えっ、俺!?……いえ、喜んで引き受けますよ?

 下鴨神社の近くにある店で、俺は玉尾さんと美尾ちゃんの二人とみたらし団子をつまみながら長話をした。そのせいで、店を出るとすっかり空があかく染まり始めてた。なので今日はここまでと稲荷山へと戻る。


「ほほほ、今日は本当に楽しかったぞ」

「うん、人里のことがたくさん知れたし、おいしいもんも食べられたしな!」

「そりゃ良かった。案内した甲斐があったってゆうもんですわ」


 いきなり狐さん一家の観光案内を押しつけられたときはどうしようかと思ったけど、ようやくお役御免や。


「ふむ、これならばこれからも任せられよう」

「え? 何をですか?」

「美尾の案内役じゃよ。本来なら旅に出すのが良いのじゃが、まだ幼い故に不安が募るしの。しかし、そなたがおるなら安心じゃ。これからも美尾にいろんなことを見聞させてやってくれ」

「わーい、これからもよろしくな、義隆!」

「ええ!?」


 俺は思わずのけぞった。一回だけやないの!?

 そんな俺の驚いた顔を見た玉尾さんは、すっと目を細める。


「なんじゃ、嫌なのか?」

「い、いえ。そういうわけやないんですけど……」


 玉尾さんのその顔を見て思い出したのは、あの「呪う」という言葉やった。だから、断りの言葉を口にすることはできんかった。どんな呪い方をするのかはわからんけど、試したいなんて思わんしな。


「そうか、結構なことじゃ」

「次は何を教えてくれるんやろう」


 俺の曖昧な返事を肯定と受け取った玉尾さんは上機嫌に頷いた。その隣で美尾ちゃんは期待のまなざしを向けてくる。

 ということで、俺は美尾ちゃんの案内役をこれからも引き受けることになった。まさかこんなことになるとはなぁ。




 ということで、これ以後俺は週に一回くらいのペースで美尾ちゃんを案内することになった。さすがに毎日なんてゆう無茶なことは言われんでよかったわ。

 そうなると毎週どこを案内するのか考えんといかん。さんざん考えた末、俺は各地の名所巡りをすることにした。人の街について教えてほしいと頼まれてるけど、どうせどこに行くにしても街の中を通っていくことになる。そやから、名所に行く途中で嫌でも色々と美尾ちゃんから文明の利器について質問されるやろうし、ちょうどええやろう。

 最初に行ったところは外国人に人気のある金閣寺やった。東寺の五重塔と並んで有名やから行ったんやけど、美尾ちゃんは驚いてたな。


「うわ、家の壁が全部金色や。でも、屋根は金色やないんやね」

「俺も初めて見たときはそうおもたわ」

「銭が足りんかったんやろか?」

「えらい生々しい疑問やな。風情の問題と違うんかな」


 こんな反応を示すもんやから、それなら銀閣寺を見たらどうなるんやろうかと気になって次に連れてった。


「これが銀閣寺や」

「どこも銀色やないやん。なんでこれで銀閣寺って呼ぶん?」

「それは俺も不思議に思う」

「銀を買う銭が足りんかったんかなぁ」


 どうしても最初にお金のことが気になる模様。おかしいな、お金とは無縁の生活をしてたはずやのに。

 別の日には玉尾さんの希望で二人を竜安寺に連れて行ったこともある。あの枯山水の石庭で有名なところや。けど、二人の目的は石庭やなくて鏡容池きょうようちってゆう池の方やった。


「うわぁ、きれいやなぁ」

「そうであろう。とても有名な池じゃからのう」

「あれ、竜安寺ってゆうたら石庭の方やないんですか?」

「いや、竜安寺と言えば鏡容池じゃろう」


 後で調べてわかったけど、昔は池の方が有名やったらしい。これには驚いた。


「昔は貴人が船遊びをしておったのう」

「うちもしたい!」

「それはちょっと難しいんと違うかなぁ」


 とてもやないけど許されるとは思わんなぁ。

 こうやって京都市内限定やけど、いくつもの名所へ美尾ちゃんを連れて行った。有名どころやと、八坂神社、上賀茂神社、そして御所かな。

 もちろん移動手段は公共の交通機関を使った。電車に市バスやな。さすがに歩いては回れへんしね。現代の街がどうなってるのかを知るためにも積極的に使ってる。そのおかげで今ではもう慣れたものや。


「ふふ、どうや義隆、うちもだいぶ慣れたやろ?」

「ほんまやな。自動改札機に行く手を阻まれて泣きべそかいてたんが、遠い昔のことみたいや」

「っ!? それは早う忘れて!」


 つい先日のことなんやけど、早速恥ずかしい思い出になっとるらしい。顔を赤くしながら美尾ちゃんは抗議してきた。おばあさんの方と違ってかわいらしい。

 そうやってお互いすっかり慣れて調子で、一ヶ月ほど京都市内を案内した。




 桜の季節も過ぎ去り、そろそろ大型連休を迎えようとするある日、俺はいつも通りに稲荷山までやって来ていた。一見するとお稲荷さんに足繁く通っているように見えるけど、実際はご神体に見向きもしとらんというある意味罰当たりなことをしてる。お賽銭のひとつくらい入れろって文句を言われそうやな。


「おお、よう来たの」

「義隆、おはよう!」


 上機嫌な玉尾さんに元気な美尾ちゃんといつも通りに挨拶を交わす。もうすっかりおなじみになったなぁ。

 今日も連れて行くところは既に決めてある。事前に調べてあるので不安はない。


「それじゃ美尾ちゃん、行こか」

「しばし待て、義隆。今日は伝えておかねばらなぬことがある」

「はい?」


 なんやろう? さっきからやたらと機嫌が良さそうやから悪い話やないと思うんやけど。


「今日からしばらくの間、美尾を預かってもらいたい」

「は?」

「そなたの屋敷でしばらく美尾の面倒を見てもらいたいと言うておるのじゃ」

「何でまた?」


 いやいや、一体何を考えたはるんですか、玉尾さん。大切な孫娘やなかったんですか。


「これから生きてゆくためには人の世について知らねばならぬ。そして、人の世を知りたいならば人里に住めばよかろう?」

「それがなんで俺が面倒見るってことにつながるんです?」

「出会ってからずっと見ておったが、そなたは人が良さそうじゃからの。信頼できると思うたのじゃ」


 褒めてもらってるはずなんやけど、素直に喜べへんのはなんでやろな?


「断ったらどうなるんですか?」

「呪う」


 やっぱり! 出会ったときとおんなじかいな!


「ちなみに、預かってる最中に美尾ちゃんが事故に遭ったり病気になったりしたらどうなるんですか?」

「美尾の身に起きたことの次第によるの。仕置きで済ませるか呪い殺すか」

「玉尾さん、不可抗力って言葉はご存じですか?」

「もちろん知っておるぞ。認めぬだけでな」

「それひどい!」


 俺は思わず抗議した。けど、玉尾さんは笑顔で聞き流してだんまりや。


「なぁ、義隆。あかんの?」

「うっ」


 美尾ちゃんがきれいな顔を悲しそうにゆがめて訴えてくる。これは卑怯やろう。


「しょうがないなぁ。でも、不可抗力の件については考えてもらいますよ」

「ほほほ、前向きに検討してやろう」

「わぁい、ありがとう、義隆!」


 こうして、玉尾さんの官僚的な返答に不安を感じながらも、俺は結局美尾ちゃんを預かることになった。

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