お風呂に入るんや ─美尾視点─
うちとお銀ちゃんはとっても仲良しや。一見するとおんなじくらいの歳に見えるけど、実はお雪はんと同じくらい生きてるらしいからずっと年上やったりする。その分いろんなことを知ったはるから、うちにとっては頼もしいお姉ちゃんみたいやねん。
「美尾ちゃん、お銀ちゃん、お風呂が沸きましたよ~」
晩ご飯を食べた後、食後の休憩をしているとお雪はんからお風呂の合図がかかる。仲の良いうちはお風呂も一緒や。
「よし、風呂に入るか、美尾」
「うん!」
うちらは将棋を中断して脱衣所へと足を向けた。脱衣所の中は洗濯機や着替えを入れとく籠なんかがあってちょっと手狭や。お風呂はその先にあんねん。
着替えがちゃんとあることを確認すると、お銀ちゃんは服を脱ぎ始めた。
「えい!」
うちはかけ声ひとつで狐の姿に戻った。すると、ぼふっという音と一緒に姿が狐に変わる。お風呂に入るときはいつもこっちなんやで。
「うわっ!? こりゃ、美尾。術を解くときは一言言わんか!」
「あ、ごめん」
変身したり元に戻ったりするときは煙が出るんやった。うちはよう忘れてお銀ちゃんに叱られてしまうことが多いなぁ。
「よし、これで素っ裸じゃ。風呂に入るぞ」
「うん!」
一糸まとわぬ姿のお銀ちゃんが、扉を開けて手ぬぐいを片手に堂々と風呂場へと入って行く。続いてうちが入ると再び扉を閉めてくれた。
風呂場はあまり広ないけど、うちが狐の姿でお銀ちゃんは小さいからこれで充分やねん。
お銀ちゃんは、湯船の
「まずは掛かり湯をしてやろう」
「あ、お湯って熱うない?」
「ん、大丈夫じゃな。ゆっくりと掛けてやろう」
お銀ちゃんは、ぷらすちっくってゆうやつでできた桶で湯船からお湯を掬った。そして、首筋からお尻までの背中にあったかいお湯を丁寧に掛けてくれる。
「どうじゃ?」
「うん、いいお湯や」
もう一度掛けてもらうと、うちはお銀ちゃんから少し離れる。今度はお銀ちゃんが掛かり湯を掛けるから、その
真っ白い肌に首筋から肩、胸、腹、腰へと、引っかかることなくお湯が伝ってゆく。しゃがんでるせいで、太ももから膝と腰から足首へと二手に分かれて床にこぼれ落ちた。
「おお、ぬくいお湯じゃ。今日もお雪はいい仕事をしておる」
上機嫌のお銀ちゃんは掛かり湯をした後に湯船へと入る。うちは湯船へと近づくとその縁に前足を掛けてお銀ちゃんを見上げた。
「お銀ちゃん、うちも入れて」
「わかった。じっとしとれよ」
脇を抱えられたうちの体がふわりと宙に浮く。最初は何となく落ち着かんかったけど、今はもう慣れたわ。
うちの体はお銀ちゃんのお腹の真上まで持ち上げられると、ゆっくりとお湯の中につけてもらう。湯船に座ったお銀ちゃんのお腹にうちが座る格好やな。首から上だけがお湯の上に出てる。
「ああ、気持ちいいなぁ」
「そうじゃのう。あ、昨日みたいにひっかくなよ?」
「わかってるって。もたれかかるだけやん」
うちは自分の体をお銀ちゃんにぺたりと貼り付けるようにもたれかかった。頭はお銀ちゃんの肩に乗せんねん。こうすると楽でええねんなぁ。
昨日みたいにってゆうのは、間違ってお銀ちゃんの肌に爪を立ててしもたことや。白い肌にうちの爪痕が赤く残ってて悪いことしたなぁって思う。
「よし、もういいじゃろ。美尾、そろそろ体を洗おうか」
「うん。ええよ」
再び両脇を持ち上げられたうちは湯船から出される。すっかり濡れ鼠のうちは体をぷるぷるって震わせてお湯をはじき飛ばした。そしてお銀ちゃんの前にちょこんと座る。
