もふもふへ至るには

「なぁ、美尾ちゃん」

「なに?」

「尻尾触らせて」


 俺がそうお願いした瞬間、弛緩していた居間の雰囲気が微妙なものへと変わった。

 居間で美尾ちゃんと一緒に遊んでいたお銀ちゃんは俺に白い目を向け、台所で食器を片付けていたお雪さんは、「警察に連絡した方がいいのかしら?」とゆうような表情に変わる。

 今の美尾ちゃんは元に戻ってる。あの玉尾さんみたいに毛並みの立派な狐の姿や。お銀ちゃんと遊ぶ後ろ姿を見てると、ふりふりする尻尾がどうにも俺を誘ってるようにしか見えん。


「義隆、そなた、いきなり何を言い出すんじゃ」

「いや、美尾ちゃんの尻尾を見てると、小さい頃に飼ってた犬の尻尾を思い出したんや」

「犬を飼ってたん?」

「そうや。そんでよく遊んだりしてたんやけど、そのとき触った尻尾の感触がえらい不思議やったから、また触りたなったんや」


 俺の話を聞いた三人は警戒心を少し解いてくれたようで、雰囲気が少し落ち着いてきた。


「そういうことだったんですか。私はてっきり、義隆さんが特殊な性癖を持ってるのかと思ってしまいましたよ」

「だからお婆さまの尻尾もじっと見てたんか」

「玉尾殿は確か九尾の狐じゃったよな。なるほど、九つも尻尾があれば気にもなるか」


 どうやら誤解は解けた模様。変態の烙印は押されずにすんだようや。


「けど義隆、尻尾触ったときの不思議な感触ってどんな感触なん?」

「尻尾の中心から生えてた毛が猫じゃらしとそっくりでなぁ。よう触って遊んどったんや。あと、尻尾の筋肉もなんか面白かった」

「あー猫じゃらしですか。確かにそう言われると似てそうですね」

「ふむ、美尾、気になるからわしに触らせてくれんか?」

「え、お銀ちゃん?」


 美尾ちゃんが驚いてお銀ちゃんを見る。興味を示されるのが意外やったんやろう。


「そなたの尻尾が猫じゃらしみたいだとは思いもせなんだが、そう言われると一度触ってみたくなる」

「まぁ、ちょっとだけなら」


 そうゆうと、美尾はおずおずとお尻をお銀ちゃんに向けて、尻尾をふわりと床に寝かせた。その姿が何ともかわいらしい。

 お銀ちゃんはその差し出された尻尾を気兼ねなく持ち上げると、両手で包み込むようにして手のひらをにぎにぎと動かす。


「お、おお。これは確かに猫じゃらしみたいじゃの」


 お銀ちゃんが手をにぎにぎとする度に、尻尾が逃げるようにその手の輪から抜け出そうと動く。


「お銀ちゃん、尻尾は自分で動かしてないんですよね?」

「うん、なんもしてへんけど……」


 されるがままに尻尾をいじられてる美尾ちゃんは言葉を濁す。狐の姿やから表情はようわからんけど、人間やったら赤面してるんやろうなぁ。


「それで、尻尾の筋肉も面白いんじゃったな。義隆、それはどう面白いんじゃ?」

「ああ、それは人間には尻尾なんてないから珍しかっただけや。ほら、尻尾が動くことは知ってるけど、いざ実際に触ってみるとちゃんと筋肉があるんやって思っただけ。手で触ったまま美尾ちゃんに尻尾を動かしてもらったらわかるで」

「そうか。美尾、ちょっと尻尾を動かしてくれんか?」

「うん……こうでええんか?」


 頼まれた美尾ちゃんはゆらゆらと尻尾を動かそうとする。もちろん、お銀ちゃんに軽く握られてるからその中でもぞもぞするだけや。


「おお、確かに動いておる。ちゃんと尻尾の筋肉を使っておるんじゃな」

「……そらそうやん」


 美尾ちゃんの返事は実にか細い。湧き上がる何ともゆえん感情をどう扱ってええのか戸惑ってるんやろうな。


「ふぅ、満足した。もういいぞ、美尾」

「うん」


 充分に触れたお銀ちゃんは大変満足そうな笑顔なのに対して、美尾ちゃんは人の姿に変身して俺らから距離をとって床に座り込んだ。ちなみに尻尾は消えてる。


「美尾、どうした?」

「え、えっと。なんとなく?」

「あらあら、すっかり警戒してるわね」

「それじゃ次は俺――」

「嫌や」


 途中で言葉を遮られてしもた。美尾ちゃんのこっちを見る目は警戒色全開やな。


「え、俺まだ触って――」

「嫌や」


 あれぇ? すっかり警戒されとるなぁ。俺なんもしとらんのに。


「そんなに尻尾触られるんは嫌やったんか?」

「嫌や」


 もう「嫌や」しかゆうてくれへん。振り向くとお雪さんが笑いをこらえてる。俺かて触りたいのに。


「義隆さん、もう諦めたらどうですか? こんなに嫌がってたら無理ですよ」

「諦めたらそこで試合終了してまうんやけど、これはしょうがないなぁ」

「なんか義隆は目が怖いし嫌やねん」

「え、俺ってそんな目つきしてたんか!?」


 どうも嫌なんは俺のみの模様。前にもゆわれたけど、そんなに危ない目つきやったんか。知らんかったわ。


「はぁ、もふもふへ至る道は険しいなぁ」

「そんなことを言うから至れんのではないのか?」

「ええなぁ、お銀ちゃんは触れて」

「ふふふ、なかなか良い触り心地じゃったぞ」


 そう言いながら俺に見せびらかすように量の手のひらを突き出してくるお銀ちゃん。


「くっそう! なら、その手のひらを堪能してやるぅ!」

「ちょっ!? 何をするんじゃ!?」


 嫌がらせも兼ねて俺はお銀ちゃんの両手を揉みしだこうとその手を掴む。慌てて手を引っ込めようとするお銀ちゃんと俺は、ちょっとした取っ組み合いを演じ始めた。


「ちょっと、二人とも何してんねん」

「もう、義隆さんは大人げないですね」


 外野の二人が呆れてるが、これはこれで面白うなってきた。

 けど、さすがに端から見ると小さい女の子を襲ってるように見えんこともない。すぐにお雪さんに止められてしまう。


「はいはい、見た目がこんなに小さい女の子を襲っちゃだめでしょう」

「そうじゃそうじゃ」

「あー俺ももふもふ触りたい」


 大人げなく床をごろごろ転がる。まるっきり子供やな、俺。


「義隆、そんなにうちの尻尾触りたいんか?」

「触れんとなると余計にな」

「確かに駄目と言われると余計にしたくなることはあるのう」

「そやろ? 美尾ちゃん、ならどうやったら尻尾触らせてくれんの?」

「ん~、義隆が怖ぁなくなったら。ほら、特に目つきとか」

「どうしたらええねん、それ」


 その条件は難しいな! 何気ない表情なんて取り繕えるほど俺は器用とちゃうのに。


「しばらく意識して生活してみましょう、義隆さん」

「う~ん、意識するってゆわれてもなぁ」

「もふもふに至りたいんじゃろ? ならやるしかあるまい」

「うちは別に頑張らんでもええと思うよ?」

「そうゆわれると頑張りたくなってまうな」


 どこまでできるかわからんけど、一応条件は示された。これから少しずつもふもふに近づけたらええと思う。

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