いや、誤解ですってば!

「なぁ、みんな。最近、近所で変な目で見られるってことないか?」

「どうしたん、急に?」


 とある日の夕飯時に、俺は近頃気になってることを切り出した。みんなが箸を一斉に休めてこちらに目を向けてくる。


「いや、明確にこれってゆうのはないんやけどな? ただ、近所の人に会うと微妙な顔をされるんや」

「んー、うちはないなぁ」

「わしもないの。このように今風の洋服を着ておるから、怪しまれることもない」


 お銀ちゃんはそうゆうと、箸と茶碗を持ちながら上半身を揺らす。


「むぅ、その言い方やと着物のうちは怪しまれるってゆうてるみたいやんか」

「怪しまれるとは言わんが、珍しい子じゃという目で見られておるではないか」

「それやったら、お銀ちゃんのそのしゃべり方かってそうやん!」

「まぁ、確かに。こういう芸風じゃと何とか押し切っておるがの」


 美尾ちゃんの抗議をお銀ちゃんは苦笑いしながら受け流す。どっちも見た目が美少女な小学生やからそもそもが目立つ。そこに特徴的な服装や口調なもんやから余計にやろう。


「お雪さんはどうです?」

「さすがに探りは入れられますね。遠い親戚だってごまかしてますけど」


 どうやったって人目についてしまうことは避けられんから、一緒に住むに当たって差し障りのない設定をみんなで決めておいた。まぁ簡単にゆうと、全員が遠い親戚なわけやけど。


「とゆうことは、微妙な顔をされてるんは俺だけか」

「なんかしたん?」

「なんもしとらん。だから悩んでるんやんか」

「でも、美尾ちゃんの尻尾にはやたらとこだわってますよね」

「立派な変態ではないのか?」

「待ってみんな。何で俺を危ない奴に仕立て上げようとするんや。こだわりがひとつくらいあってもええやんか」

「そのこだわりが危ないんじゃよ」

「しかもひとつだけじゃないですしねぇ」

「酷い、人の趣味を……」


 俺の数少ない趣味をそんなふうにゆうのはやめてほしい。というか、なんでみんな知っとるんや。


「けど、なんで俺だけなんやろう?」

「まぁ、理由はある程度想像つきますけどね」

「なんやの? お雪はん」

「だってほら、義隆さんって自宅に女と女の子ばかり居候させてますから」

「なるほど、端から見ると女を囲ってるようにみえるわけじゃな」

「そうゆうたら、俺以外全員女か……」

「うちら居候させてもろうてるだけやのになぁ」

「わしらが内情を隠してるというのもあるが、外からは内のことなどわからんからの」

「しかも、みんな揃って人と違うし、話すこともできんしなぁ」


 今のところ説明のしようがないので、悶々としながら俺はおかずの餃子に箸をつけた。




 数日後、仕事で使う本を物色するため本屋へと行こうとしたら、木村のおばさんに声をかけられた。

 このおばさん、確か今年で還暦を迎えるんやなかったっけな。小さい頃から近所付き合いがあったから俺にとってはずっとおばさんなんやけど、最近はめっきり白髪が多くなってきた。


「あらっ、御前くんやん!」

「ああ、こんにちは。掃除ですか?」

「そうやねん。こういうことは毎日せんといかんしなぁ!」


 ほうきを持って玄関から出てきた木村さんは、日課の掃き掃除をするところやったらしい。家の前だけやからそんなにかからんけど、毎日するのは面倒やないんかなって思う。


「それで、これからどこ行くん?」

「ちょっと本屋で仕事で使う本を探しに行くんです」

「へぇ~えらいわぁ! うちのダンナとは大違いや!」


 そうゆうと木村さんは大笑いする。実にけたたましい。

 そしてこの人、裏で拡声器って呼ばれてるほど実に口が軽い。聞いた話を右から左へとすぐに流すだけやなくて、自分の推測も盛り込んで広めるってゆうことで有名やったりする。


「そうそう、昨日なんやけどな、買い物行った先のスーパーで冬山さん見かけてんか。いや~、いつ見ても美人やなぁ、あの人! まるで若い頃のうちみたいやわ!」

「ははは……」


 とりあえず木村さんに合わせて笑っておく。これはなんか嫌な流れやな。


「それで、冬山さんがどうしたんです?」

「それでな、何買うんやろうって後つけてったら、すごいもん買うから驚いたわ!」

「なんでストーキングしたはるんですか」

「ストーキングて失礼な。うちはちょっと気になったから後ろからついてっただけやんか」


 世間ではそれをストーキングって呼ぶんですよ、木村さん。


「それで、すごいもんってなんですか?」

「そうそう、それなんやけどな? なんと、ユ○ケルをケースで買ったんや!」

「ああ」


 某黄帝液のことや。普段は飲まんねんけど、イベントの手伝いをするときなんかに持って行くことがある。この前切れたから昨日買ってもらったんやったっけ。


「でも、それのどこがすごいんです?」

「なにゆうてんの! あんなんまだ若いあんたに必要あらへんやんか。そやのに買ったってゆうことは、それだけ夜が激しいってゆうことやろ!」

「もはやお約束ですね」


 俺が美尾ちゃんらと一緒に住み始めて以来、木村さんからは延々と同じことをゆわれてる。遠い親戚なんて説明しても「そんなん嘘やん!」の一言で片付けられてしまうし。実はそれは正しいんやけど、付き合うこっちとしては疲れるなぁ。


「美尾ちゃんや御銀ちゃんに弟か妹がそのうちできるんとちゃうか」

「できません。冬山さんとは何もないです」

「冬山さんと『は』? え、まさか、あんな小さい子に――」

「あーもーこのおばちゃんは!」


 渋い顔をして抗議する俺を見ながら、口に手を当ててにやにやする木村さん。そうゆうたらここまでがお約束やったな。


「あれ? 義隆何してんのん?」

「本を買いに行くのではなかったのか?」

「あ、美尾ちゃんにお銀ちゃんやん」


 ひとりやとなかなか木村さんの勢いを止められへんけど、この二人がいたら変なことはゆわんやろう。


「あら~、美尾ちゃんに御銀ちゃん、こんにちは~!」

「「こんにちは」」

「今日はどこ行くんかな?」

「あっちの方に行くねん」


 美尾ちゃんが指さしたのは西の方や。たぶんお銀ちゃんの下見に付き合ってるんやろうな。


「木村はんは義隆と何を話してたん?」

「え~、詳しいことはゆえんけど、美尾ちゃんと御銀ちゃんの弟か妹ができるかもしれんってことを話してたんやで」

「なんじゃそれは?」

「ちょっ!? なんちゅうことゆうんですか!」


 下手にこじれたら家族会議になってまうのに!


「ああ、また木村殿が下品なことを言っておったのか」

「そうなんや。お銀ちゃんは賢いなぁ」

「うわ、御前くん酷いやん!」

「酷くありませぇん。変に茶化す木村さんが悪いんですぅ」


 俺みたいなおっさんがぶりっこをしても気持ち悪いだけなんやけど、ついやってしもたわ。


「まぁええですわ。それじゃ、俺はこれから本屋に行きますんで」

「はぁい。ほなまたな~!」

「義隆、途中まで一緒に行こ!」

「これ、わしを置いて行くな」


 ああ、やっと木村さんから解放された。今度は自分ひとりでも切り抜けたいなぁ。

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