「顔はやめてな。目にしみるから。あと、耳の中も」
「まだ言っておるのか。あのときはさんざん暴れて手を焼かせてくれたな。間違って入っただけじゃのに」
「間違ったかどうかやなくて、目に入るんが嫌なんや」
「わかっておる」
うちと話をしながらお銀ちゃんは丁寧に体を洗ってくれる。しゃんぷーってゆうのを使ってるから全身泡だらけや。
「こんなもんかの。よし、湯を掛けるぞ」
「うん」
されるがままやったうちがそのままじっとしてると体にお湯がかかる。三回お湯を掛けられると、今度は頭を下げて目を閉じた。すぐにお湯が首から上を包み込むようにして流れる。
「美尾、もういいぞ」
「ん~気持ち良かったぁ」
全身をぷるぷるさせてお湯をはじき飛ばしたうちは、背伸びをした後お銀ちゃんから少し離れて人に変身する。もちろん、お風呂の中やから裸や。
「お銀ちゃん、今度はうちが背中を流してあげるな」
「おお、すまんの」
うちの場合はしゃんぷーだけでよかったけど、お銀ちゃんやと体は石けんってゆうので洗わんとあかんらしい。そやから手ぬぐいに四角くて白い石けんをこすりつけて泡を立ててから、お銀ちゃんの背中を洗い始めた。
その間にお銀ちゃん自身は、前や手足を洗ってる。前に全身洗おうかってゆうたんやけど、さすがにそれはって遠慮された。うちもお返ししたいんやけどなぁ。
「こんでええかな。お湯掛けるよ?」
「おう、頼む」
桶で湯船からお湯を掬って、うちはお銀ちゃんの首筋からお湯を掛ける。ほんのりと赤みがかった白い肌に、ふわりと湯気を上げながらお湯が石けんを洗い落としていった。
「これできれいになったな」
「では、もう一回湯船につかって上がろうか」
うちはまた狐の姿に戻って、お銀ちゃんと一緒に湯船へつかる。体全体が緩んでなんも考えられへんわぁ。
「これ、冬に入るともっと気持ちいいんやろなぁ」
「冷えた体を温めるのには最適じゃな。最初は手足が痺れるくらいに熱く感じるが」
「どうゆうことなん?」
「手足の先が寒さで血の巡りが悪くなっておるのじゃよ。そこへいきなり温かい湯の中へとつけるといきなり血の巡りが良くなるじゃろ? そのときに痺れるような熱さを感じるんじゃ」
「へぇ。それはなんか入りたいような入りたくないような……」
「ははは、確かにな。しかし、しばらく我慢していればすぐに治まる」
「そうなんや。そやったら今年の冬が少し楽しみになるなぁ」
ぼんやりとした頭ではあんまり考えがまとまらへん。今のうちは思ったことをそのまま口にしてるだけや。
「そろそろ上がろうか。そなたはのぼせてきているように見えるぞ」
うちの返事を待たずに、お銀ちゃんはうちを抱えて湯船からではった。床に下ろしてもらったうちはそのばで体をぷるぷるする。お銀ちゃんは湯船に上蓋を掛けると、手ぬぐいで体を拭き始めはった。
「お銀ちゃん、もうええんか?」
「うむ、それでは出るとするか」
濡れていたところは大体吹き終わったお銀ちゃんが扉を開けてくれる。うちは脱衣所へと移った。むせ返るようなお風呂と違って冷ややかな脱衣所の空気が気持ちいい。
「早う冷たい麦茶が飲みたいな」
「しばし待て。すぐに着替える」
うちはお銀ちゃんの目の前に座って、尻尾を揺らしながら着替え終わるのを待った。さぁ、麦茶を飲んだら将棋の続きや。
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