お金持ちの天敵 ―美尾視点―
義隆のお家に居候させてもろて一月が過ぎた。お雪はんやお銀ちゃんも色々と人里のことを教えてくれるから、初めて稲荷山を下りたときのような驚きは最近少ないなぁ。
それで、そんなふうになってくると、ずっと家の中にいるっていうことに我慢できんようになってきた。近頃はテレビにも飽きてきたから、そろそろ家の周りを巡ってみたい。
「なぁなぁ、お雪はん。うち、外を散歩したい」
「あら、お家の中は遊ぶのはもう飽きたの?」
「うん。それに、今日はええ天気やし、外に出たい」
「そうですねぇ。いつかは一人で外に出られるようにならないといけないものねぇ」
お家の掃除が終わってのんびりとしているお雪はんが、ゆったりとした口調で答えてくれる。
「それなら、外に出てもええん?」
「お銀ちゃんと一緒でしたらね」
「わしか? いいぞ。それなら、わしの下見に付き合うといいじゃろう」
「やったぁ!」
こうして、うちはお銀ちゃんの付き添いということで外へ出かけることになった。
下見ってゆうのは、お銀ちゃんが取り憑く家の候補を見に行くことなんや。義隆と相談して候補を決めたってゆってた。
それで、今日は初めて行くお家らしい。とりあえず一通り眺めてどんな感じなんかを見るそうや。
「今日も亜真女は家に引きこもっておるようじゃな。いい天気じゃ」
「ほんまやね。けど、亜真女はん、いきなり外へ出たりせぇへんやろか」
「必要な物を買いに行くのは雨の日と決まっておると聞いているぞ。まぁ、なかなかうまくいかんから、晴れておる日でもやむなく外出するそうじゃが」
「天気予報ってゆうやつが外れるのは、亜真女はんのせいかもしれんなぁ」
けど、亜真女はんが家の外に出たからゆうて、その瞬間から雨が降るわけやない。次第に曇ってきて雨が降る。つまり、雨が降るまで猶予があるってゆうわけや。
「調子の悪いときで二時間、良かったら一時間以内で雨が降ると話しておったの」
「しかも、長く外にいるほど雨脚が強うなるんやってな。難儀な人やなぁ」
そやから、亜真女さんが外に出るのは二時間が限界らしい。本人のせいやないだけに可哀想やわ。義隆に頼んで今度なんか差し入れしてもらおうかな。
そんな他愛ないことを話しながら目的のお家へと着く。
「ここじゃ」
「このお家かぁ。昔から百姓をしてるんやったっけ?」
「うむ。何でも昔は豪農じゃったらしい」
お家も他より大きい。けど、なんやろう。なんか気配がおかしい。
「なぁ、お銀ちゃん。このお家、なんか様子がおかしない?」
「美尾も気づいておったか。そうじゃの。なにやら良くない気配がする」
様子が変なんはお銀ちゃんも感じとったらしい。なんか悪いもんでも憑いとるんやろか。
「よし、美尾、入るぞ」
「ええっ!? 勝手に入んのん!?」
「姿を隠せば見つからぬよ」
「いや、そうゆう問題やなくてな?」
「人の家に取り憑いてなんぼの座敷童じゃ。中に入るのなぞ当たり前じゃろう」
えっと、実はお銀ちゃんって無断侵入の常習犯やったんか。なんかあんまりにも当たり前のようにゆわれたから、うちもだんだんそう思えてきた。うん、うちは人と違うんやし、ええよね?
