外出するときの天気は決まってます
春の大型連休が終わってしばらくの間は穏やかな晴れの日が続いてたが、ある日大雨が降る。朝からずっと降りっぱなしやったから通勤するのが大変やった。何しろ膝から下が水につかったようになってしもたもんな。けど、昼で帰宅できたのは幸いやった。もう靴の中が気持ち悪ぅてかなわんわ。はよ靴を脱ぎたい。
そんなことを思いながら昼下がりに家路を急いでいると、自宅の隣家前に有名な引っ越し業者のトラックが止まってた。この大雨の中、荷台から荷物を下ろしてはその家に運び込んでる。長らく空き屋やったけど、最近改修工事をしていたところやな。いよいよ誰か入ってくるんか。
「ただいま~」
「あ、おかえり~」
玄関に入って声を上げると、美尾ちゃんが元気よく返事をしてくれる。そして居間からとたたたっと小走りでこちらに向かってきた。もちろん、お耳ぴこぴこ、尻尾ふりふり状態や。
「いやぁ、たまらんかったわぁ」
「うわっ、すごい濡れとるやん。床が水浸しや」
「着替えたら拭くって」
「あーもー、それはうちがやるさかいに、早うあっち行き」
俺は居間に鞄を置いてそのまま脱衣所へと入ると、俺は背広から私服へと着替えた。その間、床を拭く美尾ちゃんの気配が廊下からする。
ハンガーに掛けた背広を手にして脱衣所を出ると、居間の定位置に引っかけてそのまま玄関へと向かう。そして、途中で手にした不要な新聞紙をふんわりと丸めて靴の中に入れた。
「はぁ、大変やったわ~。お雪さんはもう出はったんか?」
「うん。お昼ご飯食べたらお仕事に行かはったよ」
「お銀ちゃんは?」
「お手洗い」
食卓でお茶を飲んでようやく一息つけた俺は、他のみんなが何をしてるのかを美尾ちゃんに確認した。お雪さんのシフトは俺と重ならんように調整してもろたけど、この大雨は大変やろな。そしてお銀ちゃんはご不浄か。
「ふぅ、すっとしたわい。お、義隆、帰ってきておったのか」
「ただいま。今日はさすがに外へは出とらんか」
「こんな大雨ではの」
白いワンピース姿のお銀ちゃんが困ったっていう顔をしてた。最初に着ていた小豆色の着物は洗濯してお銀ちゃんの部屋にしまってある。丈が短いのは問題やとお雪さんがゆったので、色々と見繕ってもらったんや。最初は遠慮していたお銀ちゃんやけど、今ではすっかり洋服にも慣れたようである。
一方、美尾ちゃんは相変わらず変身時のままや。何でも和服もワンセットやから簡単に着替えるわけにはいかんらしい。ちなみに、風呂に入るときは狐の姿に戻ってるって聞いた。寝るときに狐の姿に戻ってることは知ってたんやけどな。
「今日は東の方の家に向かおうとしておったんじゃがの」
「確か天気予報やと一日中晴れのはずやったのになぁ」
「鞄に折りたたみの傘を入れといて正解やったな。あんまり役に立たんかったけど」
小さすぎんねんな、あれ。横殴りの風が来たらお手上げや。出勤の途中から急に降りだして驚いたわ。
「あ、そういえば、義隆ってお昼ご飯まだやろ? 食卓に置いてあるで」
「腹が空いておろう。早く食うといい。今日はとんかつじゃぞ」
さっきちらっと見た。お雪さんが作ってくれはったやつや。楽しみやねぇ。
遅めの昼ご飯を食べた後、さてこれから何をしようかと三人で相談をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな雨の日に誰やろう?」
「お雪はんが帰ってくるのは夜やもんなぁ」
「宅配でも頼んでいたのか?」
「そんな物は頼んだ覚えはないな。お雪さんが何か頼んでるかもしれんけど」
ともかく、俺は玄関に向かった。
