世の中には、しょーがないこともあるんですって!
お狐さん親子の街案内にもようやく慣れてきたってゆうところやのに、俺はいきなり子狐さんの面倒を自宅で見ることになってしもた。これはあれか、ホームステイってやつなんか?
「それで、義隆の屋敷ってどこやの?」
「もうすぐや。それと、屋敷ってゆうほど
「それでも一家の主というわけじゃな」
名所巡りの帰りに、俺は玉尾さんと美尾ちゃんを自宅へと連れて行くことになった。
「けど、なんで玉尾さんまでついてくるんですか」
「大切な孫娘の仮の宿がどのようなものか見たくなるのは当然じゃろう」
その主張は正しいんですけどね、そもそもホームステイを強制するのはどうかと思うんですよ。怖くてゆえんけど。
俺達は既に家の近所を歩いてる。すっかり見慣れた風景に本来なら安心するはずなんやけど、とびきりの例外を連れてきてるんで落ち着けん。
「あ、見えてきた。あれですわ」
「へぇ、あれが義隆の屋敷かぁ」
築三十年以上も経っているありふれた我が家や。俺の小さい頃に親が買って以来、ずっと住んでる。
家に着くとすぐに中へと入ってもらう。外で待たせる理由なんてないってゆうだけやなくて、こんな目立つ和服姿の美女と美少女を晒し続けるわけにはいかんしな。まだ心の準備さえもできとらんのに、ご近所様に見られるわけにはいかん。
「何か持ってくるから待ってて」
お邪魔しますとゆお決まりの挨拶をして中に入ってきた二人を居間に通して、俺は台所でお茶と茶菓子を用意する。
現代の家には初めて入った二人は珍しそうに室内を眺めてた。
「はいどうぞ。はは、やっぱり珍しい?」
「うん、うちは人の家に入るんは初めてやから」
「そうか、山の外に出たのはつい先日やもんな」
「うーむ、かつての屋敷とは全く趣が違うのう」
「玉尾さんの『以前』ってゆうと百年以上前やから、純和風の家になるんかな。木や土で作られてたんですよね?」
「そうじゃ。この家は他の材料も使われておるのかえ?」
建築についてはさっぱりの俺だったが、知ってるだけのことは玉尾さんに説明した。とはゆうものの、質問の半分も答えられんかったのでちょっと悔しい。
「義隆にも知らんことはぎょうさんあるんやね」
「むしろ一部しか知らんよ。世の中には数えられんくらいたくさんの知識があるんやからな」
「まぁ、仕方あるまい。ところで、
「この家には俺一人だけで住んでるんですよ。一人っ子な上に両親はもう死んじゃってますからね」
だからこそ玉尾さんの頼みをあっさりと引き受けられたんやけどね。他の誰かと一緒に住んでたらさすがにもっと抵抗してた。色々と説明が面倒そうやもんなぁ。
「それはすまぬことを聞いてしもうたの」
「いいですよ。そのおかげで部屋は余ってますから、美尾ちゃんにも狭い思いはさせなくてすみますからね」
「お婆さまも一緒に住んだらええのに」
「たまに泊まりに来るくらいなら構わんが、普段は稲荷山におる方がよい。妾にとってはあそこが我が家じゃよ」
一体どのくらい住んでるんやろうなぁ。
そうやって玉尾さんの過去に思いを馳せたところで、ひとつ大切なことを思い出した。
「そうや、玉尾さん。美尾ちゃんが怪我や病気をしたときってどうしましょ?」
「なんじゃ、仕置きや呪いの軽減を嘆願したいのかえ?」
「ちゃいます! いや、それもあるんですけど。俺の方はともかく、美尾ちゃんが怪我や病気をしたときってどう治療すればいいんですか?」
「美尾もいくらか術を使えるが、確かにちと不安じゃのう」
どうも玉尾さんはそのあたりを深く考えておらんかったらしい。
魔法みたいなのでぱっと治せるんやったらええけど、それが無理やった場合どうしたらええのか考えとかんといかんよな。
「今までどうしてたんですか?」
「妾が神通力で治しておった」
「薬は使ったことないんですか?」
「ないのう。そもそも美尾が大病を患ったり大怪我をしたりしたことがないのでな。今まで気にしたことがなかったの」
