最近の家は ―美尾視点―

 お雪はんが義隆のお家にやって来て何日かが過ぎた。荷物は大きな鞄ひとつだけやったから義隆が随分と少ないってゆうてたけど、そうなんかな? うちなんて手ぶらやったやん。

 それはともかく、このお家にやって来たお雪はんが最初にしたことは、義隆と生計を立てるための日程調整やった。義隆は学舎まなびやで臨時の講師というのをやっていて、お雪はんは飲食店で働いてるらしい。それで、お雪はんが義隆の日程に合わせる形で給仕の仕事を調整したって聞いた。

 このおかげで、二人のうちどちらかが常にうちの相手をできるようになった。ふふふ、嬉しいなぁ。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」


 たった今、うちはお雪はんが作ってくれたお昼ご飯を食べ終わったところや。今日は、ご飯、わかめ中心の味噌汁、唐揚げ――昨日の残り――にキャベツの千切り、それとかぼちゃを甘辛う煮込んだやつやった。お総菜っていうのもええけど、こういう手作りはやっぱり嬉しいなぁ。


「はぁ、おなかいっぱいやわぁ」

「ふふふ、たくさん食べたものね」


 食器の後片付けを始めたお雪はんは、背中を見せたままうちの独り言に応えてくれはった。あ~、うちも手伝わんと。


「そうや、義隆は今日いつ帰ってくるん?」

「今日は夕方の六時には帰ってくるって聞いてますよ」

「そうか、今日は丸一日学舎なんか。何しよっかなぁ」


 ちょっと前までなら義隆に色々と教えてもらっていたけど、最近は家の中だけやったら自分である程度のことはできるようになった。もしわからんことがあっても、お雪はんに聞いたら何とかなるってことがわかったし、安心して遊べる。


「もう少しで買い物に出かけるから、後で呼びますね」

「はーい!」


 スーパーマーケットに行くんか。初めて義隆と行ったときは、大きな屋敷の中にぎょうさん食べ物が置いてあって驚いたなぁ。けど、あんなに誰が買うんやろ。今でも不思議に思う。




 お家で解放してた耳と尻尾をしまって、うちはお雪はんと家を出た。もうある程度慣れたけど、うちはまだお家の外が少し怖い。なんでかってゆうと、突然脇から自転車や自動車ってゆう鉄の塊が出てくるからや。特に自動車なんてぶつかったら死んでしまうやろ、あれ。

 そやから、うちは外に出るときは義隆かお雪はんのどっちかと一緒に出る。出かけるときは手をつないでもろうてるんやけど、周りからはそれが原因で親子に見えるらしい。


「あらぁ、かわいいお子さんね~」

「ふふふ、ありがとうございます」


 スーパーマーケットで買った品物のお代を渡すとき、よくお店の人にそうゆわれる。お雪はんは曖昧に返事をするだけや。正体を明かすわけにはいかんから、勘違いしてもらったままの方が都合がええんやって。


「今日もたくさん買ったな」

「そうね。自分一人のときよりも少し遠慮なく買っちゃいがちだから、義隆さんに悪いですね」


 お店を出た後、うちらは手をつないで家路につく。反対側の手には、軽い品物がいくつか入った小袋を手にしてる。うちも少しお手伝いや。


「あれ、あれは?」

「まぁ」


 今晩のおかずを想像しながら歩いてると、道の隅っこにある電信柱の奥からこっちを見つめる子がいた。あれはうちらと同じ妖怪やな。見た目は人の姿で背丈はうちと同じくらいでおかっぱ頭の女の子。小豆色の着物を着てるんやけど、少し小さいせいですねの半分くらいは見えてる。何してんのやろう?

 うちはお雪はんの手を離して女の子へと近づいた。


「なぁ、どうしたん?」

「つかぬ事を聞くが、二人は人なのか?」

「ううん、違うよ」

「やはりそうか。わしは座敷童のお銀と申す。いきなりで悪いが、どこか住みやすい屋敷があれば教えてほしいのじゃが」


 ほんまにいきなりでうちは驚いた。




 うちとお雪はんはお銀ちゃんを連れて義隆のお家に戻ってくる。お雪はんに外で迂闊なことをしゃべらんようにって注意されてしもた。


「それじゃ改めまして、私は雪女のお雪です。人としての名前は冬山美雪なんですよ」

「うちは妖孤の美尾や。人の名前は伏見美尾ってゆうねん」


 義隆のお家に住むに当たって、人に名乗る機会に備えてお婆さまが名付けてくれはったのが伏見美尾や。もちろん、お婆さまは伏見玉尾やで。


「わしは座敷童のお銀。人としての名前は東岩御銀あずまいわおぎんじゃ」


 こうやってみんなの名前を聞いてると、本名と人の名前に大きな違いはないみたいやなぁ。覚えやすいからええけど。


「それで、お銀ちゃんは住みやすい屋敷を探してるってゆってたよね?」

「ああ。時代が大きく変わったから家の形や大きさが昔と異なるのは仕方ないが、わしのような座敷童が住みたくなるようなところが最近はとんと減ってしもうて、難儀しておるのじゃよ」