突っかけを履いて扉の前までやって来て開けると、そこには見知らぬ女の人が立ってた。
「あの、は、初めまして。これ、う、受け取ってください!」
いきなりそうゆわれて手にしていた物を突き出された。その真剣な表情に多少気圧される。
「おお、告白か!?」
「ちゃうがな。これ蕎麦やん」
こちらも落ち着いて差し出された紙包みを見ると、黒っぽい麺が入ってるのがわかる。
「なんじゃ、つまらんのう」
「はいはい。えっと、もしかして隣に引っ越してきた方ですか?」
「は、はい。今日、ひ、引っ越してきた、
何を焦ってるのかやたらと緊張した様子やな。
「なぁ、お銀ちゃん、この人からなんか妖気を感じひん?」
「それなんじゃがなぁ。どう見ても人なんじゃよなぁ」
俺の背後で玄関を上がったところでひそひそ話をしているつもりの二人。丸聞こえやぞ。
とりあえず、差し出された蕎麦を受け取る。あ、そういえばこっちはまだ名乗っとらんかったな。
「俺は御前義隆と言います。この家の家主です」
「うちは美尾、伏見美尾ってゆうねん」
「わしは東岩御銀と申す」
「は、初めまして。こ、これから仲良くしてね」
多少陰のある笑顔を二人に向けて川谷さんは挨拶してくれた。
それにしてもこの人、さっきからずっと緊張してんねんなぁ。そんなに緊張することなんてないはずやのに。あ、男が苦手なんかな? それと、雰囲気が暗い。かわいい顔立ちをしてんねんけど、そのせいでちょっと近づきにくそうや。もったいない。
「それで、引っ越し作業はどのくらい進んでるんです?」
「さ、さっきトラックから荷物を運び込み終わったところなんです。こ、これから荷ほどきをしないといけないですけど」
「こんな大雨の中で引っ越しなんて大変でしたでしょ」
「でも、わ、私が外に出ると必ず雨が降りますから」
「雨女か!」
「雨女やん!」
いきなり指を指して叫び出す童二人。その声で川谷さんだけやなくて俺も少しびくっと驚いた。
「そうか、どうりで見分けづらかったわけじゃな」
「確か、妖気の強い人間やったよね、お銀ちゃん」
「うむ、単にツイてない女とも言えるがの」
「お前らなに失礼なことゆうてんねん」
「「あいた!?」」
いくら何でも言い過ぎやと思った俺は、振り向いて二人の頭にチョップを叩き込む。
「あはは、でも、よ、よく雨女とは言われてたわ。そ、外に出るときは必ず雨が降るし」
「よほど強い妖気なんやなぁ」
「先祖に物の怪と交わったという言い伝えはあるかの?」
「も、物の怪? えっと、よ、妖怪ってことなのかな。それなら、む、昔に雨女を妻に迎えたご先祖様がいるらしいけど」
「いるんかい」
しかも聞けばそのご先祖様は、湿気った場所が好きやったからわざわざ方々を探して妻として迎え入れたらしい。それ以来、川谷さんの家系では女の人は全員雨女になってしまうそうや。なんちゅうはた迷惑なご先祖なんやろ。
「難儀な家系じゃのう」
「でもそれやったら、亜真女は外に出にくいな」
「うん、だ、だから普段はずっと家の中にいるの」
「世に言う引きこもりというやつかの?」
「だからお前らは――」
「い、いいんです。に、似たようなものだから」
「認めるんですか」
俺はすこしばかり脱力してしまう。
「ほ、他のお家も回らないといけないんで、き、今日はこの辺で失礼しますね」
「ええ。それでは。何かあったらゆうてください」
来たときと同じように丁寧な挨拶をすると、川谷さんは去って行った。
あ、お雪さんのことを言い忘れてた。今度会ったときに伝えとこう。
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