結局、お銀ちゃんの説得に折れたうちは狐の姿に戻って、人に気づかれない術を
「よし、準備はできたの。それでは行くぞ」
「うん」
うちに声をかけたお銀ちゃんは、当たり前のように開きっぱなしの正門から中へと入る。実に堂々としたもんや。それに比べてうちときたら、ばれやしないかとどきどきしっぱなし。どうか見つかりませんように。
「お銀ちゃん、良くない気配って奥の方からするな」
「そうじゃの。行ってみよう」
ある程度人里になれてきたとはいえ、まだまだ知らんことは多い。なにやら蔵か作業場かようわからんところを抜けると母屋に入った。
「ん? あれは?」
「げっ、貧乏神じゃ!」
うちとお銀ちゃんの声がほぼ重なった。母屋に入ったところには、ぼろぼろの黒衣をまとった小さい老人がいる。良くない気配は、その老人から発せられてた。
「お、なんや、座敷童やんけ。珍しいやん」
「そういうそなたは貧乏神じゃろ?」
「おお、そうや。今この屋敷に絶賛取り憑き中や、ははは!」
「なんと、この屋敷に取り憑いておるのか!?」
お銀ちゃんと同じように驚いた。何で取り憑いてるんやろう?
「この前の春先にな、鴨川で散策をしとったら、ここの倅とその仲間に浮浪者狩りされてん」
「浮浪者狩りとな!?」
「え、あんたって人に姿見せてたん?」
「お、そっちのちっこいのんは妖孤か。まぁええわ。それで、そんときは天気が良かったから、たまたま姿見せて歩いとったんや。見ての通りわしってみすぼらしいやろ? だから誰も関わらへんって思っとったんやけどな」
「世の中には余計なことをする者もおるしの」
「まったくや! せっかく気持ち良う歩いとったっちゅーのに、おかげで台無しにされてしもたわ!」
そのときのことを思い出したらしい貧乏神は、しゃべってるうちにだんだんと怒り出してきた。
「それで、いつからこのお家に取り憑いてんのん?」
「かれこれ十日くらいやな。ええ感じに傾いてきよったわ」
「お銀ちゃん……」
「ここは駄目じゃの」
「なんや、どうしたんや?」
「いや、実はわしも取り憑く家を探しておるんじゃよ。それでここの家はどうかと思ったんじゃが、そなたがおるのなら、よしておいた方が良さそうじゃのう」
「おう、やめとけやめとけ。どうせ儲けた銭もろくなことに使わんわ」
「ちなみに、浮浪者狩りをした他の人のお家ってどこなん?」
「おう、ええっとな、確か――」
うちらは他の三人のお家を教えてもろうた。そして、既にそのうちのひとりの家は貧乏にしたそうや。
「お銀ちゃん、どうや?」
「うっ、候補のひとつに入っておった」
「ははは、ご愁傷様やの! まぁ、他のまっとうな家に取り憑くんやな」
「なぁ、一旦お家に帰ろ?」
「そうじゃの」
がっくりと肩を落とすお銀ちゃん。せっかく義隆が教えてくれたのになぁ。
「なんや、戻るって。お前帰る家があるんか?」
「仮の宿として居候させてもらっておるんじゃよ」
「うちも!」
「そんなんやったら、その家に取り憑いたらええやんか。なんでそうせんのや?」
それもそうやな。うちも貧乏神にゆわれて初めて気がついた。なんで義隆のお家はあかんのやろう。
「駄目というわけではないんじゃがの。その居候をさせてもろうておる家なんじゃが、既に何人かの人外が居着いておっての。その、できれば、わしだけを見てくれるような家がいいかなぁっと、そう思うておるんじゃよ」
「贅沢な悩みやんけ」
「うっ、そう言われると返す言葉もない」
「そうゆうたら、お銀ちゃん、贅沢ゆわんからどこか紹介してってゆうてたよね?」
「思いっきり贅沢ゆうとるやん」
「ううっ」
すっかり小さくなったお銀ちゃんが、両の手の人差し指をつんつんさせてる。ふふふ、ちょっとかわいいなぁ。
「まぁ、何にせよ、ここはやめとけ」
「わかった。それでは邪魔したの」
すっかり意気消沈したお銀ちゃんを先頭に、うちらは貧乏神はんと分かれた。うーん、やっぱり悪いことはしたらあかんなぁ。
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