「賃貸住宅を探してるわけじゃないですよね?」

「もちろん、一人で住む場所を望んでいるわけではない。あくまでも取り憑く『家』を探しておる」


 うちはまだ人里にやってきて間もないから、どの屋敷がええかなんてわからんなぁ。


「お雪はんはわかる?」

「さすがにそれは。私は毎年冬になると山にこもりますから、街で生活していても近所付き合いはほとんどしないんです」

「毎年同じ屋敷に住んでおるわけではないのか?」

「ええ、下手に詮索されるのも面倒なんで毎年転々としてたんです」

「うちにはわからん苦労やなぁ」

「ふーむ、そうか。弱ったのう」

「ここの家主さんである義隆さんに聞いてみてはどうかしら。夕方には戻ってくるでしょうから、そのときに聞いてみては?」

「そうするしかないのう」


 お雪はんの提案に、お銀ちゃんは困り顔のまま頷いて義隆の帰りをみんなで待つことになった。




 夕方に義隆が帰ってくるまで、うちはお銀ちゃんと色々お話をした。見た目はうちと大して変わらんのに、なんとお雪さんと同じくらい生きてるらしい。そして、人の屋敷に取り憑くことを生業にしているから、昔から今までの人里についてよう知ったはった。

 その隣でお雪さんは洗濯物をといれたり、晩ご飯の準備をしてたりする。たまに話に入ってくるけど、あんまり長い時間やない。


「ただいま~」

「あ、帰ってきた!」


 うちは耳をぴこんと立てて玄関の方に顔を向けた。すぐに廊下に足音が響いて、うちらのいる居間に義隆が姿を現す。


「はぁ、疲れたぁって、あれ、お客さん?」

「うん、座敷童のお銀ちゃんや」

「初めまして家主殿。わしは座敷童のお銀と申す」

「あ、こちらこそ。御前義隆です」


 座ってうちとお話をしてたお銀ちゃんは立ち上がると、義隆に頭を下げた。義隆も同じようにしてる。そこへお雪はんがやって来た。


「夕飯の支度はもう少しですから、その間にお銀ちゃんのお話をしておいたらどうでしょう」

「お銀ちゃんのお話?」

「そうやねん。義隆、実はな――」


 台所へと戻ったお雪はんに代わって、うちはお銀ちゃんの窮状を説明した。最初はようわからんってゆう顔をしてた義隆も最後は納得してくれたようや。


「取り憑く家を紹介してほしいんかぁ」

「うむ。この際条件がすべて揃っておるところなどと贅沢は言わぬ。なんぞ良い家はなかろうか?」

「なんか賃貸の物件を紹介するみたいやな」


 義隆は苦笑いしつつ目をつむったり視線をさまよわせたりして考え込む。


「その取り憑く家を探すのは急いでるんかな?」

「と言うと?」

「しばらくここで腰を落ち着けて、じっくりと探したらどうなんかなって思ったんや。部分的な条件に合致する家は確かにあるけど、その家の内情を知ってるわけとちゃうから、ほんまにお銀ちゃんが取り憑くに値する家かまでは断言できんし」

「確かにそうじゃの」

「それやったら、義隆の紹介する家全部に行って確かめたらええやん。それで一番良かったところに取り憑いたら?」


 うちも義隆のゆう通りにした方がええと思う。困ったときに慌てるとろくなことがないしな。


「家主殿、しばらく居候させてもらっても構わぬか?」

「まぁ、既に二人おるからねぇ」

「一人くらい増えても大して変わらへんよ」


 うちがそうゆうと義隆が苦笑いした。なんでかお銀ちゃんも。どうしたんやろう?


「夕飯の支度ができましたよ」

「お雪さん、お銀ちゃんの分もありますか?」

「ええ、もちろん。用意しないと逆に気まずいじゃないですか」

「おお、夕餉か。それはありがたい」


 話が決まったところで、お雪はんが晩ご飯にしようと呼びかけてきた。このにおいは、味噌汁と鮭かぁ。


「悩み事は解決しましたか?」

「解決はしておらぬが、道筋は見えた。しばらくここに厄介になる」

「さて、お銀ちゃんの問題もとりあえず片付けたし、ご飯にするか」


 うちらは義隆の言葉に従って食卓に向かう。おお、夕飯は鮭、味噌汁、おひたしか。あ、たくあんもあるなぁ。

 尻尾をふりふりしながら、うちは椅子に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る