、美尾ちゃんやお銀ちゃんの方が好みでしたっけ?」

「なんでやねん!」

「ふふふ」


 俺そんなふうに見えんの? という顔をした義隆さんを居間に残して私は脱衣所に向かいます。


「さて、入りますか!」


 私は服を脱いで籠の中に入れると浴室に入りました。お風呂の窓は普段開けっ放しにしてありますので最初に閉めます。

 義隆さんのお家ではお風呂を入れる前に湯船を洗うことになっているので、今から洗わないといけません。


「♪~」


 お気に入りの演歌を口ずさみながら桶に入れた水を湯船に軽く掛けて、次に浴室の壁に掛けてあるソフトたわしを手にします。そして浴槽についた垢をこすり落とすんです。

 そうそう、お風呂の掃除担当は私になっています。これはたまたまそうなったんではなくて、ちゃんと理由があるんですよ。私は雪女ですから暑いところは苦手です。当然、お湯に浸かるのも辛いんです。ですから、最初に水を張って入浴してから沸かすことにしてもらってるんですよ。浴槽を洗うのはついでです。


「はぁ、やっと終わりました」


 湯船を洗うのはなかなかの重労働ですけど、大きくないのであまり時間はかかりません。後は洗い流して水を張るだけです。

 蛇口をひねって大量の水を入れ始めますと、水の音が浴室中に響いて結構うるさいです。


「あら、石けんがなくなりかけてますね」


 毎日浴室内の石けんやシャンプーなどを確認しては足りないものを補充するのも私の役目です。

 私はさっそく脱衣所に戻るために扉を開けました。すると、廊下へと通じる対面の扉も同時に開きました。


「あら?」

「え?」


 向こうに見えるのは義隆さんですね。どうされたんでしょうか?


「やっぱり覗きにいらっしゃったんですか?」

「いや、ちゃうねん!」


 義隆さんは慌てて扉を閉められました。その直後に美尾ちゃんとお銀ちゃんの慌ただしい足音がこちらへと向かってきます。

 なにやら大変なことになってきましたね~。




 私は水風呂から上がりますと、お湯が沸くように湯沸かし器を設定して居間に向かいました。そこでは、義隆さんが正座しているではありませんか。


「あら、どうされたんですか?」

「お雪か。待っておったぞ。これよりこの下手人を裁くのじゃ!」

「悪いことしたらお仕置きせんといかんねんで」

「あれは不可抗力やん」


 義隆さんが上目遣いで主張されますけど、お銀ちゃんに睨まれてそのまま黙ってしまわれました。美尾ちゃんも怒っているように見えますが、こっちはお銀ちゃんをまねているだけでしょう。


「私は別にいいですけどね~。でも、どうして脱衣所に入ってこられたんです?」

「美尾ちゃんがやかんを床に落としてお茶をぶちまけたから、雑巾を取りに行ったんですわ。そんで裸のお雪さんと鉢合わせてしもて」

「なるほど。確かに雑巾は脱衣所にありますからね」


 そうして視線を美尾ちゃんに向けると、今までの元気はどこへやら、耳と尻尾をたれ下げてしょげかえってしまいます。


「うっ、ごめんな、お雪はん」

「やかんはもう片付けたんですよね?」

「ああ、それはもうやった」


 横合いから正座をしている義隆さんが答えてくれました。


「まぁ、脱衣所に行く理由はあったんじゃし、情状酌量の余地はあるかもしれんが、乙女の柔肌を見て無罪というわけにもいくまい」

「ん~、恥ずかしいところも全部見られてしまいましたからね~」

「そ、そんな罪が重くなるようなことはゆわんといてくださいよ」

「でも、罰を与えるって言われましても、どんなのがいいのかしら」


 義隆さん以外が首をかしげて知恵を絞ります。さて、どうしたものでしょうか。


「あ、そや! 義隆の足を触るんはどうやろう!?」

「なんじゃそれは? どういう罰なんじゃ?」

「ほら、義隆ってさっきからずっと正座してるやん。そやから絶対足が痺れてるはずやろ? その足を触るんや!」

「「あー」」


 私はお銀ちゃんと同時に声を上げました。


「なるほど、一応罰になりますね」

「なかなかえぐいことを思いつくのう」

「ちょっ!? それ割と酷いやん!?」


 半ば本気で焦った義隆さんが後ずさりをしようとしますが、完全に痺れきっているらしく、思うように足を動かせられないようですね。


「ふふふ、なかなか嗜虐心をそそる姿ですね、義隆さん」

「うち、いっぺんやってみたかってん♪」

「ははは! のりのりじゃのう、そなたら」


 後ずさる義隆さんに対して、私達三人は少しずつ包囲網を狭めてゆきます。


「ちょっ、ほんまにそれは……ああああああああ!!」


 義隆さんの悲鳴が居間全体に響き渡る中、私達三人は義隆さんの足を触ります。もちろん、優しくですよ?

 この後、私達は義隆さんの痺れがほとんどとれるまでずっと続けました。ふふふ、とても楽しかったです。

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