「あ、確か人って犬や猫と一緒に暮らしてるんやったよね? その犬や猫が病気や怪我をしたときって人はどうしてんの?」
「動物病院へ連れて行って診察してもろてるな」
そうか、なんかあったときは動物病院へ連れてったらええんか。いや、待て。あかんかったな。
動物病院というのがどういうところか知らない二人から質問が飛んできたから、それについて簡単に説明する。すると、二人は妙に感心していた。
「ほう、今の世では人以外も医者に診てもらえるのかえ」
「それなら、うちも何かあったらそこへ行けばええんやね」
「うーんそれがなぁ。美尾ちゃんの場合は無理かもしれん」
「なぜじゃ?」
「動物病院で診察してもらえる動物って、確かペット、あ、人に飼われてる動物だけですねん。野生の動物は基本的に手を出したらあかん決まりになってるんです」
「えーなんでー?」
明らかに美尾ちゃんは不満そうや。玉尾さんも無表情になる。そう簡単には納得できんわなぁ。
「以前調べたことがあって驚いたんですけど、自然界で活動してる野生の動物には可能な限り人は手出ししないようにするためです。ですから、餌をやったり怪我を治したりってゆうのは、一部の例外を除いてやらないようになってるんですよ」
「これだけ我らの領域を侵しておるというのに、随分と身勝手じゃの」
「確かにそう思います」
自分たちの活動圏を広げるときは容赦なく野生動物を駆逐してきたのに、後になって『自然を自然のままに』なんてゆうても説得力はないなぁ。追われた動物からしたら噴飯ものやろう。
「まぁ、人がそういう決まりで動いておるなら仕方あるまい」
「ええ。それに現実的な話として、野生動物を診察してくれるところって限られてますから、何かあったときに玉尾さんのところへ駆け込んだ方が早いでしょうね」
「そうなのか」
「それじゃうちが病気や怪我したときは、義隆がお婆さまのところまで連れてってくれんの?」
「そうなるなぁ。たぶん狐の姿に戻った美尾ちゃんを抱えることになるんやろうなぁ」
「人の姿のままでは大きすぎるからの」
あの小さい子狐を抱えるんか。あのきれいな毛並みの狐を。しかも、ひとつだけとはいえ、もふもふの尻尾もあるんか。おお、これはなかなかええかもしれん。
「義隆、目が怖い」
「どこを見ておるのじゃ?」
「はっ!?」
まずい、つい自分の世界に没入してしもた。気づいたときの視線は美尾ちゃんの腰辺りに向かってたから、これじゃ変質者やないか。美尾ちゃんは困った顔をこちらに向け、玉尾さんは目を細めてこちらを見つめる。
「そういえば、初めて出会ったときのそなたは、妾の尻尾をじっと見ておったの」
おぅ、ばれてるぅ!? 気づかれてへんと思ってたのに!
「義隆って、うちらの尻尾に興味があんの?」
俺は言葉に詰まった。答えてええのかわからんかったし、答えるにしてもどうやって話せばええのかもわからんかったから。でも、それがまずかったらしい。
「ふむ、まさか最初の仕置きをこんなことですることになるとはのう」
「いやいや、なんでいきなりお仕置きになるんです!?」
「孫に手を出されてからでは遅いからじゃよ。危険な芽は早めに摘むべきじゃろう?」
「義隆怖い」
「待って! 美尾ちゃんが今そんなんゆうと俺が大変な目にって、痛ぁ!?」
残念ながら俺は最後まで言葉を続けることはできんかった。おしりの辺りをいくつもの針で刺されたような感覚に突然襲われたからや。なんやこれ!?
「ま、最初じゃから優しくしてやろう。さぁ、何を想像しておったのか吐くがよい」
「義隆、早う楽になろう?」
割と激しい痛みが間断なく尻を襲う。俺は床を転がりながらそれに耐えた。その姿を玉尾さんは楽しそうに見てる。
結局、俺はしばらくしてから、さっき考えていたことを自白することになった。
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